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第76話「バロットウィズ、秋の店舗大会」

 過ごしやすい季節のとある昼のこと。ストーンヘイヴンの街はいつも通り賑わっていたが、その中でも一軒、ひときわ異様な熱気に包まれた店があった。そこからは大人子供が交ざってガヤガヤとした喧噪が漏れていて、通りかかった男がどんなものかと店を覗こうとしている。


「何だい今日は……さっきからヘンに漲った連中を見かけるが……」


 するとそこへ三人の子供が現れて、立っていた男を気迫で押しのけながら店の入り口へ向かっていった。


「おじちゃんはどいてた方がいいぜ!」

「今日この店は戦場と化すんだ!」


 あまり聞き慣れない言葉遣いだ。男が首を捻っていると、今度は二人の女性がつんと澄ました様子で歩きながら店へと向かっていく。黒の魔女帽子に白の魔女帽子……彼女たちも子供たちと同じように、全身から並々ならぬオーラを放っているようだった。

 いよいよどういうことだ……

 男は首を捻るも、途中で考えるのを諦めて店前から去っていった。




 カードショップの中にはテーブルが並べられており、そこでは集まった人々が各々持ってきたカードの束を出しては中身の最終確認を行っていた。ラヴェンナとロクサーヌ、アレンの姿もあったが、今の彼らは真面目そのものといった様子で自分の手元に集中している。

 普段はウィンデルでゆっくり過ごす黒魔女も、この日はやけに真剣な眼差しをしてカードを睨んでいた。間もなく始まる戦いに向け、頭の中で綿密にシミュレートを組みながら、予備で持ってきていたものと付き合わせて最終調整を行う。


(いよいよ大会ね……)

(私のデッキは、エースモンスターに“ヴァンパイア・クイーン”を据えた、数を並べて相手を押し切る戦法を得意とするデッキ)

(でも、全力を発揮するにはフィールドを闇で包み込む必要があるわ。闇を作るためのカードと闇で活躍するカード、この配分調整がなかなか……)


 事前に一人だけの擬似的な対戦を何度も回してきたため、バランスは悪くないはずだ。そろそろ始まるかというところで、ラヴェンナは持ってきていた一枚のカードを睨みながら、これを入れるか入れないか悩み続ける……


(結局、これを使うかは直前まで結論が出なかったわね)

(使うにはなかなかの条件が要る、でも万が一の保険として……)

(……採用しましょう)


 山札の中へ差し込んだ直後、大会を主催する男性が皆の注目を集めてから挨拶し始めた。いよいよだ! 会場のあちこちからうおーっと声が上がった。

 戦いが始まる。大人も子供も、ルールの下で平等となる。



◆ ◆ ◆



 ラヴェンナはテーブルにつき、真正面に座った少年と対面していた。

 お互いに挨拶をしてからゲームスタート。先に与えられたのは彼の番だった。


「ぼくはフィールドカード“ドラゴンの棲む山”を使います。そしてこの効果で、手札の“黄金色の財宝”を捨てて、山札から上級モンスター“ストリーム・ドラゴン”を呼び出します!」

(相手はドラゴンデッキね。立ち上がりもなかなか……)

「そして、手札から“リザードマン”を召喚! これでターン終了です」


 最初に並んだのはなかなかの攻撃力を誇る大型ドラゴンだ。それと戦線を共にする下級モンスターも現れ、いきなり数を並べて迫ってくる。

 ラヴェンナは山札から一枚引き、手札をじっと見て考え込む。今までに覚えたカードの知識を思い出し、相手の戦術がどのようなものかを見通そうとする……


(向こうの“ドラゴンの棲む山”が厄介ね。“黄金色の財宝”を捧げることで普段は出すのに苦労するような大型ドラゴンをすぐに呼び出せてしまう)

(でも、その分カードはたくさん使うから手札は殆ど残っていない。ここはじっと耐え忍んで、将来的にはあのフィールドカードを破壊する術を探りましょう)


