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第56話「海に行こう④:白熱 ビーチサイド バレー」

 セレーノ海岸。サン・ブライト修道院主催の臨海学校、二日目。


 この日もまた朝から自由行動が許可され、子供たちは思い思いのままに砂浜を駆け回ったり、海の中で潜ったりして楽しい時間を過ごしている。ラヴェンナは昨日と同じようにビーチベッドを借り、彼らがボールで遊んでいる様子を近くに眺めていた。


(今日も良い風ねぇ……)

(夏はずっとここで暮らしていたいわ。ウィンデルも悪くはない場所だけど)


 遠くでは誰かが弦を弾き、いかにも夏らしいゆったりした音色を奏でている。 ご機嫌な魔女が目を閉じてウトウトしていると……ふわりと弧を描いたボールがゆっくり飛んできて、その顔面にボフンと柔らかく命中した。


「……」

「あーっ! 魔女様、ごめんなさい!」

「いけないんだー!」

「ちがっ、おれのせいじゃないって!」

「いいわけしないのっ!」

「あーもう、ハイハイ、大丈夫よ。怒ってないから……」


 子供たちが口々に叫び出すのをラヴェンナは制止する。ボールを投げ返そうと身体を起こした時……そこへ、ライラが釣り竿と木桶を持ってやってきた。

 その後ろでは同じく水着姿の修道女たちが荷物を持って続く。

 ラヴェンナは思い出した。ライラが、そういうことをする予定があると……


「やあやあ魔女様」

「なあに、釣りでもするの?」

「子供たちに海釣りを教える予定でな。……お前ら、こっちへ来い!」

「「「はーい!」」」


 子供たちの人気者であるライラは一声で彼らを束ねると、手にしていた道具を見せながら海釣りの仕方をレクチャーし始める。ラヴェンナはさっきのボールを両手で持っていたが、それをビーチベッドの傍へ置いて、再び横になった。


「よーしいいか。魚ってのは、お店に並ぶ前はこのデッカい海とか川を泳いでいるんだ。釣りの仕方を覚えれば自分の力で獲れるようになるし、漁師さんたちがスゲぇってことも分かるようになるぞ。まずは竿を振る前に、海の様子を見て、どこに投げるか“あたり”をつけるんだ……」


 海のあちこちを指さしながらライラが色々話している間、ラヴェンナは欠伸をしながらゴロゴロ。しかし黒のワンショルダービキニを纏っているだけあって、そんな姿でも一応は様になってしまう。

 波の打ち寄せる音を聞きながら太陽の光で身体を温めていれば、全身から心地よさと幸福感がじんわり染み入ってくるようだ。


「魚ってのは何かある場所が好きなんだ。ほら見てみろ、あそこ、ちょっと白い波が立っているのがわかるだろ? ああいう場所にはな――」

(なんだか、こうして子供たちを見ているだけで満足しちゃうわ)

(これでも一応、海遊びをしていた時期はあったのだけど)

(私ももう、ずいぶんな歳になったのかしらね……)


 穏やかな充足感と共に目を閉じる。

 そのまま、ゆっくりとした時間を過ごしていると……今度は、セレスティアとロクサーヌの二人が話している声が遠くから聞こえてきた。しかも二人は徐々に近付いてきている!


