実によく晴れた夏の朝。ストーンヘイヴンの街、サン・ブライト修道院の前では何台もの馬車が止まり、その周りには修道女と子供たちが集まっていた。それぞれ背中にはリュックサックやバッグを提げている。中には、ちょっとした旅のおやつだったり水着だったりが詰まっていた。
「皆さん、これから海に行きますよ。忘れ物はありませんか? みんなで馬車に乗っていってくださいね」
「「「はーい!」」」
子供たちが馬車に乗っていく様子を、別の車両に乗っていたラヴェンナがドアから見守っていた。隣の席にはロクサーヌが目を閉じて大人しく座っている。
するとそこへ……聞き覚えのある声がしてきて、ラヴェンナはぎょっとした顔になった。馬車の中へ続く入り口に、夏らしい薄手の白ワンピースを纏った女性が日傘と共に現れる。その背中にはパンパンに膨らんだリュックがあった。
「ラヴェンナ~、ロクサーヌ~! おはよ~!」
「セレスティア……貴女もいたの」
「おはようございます。セレスティア様も一緒に来られるのですか?」
「うふふ、こんな楽しいイベント、参加しないわけにはいかないわ~」
馬車の中に三人。荷物もあるのでいっそう狭苦しく感じられて仕方ない。
そこへ四人目としてアイリスもやってきた。子供たちは全員乗ったようだ。
「準備ができましたので、一番前の馬車から出し始めました。私たちは一番後ろを行きます。皆さん、これから数日間、よろしくお願いしますね」
「ええ、よろしく」
「よろしくお願いします」
「はい!」
ドアが閉められ、御者によって鞭打たれた馬が歩き出せば木の車輪がガタガタと音を立てて回り始める。窓の外の景色が後ろへ流れていく中で、ラヴェンナはひとまず背もたれに寄りかかって長い息を吐いてリラックスした。
「なんだか、思ったよりも話が大きくなっててビックリしたわ。最初は私とロクサーヌ二人だけで行くのを想像してたのに」
「うふふ、人数が多い方が楽しいと思いましたので」
「私たちも海に行くのは久しぶりなんですよ。子供らも楽しみにしていますが、実は、修道女たちも密かに心待ちにしておりました」
「ラヴェンナ、なんで私に一言も言ってくれなかったのよ。この間、修道院から聞いて初めて知ったんだから! むう~っ」
「忙しい人には声なんてかけられないじゃない。って、休みは取れたの?」
質問されたセレスティアは口角を吊り上げ、自信に満ちた笑みを返した。
「ラヴェンナったら、頭が硬いのね。休みなんて取れるわけないじゃない」
「じゃあなんでここにいるのよ?」
「お仕事で行くの。あそこの砂浜の近くには商工会の分所があるから、会長たる私が直々に視察に行くってわけ」
「本当、サボることは一流ね……」
「だからサボりじゃないって言ってるでしょー!」
馬車の中が笑い声で賑やかになる。
ストーンヘイヴンを出た一行は、そのまま青空の下をゆったり運ばれていく。
◆ ◆ ◆
ラヴェンナたちが暮らしているストーンヘイヴン近辺から馬車に乗ってしばらく、森を抜けたところで、普段なかなかお目にかかれない水平線が見えてきた。
セレーノ海岸。
ストーンヘイヴンより南方へ下っていった先にある白い砂浜は内湾に面して、冬を除いたほぼ全てのシーズンで温暖な気候が続く。この場所は誰でも海を間近に楽しむことができ、このような夏ともなれば海風と太陽を求める人々で大いに賑わっていた。
馬車の停留所からそう遠くないところに「海の家」が見え、その向こうの砂浜にはいくつものビーチベッドとパラソルが設置されている。水着姿の男女、家族連れといった様々な層が夏の時間を楽しんでいた。
「あら、やっと着いたのね。前は箒で飛んでいってたかしら」
「はい。ですが、馬車で行くのも悪くはありませんね」
「はああ、愛しの海! 太陽! バカンスはこうでなくっちゃ!」
「あのねぇ、仕事で来たんじゃなかったの……」
「降りたらそれぞれ水着に着替えましょう。私は子供たちの方に行ってますね。ライラ様は既にこちらに来られているようですので、後で合流しましょう」
「ええ」
既に止まっていた馬車からは子供たちが降りていて、それぞれが視界に広がるキラキラとした海の景色を前に口を開けている。他の観光客たちも、小さな客人らが初々しい様子でキョロキョロしているのを微笑ましく見守っていた。