 こちらも初動は悪くなさそうだ。

 方針を決めて、ラヴェンナは自らのカードのうち一枚を引き抜いた。


「私はモンスターカードを一枚、裏側表示でセット。続けてフィールドに三枚のカードを伏せて、ターンを終了するわ」

「ぼくのターン、ドロー。手札から二体目の“リザードマン”を召喚して、バトルします。“ストリーム・ドラゴン”でそのセットモンスターに攻撃です!」


 盤面だけを見れば「三対一」で、多勢に無勢にも思える状況。

 しかしラヴェンナの顔には余裕が宿っていた。伏せられていたモンスターが捲られ、箱に潜む魔物が描かれたカードが墓地へ送られていく。そして……




 その一方、別のテーブルではアレンとロクサーヌが対面していた。


「僕は手札から“伝説の聖剣”を使って、“光の勇者 セイヴァー”に装備します。そしてこのままバトル、セイヴァーで“フローズン・ウィスプ”に攻撃します!」

「いいでしょう……」

「これでターン終了です」

「では私の番ですね、ドロー。手札から、モンスター“ブリザード・ゴースト”を召喚して、そのまま効果を使います……」


 アレンが使っているのは「光の勇者」を軸としたデッキだ。あまりモンスターを並べず、数少ないモンスターを周りのサポートカードで支えていく戦術をとるのが特徴だった。

 ロクサーヌが操るのは「氷」をモチーフとしたモンスターのデッキ。既にここまでの地点で彼女のモンスターは多く戦闘破壊され、墓地には何枚ものカードが積まれていたが……


「私の墓地には氷属性のモンスターが三体以上存在するので、“ブリザード・ゴースト”の効果により、あなたの“光の勇者 セイヴァー”を凍らせます。これで、動きは封じられました」

「ぐ……」

「しかし私のモンスターではまだ倒せないので、カードを一枚セットしてから、バトルを行わずにターンを終了します」


 相手の動きを封じる時間稼ぎに特化した彼女のデッキは、最後大型モンスターを繰り出してゲームエンドに持っていく動きを得意とする。

 アレンの「少数精鋭」は相性があまりにも悪かったが、それでもと彼は山札のカードを引く。最後の最後まで、どういう物語が紡がれるかは分からないのだ。


 店のあちこちから「わーっ!」「ぎゃーっ!」などの声が口々に上がる。

 彼らの戦いはまだまだ始まったばかりだ。



◆ ◆ ◆



 一回戦、二回戦と進んでいく中、既に敗退した人たちはショップの隅で自由に交流会を開いて楽しんでいた。勝ち進めたラヴェンナは休憩時間の合間に、別で上がってきたロクサーヌとお互いの状況を確認する。


「ラヴェンナ様も負け無しですか」

「なんとかね。危なかった場面もいくつかあったわ。でもロクサーヌがカードゲームを始めていたなんて意外かも」

「私だけ仲間外れは嫌だったので。そろそろ次の対戦相手が張り出される頃合いでしょうか……」

「あと二戦だけど、うん? シード枠が相手? いったい誰が……」


 トーナメント形式で進められている店舗大会。

 次の対戦カードがいよいよ公開され、ここまで勝ち残っている猛者がボードの前に現れる。ラヴェンナの相手には「シード枠」としか書かれておらず、その人物は見当たらなかったが……


 ……カードショップの扉が開き、涼しげな秋風と共に女性が入店する。

 秋色じみた花柄のドレスを纏った金髪の女――セレスティアが黒魔女を向いてニヤリと口角を上げていた!


「ここまで来られるだなんて。私の目に狂いはなかったみたいね、ラヴェンナ」

「へぇ……」


 思い出されるのは、かつて良いところまで行ったのに発売前カードを使われて打ちのめされた記憶だ! あの忘れもしない一件以降ゲームと向き合っている時はずっと、彼女の勝ち誇った笑いが脳裏に焼き付いたまま離れなかったのだ……

 ラヴェンナは不敵な笑みを浮かべながら、己の魂を掛けたデッキを取り出す。

 二人の間で視線がぶつかり、火花を散らす! 尋常じゃない殺気だ!


「この日を待っていたわよ、セレスティア……!」



◆ ◆ ◆



 決勝戦を前に始まった因縁の対決。テーブルに着いた二人は山札をシャッフルしてから規定の位置へ置き、初期手札を五枚引いてゲームを始める。最初の番はラヴェンナが貰えた。


(さて……どうしようかしら)

(初動はまあまあ。だけど、相手次第ね)


 手元をじっと見ながら考える。大きく動いてもいいが、セレスティアの戦術が分からない以上、情報は出さない方が良い……そう判断して静観を決める。初手で来てくれていた“ヤミコウモリ”を伏せた。


