その日は昼間から日差しが強く、ウィンデルはじりじりと照りつけるような光に襲われていた。その勢いが収まって夕方、そして夜になっても肌に纏わり付いてくるような不快な感覚が残り続け、眠ろうとする人々をジワジワと苦しめる。
「ウーン……」
ごくかすかに薪が燃えるだけとなった魔女小屋の中、ベッドの上でラヴェンナは布団を蹴飛ばしながら両手両足を広げて寝ていた。その顔は歪んでいて……
◆ ◆ ◆
……また変な夢を見ていたラヴェンナは、青空の下、自分がひんやりとした石の台座に座らされていることに気が付いた。巨大な手を模した石像だ……見上げてみれば、そこには巨大なセレスティアの顔が象られていた!
「なによこれ……」
ふと、ラヴェンナが頭の上を見てみればそこには「100」という数字がある。
その数字に触ろうと手を伸ばし、何度か空を切っていると――巨大な石像の目が突然きらりと光り、その口から突風が放たれる!
あわれ、黒魔女は突風に為す術もなく身体を持ち上げられ、手のひらの上から落とされてしまう。そのまま、よく晴れた綺麗な世界から地底深くまで真っ逆さまになって……
「アアーッ」
そのまま地下深く、肉感ある地下植物の葉っぱでポヨヨンと跳ねた後、ラヴェンナは冷えた土の上で転がってうつ伏せに倒れ込んだ。
どれくらい落ちてきたのだろう? かろうじて、周りの土壁に埋め込まれている魔石が光っているから視界は確保されているものの、元来た穴は遙か上。まだフラフラする頭で見上げていると、ふと……
「……ん?」
頭の上に光っていた数字が「1」になってしまっているではないか!
なんとなくさっきよりも身体の調子が悪い。動きも魔法も非常に緩慢なものとなり、往年の大魔女の輝かしい姿はどこへやら。どことも知れない暗闇の中で、ラヴェンナは自棄になって叫び声を上げ、両手に持っていた杖をブンと振るう。
すると。
目の前の土壁が魔法によって壊れ、中から緑色の魔物が現れる!
「何よこれ?」
ぷよぷよモチモチとした、いかにもな形をした魔物。それはラヴェンナの手によって生を受けた後、ゆっくりと穴の中を這い回り始めた。よくよく見れば吸収と排出を繰り返しており、どうやら食事をしているらしいことが分かる。
しかし――だからどうしたと言うのだ。
ラヴェンナが困った顔を浮かべていると、遙か頭上から声が聞こえてくる。
「この声は……」
黒魔女が落ちていった穴の遙か上、そこには小さなお城が建っていた。
そこではウェーブの掛かった金髪を揺らす女性、セレスティアが煌びやかなドレス姿でバルコニーに立っている。彼女は扇で口元を隠しながら頭上のクラウンを太陽の光に輝かせ、階下に並ぶツワモノたちを見下ろしていた。
「よくぞ集まってくれました、ゆうしゃの皆さん。今日こそはあのにっくき魔女を何としても捕まえるのです!」
お城の「姫」が発した号令を聞いた者たちはオオー、と声を上げた。かなりの気迫に満ちている!
その遙か下――
一部始終を聞いていたラヴェンナは、ひとりで冷や汗をかいていた。
(こ、このままだとマズいわ!)
(でも、今は前よりも魔力が弱ってる。まともに戦って勝てるか……)
どうしたものか。必死に頭を回す黒魔女の視界に緑スライムの姿が映る。
「……」
そして、しばらく考え込んだ後――これしかない、と杖を握り直した。
◆ ◆ ◆
侵入者と直接戦うには心許ないマナ量だったが、幸いなことに洞窟を掘り進むことに関しては、限度こそあれ困ることは無かった。
マナ分の多く含まれているところを掘ればそこから魔物が生み出され、あとは勝手に動き回ってラヴェンナの知らないところで自由に繁殖していく。面倒くさがり屋な彼女にはピッタリだ。
そして、スライムたちが右往左往したことによってマナが偏った土を掘れば、そこから、今度は白いクモのような生き物が現れる。それはラヴェンナの作ったダンジョンを動き回ると、近くにいたスライムをモグモグ食べては巣作りを始めたのだった。
(なるほど、沢山のマナがあるところを掘れば、より上級の魔物が出るのね)
(それで、自分より下級の魔物を食べて、繁殖すると……)
勝手は分かった。すると頭上がまた騒がしくなる。
どうやら一人目がやって来るらしい。ラヴェンナは穴の奥に身を潜める……
WAVE1 はじめてのぼうけん
しんまいゆうしゃ アレン「魔女なんかに まけない!」
意気揚々とやってきたのは少年勇者だ。ダンジョンの穴へ飛び込んだ彼は直線の先に黒魔女の姿を見つけると、そのまままっすぐ向かおうとしてくる!