周りを探してみれば、男女別に更衣室が設営されているのが見えた。ラヴェンナたち三人はその場所を指でさした後、潮風に吹かれながら砂を踏みしめる。
女性用の更衣室へ入った三人は、程なくして、浜辺の正装姿で戻ってきた。
麗しい女性三人が一気に現れた瞬間、周りの視線が一気に吸い寄せられる。
「わあ、もしかして新しく作り直したの?」
「ええ、アリアに仕立てて貰ったの。麦わら帽子も良いのがあって良かったわ」
「お似合いですよ。水着も身体にぴったり合っております」
ラヴェンナが身につけていたのは黒いワンショルダーのビキニだった。胸元や尻の露出は抑えられ、身体のラインを隠すようにフリルがついているが、かえってそれが大人の女性らしい魅力を引き上げる。地獄のトレーニングを経て引き締められたへそ周りは外に出しても恥ずかしくない。頭に乗せられた麦わら帽子は彼女が魔女である面影を残していた。
「ロクサーヌって本当に白いのね。こういう時は雪国育ちが羨ましいわ~」
「えぇっ、これでも前よりは焼けたと思うんですが」
「どこよ……」
ロクサーヌが纏っていたのはコルセットタイプの水着だ。腹から下はブラウンの布に覆われている一方、彼女の胸元は白地に植物柄のレースで上品に膨らんでいた。日頃から農作業などで身体を使っていたこともあってか全体的なスタイルはまさに理想的なものとなり、男性はおろか、女性からも羨望の眼差しが向けられている。
「セレスティア様の水着はもしかして、商工会の出しているモデルですか?」
「もちろんよ~! 他にもたくさんあるけど、今回はこれが一番だと思ったの」
セレスティアの身体を包むのは花柄のホルタービキニだ。彼女の自信に満ちた気性をそのまま表したように肌や胸元を見せながら、それでいて輪郭に添えられたフリルが気品を保っている。商工会会長としての誇りも忘れていないようで、足元には白く丁寧に仕立てられたの革製のビーチサンダルがあり……まるで自らが宣伝用のマネキンとなったようにそれらのアイテムと調和していた。
「こんなところまで商売だなんて、本当に仕事人間なのね」
「だから言ってるじゃない。ここには“お仕事”で来てるんだって」
「さっき思いっきりバカンスって言ってたような……」
「ラヴェンナ様、あちらに」
「うん?」
ロクサーヌに促された方を見てみれば、そこでは尻を突き上げた姿勢で砂浜へ前傾にのめり込んで紙に鉛筆を擦りつけている女性がいた。その視線の先では、砂から出てきたばかりのヤドカリが状況を飲み込めず右往左往している。
「おぉ~、いいね、かわいい足だねぇ……」
「海まで来て何やってるのよ、ライラ」
「んあ、魔女様たちも着いてたのか。見ての通り、ほら」
ちょうど仕上がったスケッチを見せてもらえば、そこには砂浜に住む小動物の姿が詳細に残されていた。一仕事終えて立ち上がったライラは両手を青空へ突き上げてぐぐっと身体を伸ばす。
白髪と褐色肌のコントラストが眩しい彼女は、ライムグリーンの三角ビキニを纏って動きやすさとデザインを両立させていた。よく見れば、身体のあちこちは女性的な柔らかさを帯びつつもしっかりした筋肉が備わっているのが分かる。
「まあ、とっても綺麗なスケッチ!」
「おや、これはこれは会長さん。いつもお世話になっています」
「かしこまらなくていいわよ~。今日は私もオフモードなんだから!」
「……もう突っ込まないからね」
「これからしばらくは子供たちが自由に遊ぶ時間だ。私たち大人は、それぞれで好きなことをして気分の良い時間を過ごすってこと。魔女様たちはどうする?」
「それなんだけど、ビーチベッドでも借りてのんびりしようかと思って」
「ああ、それじゃあ――」
ライラにこの場所の仕組みを教えてもらった三人は、さっそく自分たちの場所を確保するべく受付に行った。うまく皆で横並びになれる場所が見つかった為、すぐさま荷物を持ってそこへ向かう。
カラフルに作られたパラソルの下、ロクサーヌ、ラヴェンナ、セレスティアと並ぶ形でビーチベッドを使い、身体を預けながら各々日陰を動かして良い塩梅にした。そして、仰向けのまま頭を空っぽにしてゆったりと時間を過ごす――
「うーん、いいですね」
「最高……」
「ん~」
心地よい日光を全身に浴びながら涼しげな潮風に目を細める。
これ以上に良い時間は滅多にない。いや、ジュースもあればもっと良い……