昼下がり、魔女たちの庭に作られた日よけの下でロクサーヌがガーデンテーブルを拭いていた。そこへ、一仕事を終えてきたラヴェンナとライラの二人が合流する。
「ロクサーヌ、こっちは終わったわ。それで今日はどうするの?」
「二人ともおつかれさまです。ラヴェンナ様はあれを持ってきてもらえれば」
「あれ……?」
「以前、セレスティア様から買ったものがあったでしょう。クレープを焼く為の」
「ああ、あれねぇ」
「なんか良いのがあるのか?」
「もしかしたらね。ちょっと待ってて……」
一旦自宅に戻ったラヴェンナは、棚から例のクレープ焼き器を取って戻ってきた。腕組みをして待っていたライラは、テーブルに置かれたそれを見ると使い方をすぐに把握したようでウンムと期待した様子で唸る。
「おおっ、すごくピッタリなものがあるもんだなぁ!」
「これで良かった?」
「文句なしさ。生地の方はもうできてるのか?」
「はい。既に寝かせて丁度いい頃合いですので、いつでも始められます」
「いいねえ、最高だ! 早速始めちまおう」
「ねえ、いったい何を作るつもりなのよ」
「あれ、まだ喋ってなかったっけか? それはな……」
ライラは腰に両手を当ててから、フンと荒く鼻息を吐いてから自信満々に言った。
「タコスだ!」
「……聞いたことはあるけど、どんなものだったかしら?」
「なんっつうか……アーッ、見た方が早い!」
「それなら始めてしまいましょうか」
「うーん、なんか心配ねぇ」
殆ど勢いのままに昼ご飯作りはスタート。
しかしその為の準備はライラが念入りに済ませてくれていたらしい。ロクサーヌの家で寝かせられていた生地は膨らんで準備万端。ボウルの中に収められていたそれを受け取ったライラは作業台の上で一定の大きさにちぎって分け始める。
「魔女様にはそれぞれ、上に乗せる具材と、生地を焼く作業をお願いしたい。この分だと具材の方も既に進んでいるのか?」
「はい、あといくつか工程が残っていますが」
「なら続きに取りかかってくれ……ほい、いっちょあがり。こいつを頼む」
「焼く担当は私なのね。なぁんか以前もこんなことをさせられたような……」
薄く綺麗な円に伸ばされたものをラヴェンナは受け取る――
ロクサーヌがまた家の中で別作業に勤しむ間、二人はガーデンチェアに腰掛けながらそれぞれの手元に集中した。ライラは分けた生地をめん棒で丸め、ラヴェンナがそれを焼いて色をつけていく……
「とりあえず一枚できたけど、こんな感じで良いの?」
「おっ、良い焼き加減だ。この調子で頼む……しっかし、いいもの持ってるなぁ」
「前にセレスティアが売りつけてきたのよ。それでクレープを焼いてくれって言って聞かなくて、結局彼女のサボりに付き合わされたわ」
「魔女様は甘いのは好きじゃないのか?」
「嫌いってわけじゃないわ。むしろ幾らでもいける……でも都合良く働かされた気がして癪に障るわね。無下にしたらず~っと根に持ってきそうで」
二枚目、三枚目と焼き上がっていく。
すると突然、手元を見ていたライラが何かを思い出した様子で顔を上げる――
「そうだ、思い出した!」
「何?」
「この前、外で肉焼いてただろ! 嵐が来るよりも前に!」
「あぁ……」
「やっぱり!」
ライラは目を瞑ると悔しそうに声を上げた。
「くぅ~~~~! あの時、こっちのテントまで匂いが来てたぞ!」
「テントって、あなたが居るところはそこまで近いところじゃないでしょ」
「だけど分かるんだよ! 限界生活してたから、うまそうな肉の匂いには敏感で」
「はいはい、手が止まってるわよ」
「ひぃぃ……でもあれか、なんか良いことでもあったのか?」
「あの日は、大切なお客さんが来てたから……」
流石にカトリーナの事情については喋れなかったが……ラヴェンナはロクサーヌが戻ってくるまでの間の話題を適当に見繕って投げかけてみる。
「ねえ、これって何の粉を使ったの? 小麦粉とは雰囲気が違うようね……」
「ああ、これはトウモロコシの粉を混ぜてるんだ。本場だと小麦粉は使わないらしいが、こっちだと手軽に作れてな。トウモロコシだけだと捏ねるのがきちぃんだよ」
「へぇ。なんだか触った感じもザラザラしてる」
「トルティーヤって言うんだ。うっすいパンみたいなものだな。これに肉とかの具を挟んで食べるのが最高に美味いのさ……おっと、噂をしたら」
話をしている間に、お隣の魔女小屋からロクサーヌがトレイを持って戻ってくる。
そこにはいくつかの深皿が並んでいた。中には赤、緑色といったディップソースに近いものが満ち、それらを取り分けるためのスプーンも一本ずつ差さっていた。
「来たな! ちょうど生地も焼けたところだ、タコスパーティーを始めるぞ!」
◆ ◆ ◆