しかしその両脇にあった穴から緑スライムが現れ、小さな勇者の行く道を阻んできた。そこへクモたちも現れ、多勢に無勢。かわいそうな勇者は糸でグルグル巻きにされ、ダンジョンの奥深くで黒魔女に捕まえられてしまうのだった……
「ふふん、他愛も無いわね。もしかしてわざと負けに来たのかしら?」
「ううっ……」
「よーし、この調子で、生意気な連中をボコボコにしてやるわよ……!」
次の侵入者が来るまで少しだけ時間が空いた。
ラヴェンナは早速、魔物たちの確認とダンジョンの拡張に勤しみ始める。
程なくして……地上から新たな客人が現れた。
WAVE2 たとえ ひのなか みずのなか
ぼうけんしゃ ライラ「おたから ゲットだぜ!」
しろまどうし アイリス「ほしょうは ありませんが……」
今度はなんと二人でやってきた!
ラヴェンナはダンジョンの深いところで待機しながら、あちこちで右往左往している魔物たちの奮闘をマナの流れから感じ取る。先程よりも数の優勢が取りづらいためか、ちょっとずつこちらへ近付いてきている……
(まいったわ、クモの群れが別の方向に固まってる)
(今の魔力量なら、火炎魔法一発程度ならいける? でも、できれば……)
目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませて戦いの様子を垣間見る。
軽装備のアタッカーが魔物と対面し、後ろからヒーラーが支援を行っているようだ。ラヴェンナは近辺でマナが凝縮されている土を見つけると、遠隔魔法でその一点を掘り抜いてみせる!
土の塊が壊れ、中から半人半牛の獣戦士が現れる。
相変わらず背丈は低く顔つきも可愛らしいが、それでも決して侮れない!
『そんな、背後にミノタウロスが――』
『アイリスー!』
守りの薄い白魔導師はパワー型魔物の攻撃に耐えきれず、すぐにやられて地面に伸びてしまった。後方支援を失った冒険者もすぐに前後から挟み込まれ、なすすべもなく撃沈。ダンジョンの捕虜がまた二人増える結末を迎える。特にライラは口に布を噛まされながら悔しそうに足をバタバタさせていた。
「やったわ! 私って天才かしら……?」
「ウーーーーッ!」
「うう……」
ラヴェンナは縄でグルグル巻きになった侵入者を前に一息。このまま勇者側の勢いが収まってくれれば良かったが……まだまだ挑戦者は絶えない様子。
未だ地上から聞こえてくる騒ぎを聞きながら、黒魔女は改めて覚悟を決める。目を細めながら、こうなったらとことんやってやる、と杖を取った……
それから、ダンジョンマスターとなったラヴェンナは数々の戦術で侵入者たちを捕縛していった。
クモの巣地帯で動きを封じてボコボコにしたり、偶然見つけた宝箱で一撃必殺のトラップ地帯を組んだり、アルラウネを何体も用意して固定砲台を作ったり。地上は徐々に静かになってきて、ようやく黒魔女に安寧の時がやって来る。
……かと思いきや。
捕虜たちはまだ希望を捨てていない様子だ。地上から声が聞こえてくる……
『もう、あなただけとなってしまいましたが……わかりました。ご武運を』
その時、ラヴェンナは何故か全身に悪寒が走った心地を覚えていた。
どれくらい土を掘ったかはもう分からない。強力な魔物を主軸とした生態系は確立させたし、侵入者の体力を削るための仕掛けだって幾つも用意した。
それなのに、強烈な不安と殺気で頬がひりついて仕方ない。
何か――とんでもない奴が来る!
