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第71話「秋のスイーツ祭り」

 秋も深まる某日の午前、ウィンデル集落に建つ二軒の魔女小屋のうち、広い畑を持つ方の小屋から白い煙がモクモクと天へ昇っていた。


 その大元を辿ってみれば、薪と火の入った焜炉の上で鍋がグツグツと音を立てて湯を沸かしている。中には沢山のどんぐりの実が転がっていた。それを遠くからロクサーヌが覗き込んでおり、彼女の背後ではナイフを手にしたラヴェンナが椅子に腰掛けたまま栗の皮を剥き続けている。


「木の実を拾うのは楽しいけど、この作業は好きじゃないわ」

「まあまあ、頑張りましょう。終わったら甘いお菓子が作れます」

「はぁ。こんな時にもう一人くらい、手伝ってくれる人がいたらいいのに」


 口と手を一緒に動かしながらも、ラヴェンナはナイフの刃元を鬼皮の底部分へ突き立てては手際よく引っ張って行く。すると、中から白い筋に包まれたものが現れる。

 元々栗は予め煮られていたが、この状態になったものをもう一度湯に戻すことで更に一枚、身を包む渋皮を取りやすくなる。何度手間かも分からないプロセスを経て秋の味覚である金色の塊がようやく姿を現すのだ。


 一個や二個ならまだしも、これがまだまだ沢山ある。

 ひとつ剥き終えたラヴェンナが目を細めて休んでいると、小屋の外から元気な呼びかけが聞こえてきた……


「ラヴェンナ~!」

「あら?」

「この声は……」


 ロクサーヌが窓から外を覗いている中、ラヴェンナはさっと立ち上がって扉を開ける。庭にはセレスティアの荷馬車が止まっていた。最初、秋の装いの女商人は黒魔女の小屋の前に立っていたが、反対側の家の扉が僅かに開いていることに気が付くとすぐに駆け寄ってくる。


「まあ、ラヴェンナったら、今日はこっちにいたの」

「手伝いを頼まれてて。それより来るのが大分早いじゃない。どうしたの?」

「ふふーん」


 セレスティアは腰に両手を置きながら胸を張り、魔女小屋から上る白い煙を見上げながらにっこり微笑んだ。


「そろそろ、ロクサーヌが甘いお菓子を作りそうな気がしたの!」

「はぁ……相変わらず、そういうのに関しては敏感なんだから」

「ということでお邪魔させてもらうわ。スイーツのためだもの、もしお手伝いがあったら遠慮なく言って!」


 その一言を聞いたラヴェンナは心の内で笑いを浮かべると、なんでもなさそうな風を装いながらセレスティアを快く迎え入れたのだった。中ではロクサーヌが彼女の席を用意していた。



◆ ◆ ◆



 それから少し経って……テーブルではラヴェンナとセレスティアが向かい合うように座りながら、真ん中に置かれた湯のボウルに沈む栗を一つ取っては眉間に皺を寄せた顔で殻剥きしていた。さっきまで元気いっぱいだったはずの女商人は苦々しい表情でこの現状を嘆いている。


「思ってたのと違う……」

「逆にどんなのを想像してたのよ」

「小麦粉とか、砂糖とか、牛乳を混ぜてシャカシャカーってするの……」

「ああ、それはまだまだ先ですね」

「そんなぁー」


 むきむき、むきむき。栗はまだお湯の底で大量に眠っている。


「でもこんなに準備して、いったい何を作るつもりなのよ?」

「半分はマロングラッセにします。ただそちらは何日もかかるので、今日のお目当てになるのはマロンクリームでしょうか。あとは、どんぐりで作ったクッキーとカボチャのケーキ」

「ケーキ!」

「喋ってないで手も動かしなさい」


 内容としても絵面としても地味な作業が続く。しかしこの原始的なやり方の先に魅惑の甘味は待っているのだ。ロクサーヌがどんぐりの煮汁を変えている横で二人は黙々と手作業に耽る。


 そして、やり続けていればいつかは終わるものだ。

 椅子の背もたれに深く寄りかかって休むラヴェンナに、両腕を真上へ伸ばして身体の凝りを解すセレスティア。テーブルには、綺麗な黄色いまんまるになった栗たちの入った水入りボウルがあった。ゆうに数十個は処理しただろうか。


「やっと全部できたわ……」

「じゃあ次の作業を手伝ってください」

「えぇぇ、まだ続けるの?」

「こちらはきっと、セレスティア様も気に入っていただけると思いますよ」


 ロクサーヌは手頃なめん棒を手渡しながら微笑んだ。そして、先程まで何度か煮こぼしていたどんぐりをすり鉢に入れ、それを彼女の前にトンと置く。


「どうぞ。遠慮無くやっちゃってください」




 お菓子作りは次の段階へ進んでいた。ロクサーヌが先程に剥いた栗を鍋でやわらかくしている間、ラヴェンナは一緒に蒸されていたカボチャを、セレスティアはどんぐりの中身を潰している。

 繊細な作業で気が滅入りかけていたのだろう、特にセレスティアは力を込めるようにグリグリと容赦無しに細かく砕いていた。いつもと変わらない笑顔だが、めん棒を握る手の甲には力んだ筋の跡が浮いていた。


「ふふーん、これよこれ、こういうお手伝いをしたかったの!」

「私だったら一個でもサボりたくなるけど」

「せっかく遊びに来たのに待ってるだけはつまらないでしょー!」


 ごりごり、ごりごり。聞いてて気持ちいい音が魔女小屋に響く。

 彼女のやる気は本物だった。あっという間に頼まれたものが完成すると、さっきまでラヴェンナが潰していたカボチャをもらって自分がその役を担い始める。仕事のなくなった黒魔女は頬杖をついて真正面の様子を眺めた。