「モンスターを裏側でセット、更にカードを二枚セットしてターン終了」

「うふふ、じゃあ私の番ね。ドローカード!」


 セレスティアは手札を確認した後……そのうちの一枚を出して場で発動する。

 ひび割れた地面、黒々とした煙を吐く山に大きく波打つ海……絵を見た魔女はそれだけで何のカードか理解すると嫌そうに眉間へ皺を作った。


「スペルカード“地殻大変動”を発動!」

「はっ……? 本っ当、性格の悪いカードを……」

「別に用意していたイベントカードの山を、しっかりシャッフルして……一番上をめくる! まあ、“大干ばつ”が起きちゃったわ~。これでお互いのフィールドのモンスターたちは弱体化を受けちゃうわね」


 場のモンスターが全て、常時弱体化するという恐ろしい効果。もちろんこれはセレスティアの操るものも含まれるが、ラヴェンナが嫌悪感を示した理由はそれだけではない――


「次に、手札から“ガイアの使徒”を召喚! このモンスターは素の打点こそないけど、代わりに天災の影響は受けないの。そしてバトル! あの伏せモンスターに向かって攻撃!」

「“ヤミコウモリ”は戦闘で破壊されて、墓地へ送られるわ」

「うふふ、ターン終了。さてさて、ラヴェンナはどうしてくるかしら?」

「私のターン……」


 黒魔女は山札から一枚引き、口を結んで考え込む。

 相手の場に立っているのは取るに足らない性能のモンスターだ。だけど半端なものを出したところで、“大干ばつ”によるデバフが続いている限りは返り討ちに遭ってしまうことだろう。


 しかし、今の状況では有効な対策が打てないこともまた事実だった。

 ラヴェンナの脳裏に「敗北」の文字がちらりと浮かぶも……いったん落ち着いて冷静さを取り戻し、盤面を冷静に分析する。


(負ける? いや、まだ……)

(イベントカードによるデバフは厳しいけど、でも、強いモンスターを使っているわけではないし、そこまで数が並ぶわけでもない)

(あと二ターンは耐えられる。問題は、その間に解決札を引けるかどうかね)


 結局、手札にあった“ガーゴイル”を裏側でセットしてターンを終えた。

 続きのターン、セレスティアは先程の再現をするように“ガイアの使徒”で攻撃を仕掛けてくる。ラヴェンナのモンスターは戦闘に敗れると墓地へ送られ、また盤面がガラ空きになってしまう。

 あまり猶予はない――


「ターンエンド。うふふ、勝ち筋はあるかしら」

「用意してあるわよ。そして引いてみせる……ドロー!」


 ラヴェンナが引いたのは、モンスターカードの“ボーンドッグ”。あまり戦力としては期待できないものだったが、彼女はそれを裏側表示で召喚すると、残っていた手札を全てセットしてターンを渡す。

 セレスティアの番だ。手札から二体目の“ガイアの使徒”が繰り出される――


「これで火力も倍よ。このままモンスターを破壊してダイレクトアタックを決めていけば、私の勝ちは決まったものかしら。バトル! まずはそのモンスターを攻撃!」

「ボーンドッグ、破壊されるわ」

「続けて二体目で攻撃! ラヴェンナのライフクリスタルへ最初の一撃!」


 使徒の攻撃が迫る! 守ってくれるモンスターはいない。

 しかしこの瞬間――黒魔女の瞳がギラリと光った!


「セレスティア……いま貴女、と行ったわね?」

「っ……⁉」


 ラヴェンナはセットしていたスペルカードの一枚を表にする。そこに描かれていたのは禍々しい闇の具現と、地中より這い上がる不死の一族たちの姿だ!


「セットカード“地獄の門”を発動するわ」

「それは――」

「自分の墓地に闇のモンスターが三体以上、かつ自分へ直接攻撃が行われる時、冥界への扉は開き全てが闇で包まれ……やがて高貴なる一族が現れる。出でよ、“ヴァンパイア・クイーン”!」


 ラヴェンナの場へようやくエースモンスターが降臨する。

 天変地異は闇の中へ塗り潰され、使徒たちはたちまちサポートを失う。もはや彼らはクイーンたちにとって敵ではなくなった……


「まあ……うふふ」


 形勢が黒魔女のもとへ一気に傾く中、セレスティアは感嘆の声を漏らす。

 相手を見るその目には若干の悔しさと、同じくらいの嬉しさが籠っていた……




 それから、ラヴェンナはセレスティア相手に勝利し、見事雪辱を果たした。


 しかしそこで燃え尽きたのか。

 続く決勝戦、ロクサーヌ相手には、いともあっさりとボロ負けしたのだった。

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