ガーデンテーブルの上が整理されて、いよいよ楽しい昼食の時間がやってきた。
まず主役を担うのが大皿に載った何枚ものトルティーヤだ。“うっすいパン”と形容された円いそれは手をいっぱいに広げたのと同じくらいで、ここに好みの具材を乗せていただくことになる。
選択肢となる物は、合わせていくつか用意された皿にじっとたたえられていた。
まずは第二の主役である豚肉だ。ライラの持ってきた特製ソースで煮込まれ続けた肉はホロホロと崩れるほどに柔らかくなり、それをトルティーヤに乗せやすいように細長い線状に仕立てている。その隣には刻まれたタマネギ、
そして、トルティーヤにも肉にも引けを取らない存在感を放っているのが底の深い皿になみなみ注がれたサルサソースだ。
まず目を惹くのは
そして最後、真ん中に鎮座しているのが、アボカドをベースにしたディップソース「ワカモレ」だ。そのドロリとした見た目は、それが他のものとは違いマイルドな味であることを一目で教えてくれる……
「……ということだ、じゃあさっさと食べちまおう!」
「どうやって食べてるの?」
「こうするのさ」
ライラはトルティーヤを一枚手のひらに取り、そこへまず豚肉の細切れを乗せる。続いてタマネギ、コリアンダーの葉を散らしたところへ赤のサルサを垂らす。
そして……ラヴェンナとロクサーヌへ自慢げに目配せをした後に、手づかみのまま一気にかぶりつく! ライラはしばらく無言で笑顔のまま咀嚼すると、やがて大きく仰け反りながらケラケラ笑い始める。
魔女二人はそんな彼女の反応の後、そっと顔を見合わせて――ライラと同じようにタコスを作って、具材がこぼれ落ちないよう両手を使いながら口にした。
「――!」
真っ直ぐに頭の中を貫く、肉とサルサの旨味――
ラヴェンナは雷でも落とされたように身体を硬直させた後、すぐに口の中に広がるこの味を無意識で探ろうとするがそんな時間もない。一気に広がる暴力的な味わいとそれを中和しようとするトルティーヤの生地、それを求めようとするも既に手の中からタコスが消えてしまっていた。
もうなくなっている。
周りを見れば、ライラとロクサーヌが新しいトルティーヤを手に二個目のタコスを作ろうとスプーンを使っていた。
(こ、これは……)
考えるよりも先に手が動く!
かなりの枚数焼いていた記憶があるも、それさえもなくなってしまいそうな勢いで三人は目の前の食事にがっつき続けた! 味の違ったサルサソースを交互に、時にはワカモレも交えながらバクバクと食べてしまう。
言葉もなしに、ただひたすらに食べ続ける……
……しばらく後、ようやく落ち着けた三人はそれぞれ最後のトルティーヤを使って余ったサルサをこそげ取りながら雑談に興じていた。
「とても美味しかったですね……」
「貴女が一番うまいと言うのも納得したわ。ソースの研究をするのも面白そうね」
「そういや、魔女って普段は何をしてるんだ?」
ライラから投げかけられた質問に、二人は視線を空に向けながら考え込む。
「食べて、寝て……最近はちょっと運動もして……」
「起きたらご飯を作って、畑の世話を……」
「違う! その、なんというか、もっと魔女らしいこと!」
「魔女らしい、って言われてもねぇ……街の依頼でポーションを作ってることとか」
「そういうの! そういう話!」
前のめりになるライラに気圧されながらも、なんだか悪い気のしないラヴェンナは色々と記憶を辿りながら話し続けた。
「あと、魔女見習いの子が来たらちょっとした指導もしてるわね」
「ほう……なんだかそれっぽいな。って、あ、ちょっと待って……あの牛は?」
「牛? ああ、あいつは知らないわよ」
「知らないの!?」
集落の遠く、例のウシがのそのそ歩き回りながら、近くに生えている草を気ままに食べ歩いている様子が見えた。きっと、今日はどこかで適当なところを見つけてはゆっくりと休むに違いない。
「あのウシは気が付いたら集落に居た牛よ……誰の所有物ってのはないわ。過ごしやすいところを点々としてるのでしょう」
「はーっ、本当にヤツの待遇が羨ましくなってきたぜ。ウィンデルは良い場所だし」
「たまにハーブを勝手に食べてるから、その度に分からせてやってるんだけど……」
「分かっててやってるんじゃないですか?」
「……そんな気はしてる」
話しているうちに、サルサソースも肉も無くなっていた。最後、僅かに味の残ったトルティーヤを飲み込んで一息つく。
「あっそうだ、もう会ってるか分からないけど、うちの集落には別の生き物も棲みついてるわよ。ネコとか、イヌとか、アヒルとか」
「すげーな! 今度探して観察してみるか!」
「アヒルは川の辺りで見かけたわね。親鳥と一緒に、雛鳥が何匹かいて……」
談笑は続く……