退屈すぎる程の平和が続くウィンデルが賑やかになるタイミングはいくつかあるが、秋のこの時期が来ると、毎度の恒例行事とも言える集まりがある畑で執り行われる。今日そこでは修道院から来た子供たちが並び、彼らの前でシスター・アイリスと腰を曲げた温厚な老婆がニコニコ微笑みながら立っていた。
集まった者たちは長袖長ズボンに手袋と、いつ汚れても大丈夫な格好だ。その横にはラヴェンナとロクサーヌも監督役として並び、彼女たちの背後には広大な緑色の光景が広がっている。いくつも重なる葉の間から時折、オレンジ色の丸々とした塊の一部が顔を覗かせている……
「今日はこちらのおばあさまから協力いただいて、カボチャの収穫のお手伝いをさせてもらうことになりました。みんなで力を合わせて、ケガの無いように頑張りましょうね」
「「「はーい」」」
「まずは周りの葉っぱを取り除きます。一人一本、シャベルを持って、少しずつ取っていってください。おばあさまからは、子供たちに何かありますか」
「ふぉっふぉっふぉ。今年のカボチャもとっても大きいから、下に潰されないようにすることじゃ。収穫祭で使うから、あまり傷も付けないようにの」
「「「はーい」」」
子供たちの元気いっぱいな返事が澄んだ秋の空へ上っていく。横で話を聞いていたラヴェンナは首を捻りながら、これからの体力仕事に向けて己を静かに奮い立たせていた。
◆ ◆ ◆
広い畑は大きな葉によって表面が覆われており、お目当てのオレンジ色は隠れるようにひっそり佇んでいる。まずはこれらを取り除き、それが終わった後から収穫へ移る、という運びだ。
子供たちはさっそく、既にその一部が見えているカボチャの周りに集まっては茎にシャベルを入れて剪定作業を始めていた。ラヴェンナとロクサーヌは隅から綺麗にしつつも、時々、葉っぱの山を荷車で回収して裏手にぶん投げていた。
「よい……しょっと」
一山片付けたラヴェンナはもとの場所へ戻り、魔女二人で発掘作業を進める。参加者が多いためだろう、畑に隠れていたものも半分以上が露わになっていた。
「今年の出来はどうかしらね」
「見ている限りでは良さそうですよ。既に、いくつか大物が見えています」
「冬はどうしても野菜が少なくなるから、この手のものは本当にありがたいわ」
「想像が膨らみますね。スープにしたり、スイーツにしたり……」
土の上を這うように進む蔦を切り、両手を使って避けてみれば……やや小ぶりなサイズのカボチャが隠れていた。だがそうは言っても、他の畑で見かける同族と比べて大きさには遜色ない。料理する人にとっては実に丁度良い塩梅だ。
「あらかわいい。置物にもよさそうね」
「形も綺麗なので、土を落とせばもっと雰囲気が出るでしょう」
「「「わーーーーっ!」」」
「ん?」
突如、子供たちが一斉に歓声をあげたものだから二人の会話は打ち切られる。声の出所を向けばそこには、年少の子供よりも大きな巨大カボチャが静かに隠れていた。その姿を覆っていた葉々が取り払われれば、今日イチのサイズの巨塊が日の目を浴びる……
「うわぁ、なんなのよあれ」
「毎度、ここのカボチャの大きさには驚かされます……」
「おっきぃ……」「すごーい」
丸々実った大地の恵み。子供たちはそのつるりとした表面にペタペタと触りながら、中身のずっしり詰まった重みを身体で実感する。ちょっとやそっと押した程度ではびくともせず、彼らでは地面から浮かせるのもままならない。遠くではアイリスが収穫用の荷車を出して、近くまで引いて来ようとしていた。
通常の品種とは異なり大きく膨らむこのカボチャは、収穫祭での飾り付けを始めとした様々な場所でそのビジュアルを披露することになる。おまけに、役目を終えた後に調理してもなかなか良い仕事をしてくれるのだった。