「ラヴェンナ~!」

「……なによ?」

「ちょっと様子を見に来ただけ」

「はぁ……」

「ラヴェンナ様、そのボールはどうされたのですか?」

「ああ、これ? さっきまで近くで子供たちが遊んでいたんだけど……」


 少し離れたところで釣り竿指南しているライラを手で示す。

 他の修道女たちがサポートする中、子供たちは海のアクティビティに夢中だ。


「……というわけ」

「じゃあ私たちが使ってもいいってこと?」

「なんでそうなるのよ! こっちまで巻き込まないで頂戴」

「まあまあ。でもたまにはどうですか? 今はちょうど場所も空いてますし」

「むむむ……」


 先程、子供たちが飛び跳ねてボールを追いかけていたエリア。そこにはポールが二本立っていて、間を繋ぐように即席のネットが一枚貼ってあった。

 ロクサーヌからまで誘われたラヴェンナは眉間に皺を寄せながら、周りを見て色々考え……遠くに見えたアイリスに向かって声を飛ばし、彼女を呼び寄せる。



◆ ◆ ◆



 白い砂の上に貼られたネット。そこを境に二つのチームが向かい合っている。


「わ、私で良かったんですか?」

「はい、構いませんよ。よろしくお願いします、アイリス様」


 片方は、水に濡れても良い黒のチュニック姿のアイリスと、白と茶色の水着を纏ったロクサーヌの二人だ。事前運動で手足を柔らかくしながら息を整える。


「なんで貴女とのチームなのよ……」

「ラヴェンナが同じ手を出さなきゃ良かっただけでしょ!」


 そしてもう片方は、黒色のワンショルダービキニを着たラヴェンナと、花柄のホルタービキニを選んだセレスティアだった……


 ルールは簡単だ。ボールを交互にトスし続けて、落としたチームの負け。

 制約として、各チームで連続三回までならボールに触ってもいいものとする。大人四人が本気になった遊びが幕を開ける!


「ラヴェンナ様、セレスティア様、始めますよ!」


 最初はロクサーヌからだ。彼女はボールを下から叩き、そのまま緩やかな軌道でラヴェンナたちの陣地へ送ってくる。

 それを受け止めたのはセレスティアだった。

 彼女が両手で高く打ち上げた後、ラヴェンナが片手で軽く叩いて送り返す!


「アイリス様!」

「はいっ!」


 指示を受けたアイリスはなんとか両手で上へ打ち上げられたが、慣れない運動をしたせいか同時に尻餅もついてしまう。やや不安な角度で上がるボールだったがロクサーヌがすぐにそれをカバーし、難なく相手側へ向かうように叩いた!

 ふんわりと宙を舞うボール。

 前の方で止めようとしたセレスティアは、後ろで待っていたラヴェンナに気付かず身体が重なり、そのまま二人合わせて砂の上で姿勢を崩し――


「きゃっ!」「ちょっと――!」


 ボフ、ボフ……それぞれの頭を見事にバウンドしてから陣地内へ落ちた。

 ラヴェンナはセレスティアの身体を受け止めたままグルグルと目を回す。


「ウーッ……」

「なんでラヴェンナまで来るのよー!」

「アイリス様、立てますか?」

「問題ありません。すいません、普段あまり運動しないもので……」


 アイリス&ロクサーヌチームに一点が入った。お尻と背中についた砂を払いながらラヴェンナたちも立ち上がり、今度はセレスティアからのボールでゲームが始められた。

 そんなことをしていれば、離れたところで釣りをしていた子供たちが戻ってきて彼女たち四人の試合を横で見学し始めた。珍しいメンツがボール遊びに熱中しているのを修道女たちも面白がって、周りがどんどん賑やかになってくる……


「魔女様たち、がんばって!」

「すげーっ! みんな、とっても上手い!」

「会長様ー!」

「アイリスー!」


 幾度となくボールを返し合って、お互いに何点か入れ合ってなお互角。

 次の一点が入れば、と言ったところで――アイリスの送ったボールをラヴェンナが受け止めた! そこから、ネット際にいたセレスティアが両手で真上へトスして準備を整えた後、仕上げと言わんばかりにラヴェンナが飛び上がる!


「これでも――食らえっ!」


 高いところから放たれる一撃必殺のアタック! それは相手チーム二人の間隙を縫うように鋭く放たれた!

 しかしボールが砂浜につくことはなかった。ロクサーヌの身体が横から転がってきて、ラヴェンナの渾身の攻撃を低い位置から拾い上げる!


「アイリス様!」

「魔女様、どうぞ!」

「ありがとう、ございますっ――!」

「させないわーっ!」


 ロクサーヌの放つ一撃。そこへ、セレスティアがネット際で懸命にジャンプして手を伸ばし……



◆ ◆ ◆



 試合後、ラヴェンナたちはパラソルの下で身体を休めていた。そこへライラが焼き魚の串を持ってくる。先程海で釣っていたものだろうか?


「はい、みんなお疲れ。スゴい試合だったみたいだね?」

「ええ……」

「ラヴェンナったら、普段から動いてないとダメよ」

「うふふ、ですが私も、少々堪えましたね」

「普段から子供たちの相手をしていたからか、意外とできたかも……」


 激戦の繰り広げられていたフィールドでは、今度は子供たちがボールをポンポンやりとりして彼らなりの試合を続けている。少したどたどしいところもあるがそれもかえって味があって良い。

 運動した後の身体に塩の味付けがなんともよく効いた。

 ラヴェンナは骨までしゃぶりながら、少なくなった口数でぽつりと呟く。


「うん……まあ、たまにはいいかもね」

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