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 ──馬車は、よく揺れた。道は整備されていないのだから当然だ。


  遠方からの参加者は、他の町で次の馬車に乗り継いで王都を目指す。諸々込みで数日かかるという噂だ。馬車代はかからないが、宿泊費や食費は自腹なので、こちらとしては二泊三泊とならない方がありがたいのだが、と。外を覗き込むと風と共に景色が流れていた。


 目に映るのは地面や草木ばかりで、未だ町らしきものはない。山道でも走っているかのように上下に跳ね続ける馬車内では、先ほどまで他の子と会話していた子が眉を寄せて目を伏せている。揺れに慣れていないのだろう。かくいう私も馬車に乗り慣れているわけではないけど、鉄の車で多少揺れは経験しているのでまったくの耐性がない訳では無い。

  ちょうど近くだったため、小声で話しかけた。



「大丈夫?」



 座り姿勢のまま彼女の近くまで移動して尋ねてみれば、彼女は力なくこちらに顔を向ける。小さく頷いて、口を開きはしなかった。

 私はお金を入れている袋から、中身を取り出して服のポケットへと突っ込み、空になったそれを彼女の手にそっと握らせた。彼女が少しだけ下の方に視線を向けたが、何も言わずに目だけを閉じる。



「もしよかったら使って。使わなかったら捨ててもいいから」



 また小声で伝えて、それ以上は刺激しないように元いた位置へと戻る。体が揺れに合わせて傾いだ。私もそのうち酔いそうだ。


 ──太陽が中天よりも傾いて、馬車からも見えるようになった頃。体の揺れが穏やかになってきた。あまりにも変わらない景色に、ワクワク感が奥の方に隠れて外を見るのも飽きてきた私は視線を上げる。


 道を照らすための街灯らしき姿が見えた。まだ陽が高いからか、明かり自体はついていないようだ。でも、並んでいるその街灯が、行く先に町がある事を教えてくれる。急に心臓が身軽になったかのような気分になる。



──やっと町だ! どんな町なんだろう。気になる。早く降りたい



 振動と共に車輪が動く音や蹄が地面を蹴る音を聞きながら、しばらく待てば馬車は止まった。



「町に着きました。みなさん降りてください」



 兵士が馬車の後ろからやってきて、声をかけられると一も二もなく私は馬車から飛び降りた。



 ──最初の乗り継ぎ地として来た町は、私のいる町よりは大きな町だった。

 農業よりは商売の町のようになっていて、一渡り見渡しただけでも店舗が見える。建物として、しっかり出している店もあれば、露店として出している店もある。その露店の方は、果物や野菜や穀物を出しているみたいだった。


 普段そんなに遠出をしない身なので、回れるだけ回りたいが兵士の話によると、あまり時間はないという。兵や御者の昼食を終えたぐらいに出るらしく、遅れたら置いていかれる。それは困る。


  私も食事をしなければ。食事が出来るような場所に入っているような時間はないだろうし、パンのように持ち歩いたり手軽に食べられる物が良い。露店も色々あるようだし、露店の方を見て回る事にした。



──あ、これ知ってる。これも。酸味が程よくて、おいしいんだよね



 どこからか──というか、うちの町からかも知れない──仕入れたのだろう果物が多く並んでいる。見た事のある果物を見つけると、その味が自然と浮かんだ。梅干しみたいに口の中にあるような感覚も、ちょっとある。


 あの味を思い出すと食べたい気もするけど。お腹にはたまらないだろうな、うん。


 露店の方を一通り見てみたけど、パンみたいな物は売っていなかった。

 なんでこの世界にはコンビニがないんだろう。あの手軽さ、あの必要な物が大体揃ってる感。社会人の味方、コンビニのサンドイッチがここにない事が残念でならない。



「あるとすれば……あっちかな」



 恋しさから溜め息を出すと共に言葉が出る。しっかりとした建物として建っている店舗の方に目を向けた。

 外観から何の店なのかわかるように、看板が下げられていた。武器屋とか、防具屋とか、魔石屋とか。おおよそ現代日本では、ゲームやマンガとかでしか聞かない並びになっている。それはそれで気にはなるけど立ち寄っている時間はない。


 非日常な通りの前を通りすぎていくと、パン屋さんを見つけたので、二つほど買った。いわゆる惣菜パンや菓子パンっぽいのはないけど、ドライフルーツや実や種を混ぜ込んだ物なんかはあったので、それを一個と、何も混ざっていないプレーンのパンを買った。パンを食べながら次の馬車が来る場所に向かう。

 馬車はすでにあった。乗ってきたものより二回り程大きい馬車だ。相変わらず座席はない。私以外には、まだ誰も来ていなかった。


 一日二日ではたどり着かなさそうだなあ、なんて思いながら待機している馬を見る。馬は私の知る馬と似ているが、たてがみは短く、角が生えていた。角はトナカイのように長くはなく、手で掴めるぐらいの長さだ。先端は尖っていない。丸くなっているのは、そういう生え方なのか、誰かが切っているのだろう。少なくとも、私は今までに角が鋭い馬を見た事がない。その他は知っている馬と変わらない。黒く優しい目でこちらを見ている。



「ヒマだね」



 集合場所に来たはものの誰も集まっていなくて、待つしかない現状に同志にそう声をかける。当然、黒い瞳で見つめるだけで、何も話してはくれないが。



「ん? 早いな」



 後ろから声がして、飛び跳ねそうになる。馬がしゃべった訳ではない。振り返れば、さっき馬車に乗っていた──御者だ。馬に話しかけていたの見られたかと心配したけど、それらしい様子はない。ちょっと聞いてみたい事もあったので、安心して声をかけた。



「あの、あとどれくらい乗り継ぐんですか?」

「ん? ああ」



 御者の男性は、こちらを確認するように見てから馬車の方を見た。条件に当てはまる人がこの町にどのくらいいるかわからないが、ファヌエルから来た人の倍くらいは入りそうだ。



「いつものコースで行けりゃ、あと町二つだが……」



 そこで御者は言葉を止めた。想定外の事態が起きた時は、その限りではないと。そう言いたげだ。



「何せ、ここから次の町までが長いからな。順調に行けば次の町で夜を明かす事になるかな。無事に行けるよう、救いの神にでも無事を祈ってくれるかい?」



 護衛も同乗してはいるけど一人だけだし、多人数から襲撃されればひとたまりもない。そういうのもあって、夜は馬車を走らせられないだろうし、夜までに次の町に着ければ御の字といった感じのようだ。



「……そうですか。わかりました、ありがとうございます」



 聞いてみたかった事を聞くと、私は少し離れた。




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