HAMMER TIME さいごの しんぱん
???? カトリナ「こんなちゃばん おわらせてみせる……」
ダンジョンに誰かが入ってきた。ラヴェンナはすぐにマナ探知を行って様子を見るが……その直後、この悪い予感の正体に気付いて目をかっと見開いた!
一人の女剣士が、立ちはだかる全ての魔物とトラップを粉砕しながら恐ろしい勢いで下へ下へと進んできている!
(なっ――)
(な、なんなのよ、彼女は……!)
体力も、戦闘力も、これまでやって来た侵入者とは比べものにならない!
すべてが規格外の存在。ラヴェンナは慌てて遠隔で魔物を呼び出すが、それらも剣の一振りですぐさま倒されてしまう。
(冗談じゃないわ! あんなのが来るって聞いてないわよ!)
(まだ……まだ、できることは……)
ミノタウロス戦法は――ダメ。クモの巣地帯もスキル一つで壊滅。宝箱によるトラップ地帯もそう都合良く作れないし、用意した魔物たちは次々と数を減らしていく一方だ。
必死に考えている間も彼女の迫る音はみるみる近付いてくる。
ラヴェンナは両手で杖を握り直すと、通路の奥を向いて歯を食いしばった。
(くっ……こうなったら!)
そうして遂に「彼女」が現れた。鎧を纏った白髪の女戦士はその翠眼で魔女を捉えると、魔物を蹴散らしながら真っ直ぐに迫る!
しかし、ラヴェンナには最後の一手が残されていた。
両手で杖を振り上げ、身体中に残ったマナを一点に集め――爆発魔法を放つ!
「くたばりなさい、勇者ぁ――!」
腐ってもラヴェンナは大魔女。狙いの定められたそれは確かに侵入者に無視できない大ダメージを与える! 辺り一帯に爆風が入り乱れ、視界が土煙で塞がって静寂が訪れる……
(……)
(……うん?)
煙が晴れた。
そこでは――満身創痍ながらも、未だ膝をつかない修羅が笑っていた。
「なっ――!」
「私の勝ちだ……魔女!」
そこからは一瞬だった。
ラヴェンナの視界がぐるりと回り、地面へ投げつけられたことに気付いたのは両手両足が縄で縛られた後だった。実に手際よくグルグル巻きにされた黒魔女はダンジョンの地面を引きずられながら、一切の抵抗もできずに地上へ引っ張られていく……
「んーっ! んーーーーっ!」
(ちょっと待って! 離して! いやっ! いやぁーっ!)
もちろん、復路を阻もうとする魔物もいないわけではないが、ここまで為す術もなかった相手に今更どうこうできる訳もない。
道中の障害物はあってないようなもので、ラヴェンナはあっという間に地上へ引き上げられてしまった。憎たらしいほどに晴れ渡った空の下、哀れな黒魔女はそのままお城へ引っ張られてしまう……
「アアーッ」
ロープで縛られたまま適当な棒に吊されたラヴェンナは、宙に浮いた姿勢のまま足先をバタバタさせることしかできなくなってしまった。
周りでは先程の女剣士や助けられた捕虜たちが歓喜の声を上げて、バルコニーではセレスティアが扇で口元を隠しながらおーっほっほっほと笑っている。なんということだ、ラヴェンナにはこれからたくさんの屈辱が待っているのだ――
(ああっ、こんな結果に終わってしまうなんて!)
(いったいどこで間違えてしまったのかしら……相手の戦力を読み間違えた? クモの巣に頼りすぎた? それとも、魔物たちへの理解が足りなかった?)
(ううっ、どれにしても、こんな結末はあんまりよぉ! うわーーーん!)
実におめでたいムードの中、ラヴェンナの意識は徐々に遠ざかっていった……
◆ ◆ ◆
……変な夢を見たラヴェンナは、背中がぐっちょりと汗で湿っているのを覚えながら目を覚ましていた。朝の日差しを受けながら、夢の中の出来事を反復して一人反省会を始める。
(……)
(次に同じことがあったら、絶対に容赦しないんだから)
まあ、ぜんぶゆめ、なんですがね。