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第72話「温室完成、初披露!」

 朝、普段通りの格好になったラヴェンナが魔女小屋から出てくると、テーブルの上にはマッシュルームのあたたかなクリームスープがあった。隣人の白魔女がパンも用意してくれたため、二人でいただきながら今日の予定を考え始める。


「何かしなきゃいけないことはあったかしら」

「んーっ……ああ、そう言えば、手紙が来ておりました」

「誰から?」

「例のアルラウネのお店からです。なんでも、改装工事が入ったんだとか」


 食事の合間にロクサーヌは文面を持ってきてくれた。

 ラヴェンナは、目を細めながら渡されたものをじいっと覗き込む。そこには、もにょもにょと可愛らしい字でこんなことが書いてある。



【おしらせ】

ついにねんがんの温室が完成しました!

これなら寒い季節でも色々なことができそうです。

妹ともども、これからもよろしくお願いします!



「……温室?」

「前々から考えていたそうですよ。寒い冬でも植物が育てられるのは私も羨ましいですね。もしかしたら、技術的に良い例になるかもしれません」


 そう言えば、とラヴェンナは思い出す。

 以前に街へ行った時、種苗店の方から大工仕事の音が聞こえてきていた……


「アルラウネにとっても、冬、暖かい部屋があるのは嬉しいでしょうね」

「食べたら様子見でもしましょうか」

「ええ。どんな風か気になるわね」


 マッシュルームを噛みしめながら、ほんのりと気配を見せつつある冬の片鱗を身体の色々なところで感じ取る。人間にとっては微細な感覚でしかないものの、もし温度差に敏感な植物であれば、これからの冬の到来はいっそう深刻な問題となっていることだろう……



◆ ◆ ◆



 朝食後、二人は早速箒に跨ってストーンヘイヴンの街まで飛んでいった。


 目当ての店まで向かってみれば、その入り口ではアルラウネの姉妹が大工業者の男性と口頭でやりとりをしている。降り立てば姉のグロリアがすぐに気付き、腰元の赤い花弁を揺らしながら手を振って挨拶してきた。


「あっ! 魔女様ー!」


 ちょうど話は終わったようで、業者の男は最後の一仕事と言わんばかりに店の奥へ入っていった。ラヴェンナとロクサーヌがやって来ると白い花弁のリリィも気怠げながらニコリと微笑んでくる。


「いらっしゃい。丁度良いタイミングね」

「工事は済んだの?」

「そうなの! 中の様子も見ていって!」

「では、お邪魔させていただきましょうか」


 魔女たちはグロリア、リリィの先導について扉の先へ行く。玄関口のデザインに大きな変更点はなかったが、ドアを開けてすぐに小部屋が現れた。そこからはまた一枚挟んだ先に、あの馴染み深い店の内装が広がっている。


「この小部屋は何をするところなの?」

「なんにもしないわ。私たちも最初は不思議に思ったのだけどね」

「ちっちゃなお部屋を挟むと冬でも寒くないんだって~!」

「ああ……ノルドの家でも同じでしたね」

「窓は大きいものに変えたけど、二枚重ねにしてもらってたわ。だから店の中は去年よりも少ない薪で済みそうよ」


 実際の店舗となる大部屋に入ると、そこはまだ商品が展開されていないのか、広く感じつつもやや寂しい雰囲気に満ちていた。

 目を見張るべき点として、床面積が少し長くなっている。それもあってカウンターの内側は広く、普段車椅子を転がして暮らすアルラウネの姉妹が簡単にすれ違える程の道幅が確保されていた。裏手の作業場も十分に大きい。


「良いわねぇ。こういうのを見ると、自分の家も作り替えたくなるわ」

「店内の導線もよくなりましたね。あそこから温室ですか?」

「そう! 今は最終確認中だからまだだけどね。最近はお手伝い君も来てくれるから、作業場もちゃんと作ってもらっちゃった」

「へぇ……」


 寒さ対策と快適性が追求されたお店は非常に出来が良い。

 しかしそこには大事な物が足りていなかった。まだ、商品が一個もないのだ。


 グロリアとリリィは倉庫の扉を開けて中の様子を見せる。こちらは完成が早かったのだろう、いつも店に並ぶ植物たちの一時的な避難場所になっていた。色とりどりの花、個性的な葉をつけた草木の鉢が所狭しと棚に待機している。


「あら、お花たちはここにいたのね」

「お店の内装は全部終わったって言ってたから、さっそく出してあげなきゃ! 魔女様も手伝ってくれる?」

「勿論です。では、まずこちらの……これはビオラですか」

「その通りよ、ロクサーヌ。ちょうど今時期が旬だから、店の一番良いところに置いてあげて」


 アルラウネ姉妹の指示を受けながら、ラヴェンナとロクサーヌは鉢植えを持って色々な所に配置していく。するとだんだん店内の景色がかつて見知ったものに近付いていき、様々な色と香りで賑やかに変わっていった。

 赤、白、青とカラフルに染まるビオラに、オレンジと黄色で周りも明るくしてくれるマリーゴールド、紫やピンクを放って堂々としたアスター……沢山の花に囲まれていると、自然と優しい笑顔が浮かんでくる。


「この観葉植物は?」

「それは入り口の隅に置いて!」

「肥料袋の棚はどうしますか?」

「うーん……リリィ、あの辺りで良い?」

「ええ、そこがいいわ。窓が大きくなった分、光は遮りたくないものね」


 それから、内装が幾分か整ってきた頃……奥の温室で作業していた男性が扉を開けて顔を覗かせてきた。いよいよ向こうも準備ができたようだ。


「グロリアさん、リリィさん」

「はい! もしかして……」

「問題ありませんでした。いつでもいらっしゃってください」

「わーい! 今すぐ行くー!」

「あぁ、姉さんったら、あんなにはしゃいじゃって……」


 一番に飛び出していったグロリアと、その後ろを追いかけるリリィ。魔女二人も顔を見合わせた後、すぐに彼女たちへ続いて向かった。



◆ ◆ ◆



 新設された廊下を通っていけばガラスの温室へ直通になっている。

 ラヴェンナたちがドアを開けて中に入ると――まるで、時計の針が戻ったような暖かい空気が全身を優しく包み込んできた。


「わっ、凄い室温ね、ここ……!」

「天井も高くて、広さも十分です。もしかしたら果物も育てられるでしょうか」

「見て、あそこに暖炉があるわ。薪もたくさん……」


 裏手の敷地をいっぱいに改装した空間には、まだ何の植物も置かれていない。広々とした場所の真ん中で、アルラウネの姉妹がガラス越しの空を見上げながら口をぽかりと開けていた。

 そして、穏やかな陽気の中――

 グロリアは満面の笑みを浮かべ、その場でクルクル回って喜びを爆発させた。


「あったかいわ~!」


 それは心からの感動の発露だった。一方のリリィも口角を上げて身体を揺らしている。少し離れた場所に立っていた魔女たちは、二匹の姿をまるで自分事のように嬉しそうな表情で眺めていた。

 間違いない。これなら、どんなに寒い冬が来ても大丈夫だ。

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