「うふふ、普段こういうことしないから楽しいわ~」

「……」

「ラヴェンナ、そんなに見つめてどうしたの? 羨ましくなっちゃった?」

「違うわよ。子供みたいだな、って思っただけ……」

「そんなことないわ、ラヴェンナがおばさんなのよ」

「くうぅ……」

「そのあたりにしましょうか。もう大丈夫です」

「次は?」


 スイーツへ続く道を突っ走りたいのか、お手伝いの目は光に満ちている。

 ロクサーヌは予め用意していたお盆をテーブルに載せた。そこには布が被せてあったが……それを取り払うと小さなボウルがいくつも現れる。牛乳や小麦粉と言った製菓材料の数々が適量用意されていた。


「お待たせしました、セレスティア様。ケーキのもとを混ぜてください」

「わあ!」


 セレスティアはこの後の工程を聞いてから、材料を合わせては木べらを使ってかき混ぜ始める。二人の魔女に見守られながら鼻歌交じりに道具を操り、やがてダマのひとつも無い完璧なケーキ生地が完成した。

 それをテーブルの上に置いてから、どうだと胸を張って目を閉じる。

 ロクサーヌが笑顔で拍手をして、そこから遅れてラヴェンナも手を叩いた。



◆ ◆ ◆



 お菓子作りもいよいよ終盤となり、あとは焼いて時間を待つだけだった。魔女二人が火とお菓子の面倒を見ている間、セレスティアは椅子に寄りかかったまま口を半開きに眠っている。家の中にはなんとも秋めいた甘い香りが満ちて、息をするだけでも紅茶が進みそうな程にすばらしい。


「すやぁ……」

「ラヴェンナ様、そろそろ焼き上がるので起こしてあげてください」

「分かったわ。……セレスティア、起きなさい」

「むにゃむにゃ……」

「セレスティア!」


 叫んでも目が覚める気配は無い。いつものことだから慣れているのだろうか。

 どうしようかと考えた黒魔女は妙案を思いつき、家の外に出ては放置されていた荷馬車の前に立つ。そして、中の商品を展開するための金具に手を掛け、わざとカチンと音を鳴らしてみせた。


 すると……



「どろぼーーーー!!!」



 ……あれほど大きな声を上げても起きなかったセレスティアが一瞬ですっ飛んできた。ラヴェンナは両手を挙げて無実を主張しながらも、ガーデンテーブルを視線で示しながら彼女に手伝いを促す。


「はいはい、おはよう。そろそろできるからテーブルと椅子の用意をして」

「せっかくお菓子の匂いに包まれながら気持ちよくお昼寝してたのに!」

「別に寝てても良いわよ。食べちゃうけど」

「それは嫌! あーもう、本当にびっくりしたんだから……」


 二人でスイーツパーティーの準備を進めていると、魔女小屋からロクサーヌがお皿と共に現れた。

 どんぐりの風味漂うクッキーに切り分けられたカボチャのケーキ、そして甘く濃厚な香りを立ち上らせるマロンクリーム。それらを改めて目の当たりにした女商人はすぐさま荷台を漁り、作っていた湯で紅茶を淹れて出す。


 秋晴れの空の下、必要な物は揃った。

 席に着いた後、飛び入り参加ながら一番やる気のある彼女が声を上げる。


「それじゃあ……私たちの頑張りと友情に!」

「はーい」

「……はいはい」


 すっかり調子に乗ったセレスティアの横で、ラヴェンナも仕方なしにカップを僅かに高くして応じた。

 しかし商工会長の選んだ茶葉は本物だ。口の中に鮮烈な茶の風味が広がるも、すぐにそれは溶け込んでスイーツを受け入れる準備を整えさせてくれる……


「ん~っ! ケーキおいしい……」

「あら、クッキーは大成功ね。どんぐりの素朴な味も実に秋らしいわ」

「うまくいったようで良かったです。栗のクリームもよく合いますよ」

「本当ね、とっても最高~!」


 心地よい風に吹かれながら、甘いお菓子と紅茶をいただくひととき。

 さっきまでの忙しさが嘘のようだ。時間がただ、ゆっくりと流れていく。


「秋ねぇ。苦労した甲斐があったわ」

「やっぱりロクサーヌのスイーツは絶品よ!」

「うふふ、お二方のお手伝いあってですよ。……おっと、このままだとクッキーが一枚だけ残っちゃいますが、どうしましょうか」

「今のうちに割りわけちゃいましょ。ほら、みんなで端っこを持って……」


 枚数を数えれば、順当に行った時に一枚分のあまりが出る。三人はクッキーを均等になるようにつまみ……タイミングを合わせて一斉に力を込めた。ぱりん。


「ちょっとラヴェンナ、私の分がなんだか小さいわ~」

「あのねぇ、欲張って力むからそうなるのよ」

「ふぬぬぬぬ……」

「ああもうっ、ほら、これくらいあげれば同じになるでしょ……」


 面倒なことばかり言う来客にしかめっ面をしながらも、ラヴェンナはなんだかんだでその相手を続けていた。ロクサーヌも目を細めながら穏やかに紅茶をいただいている。

 今日も何事もなく平和な一日だ。

 ウィンデルの高い空に、どこかからウシの鳴き声が上っていく……

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