「あぁー」
「ぜんぜん持てない!」
「おもすぎ!」
さっそく子供たちは動かそうとするが、件のどでかカボチャは畑をごろごろと転がるだけで地面から離れない。様子を見ていたラヴェンナとロクサーヌはほぼ同時に立ち上がり、好奇心旺盛な彼らのヘルプへ回りに行く。
畑を覆っていた葉の数々が無事に撤去され、中に隠れていたオレンジ色の物体が土の上にどしんと佇んでは並んでいる。その一つ一つが、なかなかの大きさ、重さと共に嬉しい実りで満ち満ちていた。
収穫の時間だ。まずは一番大きなカボチャから荷車に載せなければならない。荷台と地面に板を通し、子供たちや修道女が転がし上げようと試みるが……
「「「ふんーーーーっ!」」」
しかしびくともしない。少し浮いたかと思えば今度は坂を下って元の位置に戻ってしまう。下手をこいたら下敷きになる者が現れてしまうため、助け船としてラヴェンナが皆の前へ出てきた。
全方位から期待の眼差しを受けながら、黒魔女は巨大カボチャの表面に手を置いて……もう片手で指をパチリと鳴らす。すると岩のように重かったそれは魔女の手のひらに吸い付くように持ち上がる!
「おおーっ!」
「すげー!」
「さすが魔女様!」
カボチャを軽々と荷台へ載せたラヴェンナは両手を広げながら皆からの拍手喝采を受け、優しい微笑みを浮かべるロクサーヌのところへ戻っていく……
「素晴らしかったですよ、ラヴェンナ様」
「もう、貴女までからかわないでちょうだい」
そうは言いつつも、ラヴェンナは案外そこまで悪くなさそうな表情だった。
一番の大物がどうにかなった現場では、その周りに様々なサイズのカボチャがパズルのように組まれ始める。大中小どれを見ても実に見事だ。荷台も一台では足りず、二台目、三台目と使ってようやくすべてを動かせた。
子供らはオレンジ色の山を前に興奮気味だ。アイリスが笑顔で仕事の終わりを告げる。
「はーい皆さん、お疲れ様でした。カボチャがいっぱい穫れましたね! これらは後で収穫祭の準備でも使いますから、その時を楽しみにしてて下さいね」
「でっかいお化けをつくるんだ!」
「うふふ、ではおばあさま……あれ? 魔女様、おばあさまはどちらへ?」
「しばらく前に家へ入っていったのを見かけたけど……」
皆で首を捻っていると、小屋の扉が開いて本人が現れた。
彼女は大きなお盆を持っている。そこには、できたてのパンプキンパイの皿が載っていた。切り株を利用した天然のテーブルが一気に華やかな空気に変わる。
「実は、昨日何個か小さいカボチャをとっていてね。みんなが来るから、お菓子を作ろうと思ってたのさ。子供たち、あそこに井戸水を貯めてあるから手の汚れを落としてからお食べ」
「「「わぁーーーー!」」」
「アイリス様も、魔女様も、是非食べて下さい。皆さんの分もありますよ」
「では……!」
「じゃあ、私たちも貰おうかしら」
「はい!」
畑仕事をサポートしていた大人たちも、手を綺麗にしてから手作りスイーツをいただきに向かう。
できたてのパンプキンパイは、素材の持つ甘く芳醇な香りと美しい色味で見る者を魅了して止まなかった。ラヴェンナは一欠片を貰うとさっそく一口……
「んん……ん」
濃厚で滑らかなカボチャの甘みがパイ生地と共に口の中へ広がっていく。仕事を終えた後の身体には何よりも効く味だ。労働のご褒美を食べ続ける間、子供も大人も全員が笑顔のままで物静かになるのだった。
(秋って、本当にいいわよねぇ)
(収穫祭……今年はどうしようかしら)
モグモグと口を動かしながらラヴェンナは一人思案する。
集落に住む魔女たちの一日は、そんな風に今日も過ぎていく。