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第40話「ラヴェンナのお弁当作り」

「待って、それって今日だった?」

「はい。今晩、修道院の皆さんと星座鑑賞会があります」

「はああ、いけない……本当にうっかりしてた。頭から飛んでたわよ!」


 なんだかんだで日々が過ぎ去っていく中……いつものガーデンテーブルで昼食の時間を過ごしていたラヴェンナは、すっかり忘れていた「星座鑑賞会」の話を聞かされて顔を覆っていた。

 行きたくなかった訳ではない。むしろちょっと姿を見せてやろうとさえ考えていた。だが、失念していたところで唐突に来られるとやはり驚いてしまう。


「何か、準備って必要だったかしら」

「夜ご飯は各自持参とのことでした。そうでした、その件なんですが」

「どうしたの」

「午後、私は畑に虫除けを仕込まないといけません。ですので、今日持っていく食事をラヴェンナ様に作っていただきたいのです」


 ロクサーヌは小さく溜め息をついた。かなり憂鬱そうだ。


「食材などはこちらで提供します。お願いしても宜しいでしょうか……」

「わかったわ。どんなものがいい?」

「そうですね。野外ですので、食べやすい物が好ましいでしょう」

「うーん」


 唸りながら日よけの天井を仰ぎ、何を作れば良いか頭の中で思い描く。

 今はまだ昼過ぎ。材料を揃えてなんとかする時間は残っているはずだ……



◆ ◆ ◆



「さて……」


 星座鑑賞会に何を持っていくか考えていたラヴェンナは、オーソドックスではあるものの、片手で手軽につまめる料理が良いだろうという結論に至っていた。


 魔女小屋の厨房に立ち、ローブの裾を肘の辺りでまとめながら支度を調える。

 あまり日に焼けていない腕を組みながら思案して……ここは奇をてらわずに、サンドイッチとミートパイを作ることを決めた。小さいサイズにしておけば無理なく食べられるし、他の人から要求されても分けやすい。ついでに茹で卵も用意しておけば少なくとも文句はないだろう。


「カゴは出したわ。あと、材料はあったかしら……」


 厨房で食材を探ってみるが、家には相変わらず必要最低限の物しかなかった。パンとベーコン、鯨肉の煮付けの缶詰にトマトソースの瓶詰に……今回の料理に使えそうなものは殆ど見当たらない。

 自分の不摂生な生活と、ロクサーヌに頼り切りになっている現状に呆れながら肩を落とし、ボウルを持って隣まで野菜を貰いに向かう。


 まだ高いところにある日の下、白魔女は青々と茂る夏野菜たちの中へ紛れるように腰を屈めて粒状の薬を撒いていた。ラヴェンナは畑の外から声を飛ばす。


「ロクサーヌ!」

「どうかされましたか?」

「レタスとトマトを貰ってもいいかしら? あと、タマネギとニンジン!」

「どうぞ!」


 畝の間に真っ直ぐ伸びた道を歩いて、ラヴェンナは目当ての野菜を必要なだけ収穫しては木のボウルに入れていった。器が夏野菜の鮮やかな色に埋まった後、引き抜いたタマネギとニンジンの葉を反対側の手で握りながら歩き、ひっついた土を井戸水で落としてから家に戻る。

 やることは沢山だ。

 まずは時間の掛かるミートパイ作りから手を付ける。ロクサーヌのように熟練の腕ではないが、初めてするわけでもない……かつての記憶と経験を思い出しながら、ボウルにバターと砂糖、溶き卵、小麦粉と材料を加えて素手で捏ね回す。粉がまんべんなく広がって溶け込むように……


「…………」


 もち、もち、ぺたん、ぺたん。

 最初こそべたついていた生地も力を込めていくにつれて一つの塊へまとまっていき、やがて、丸くてかわいらしい見た目の球体へと変わる。ボウルごと布巾を被せてから涼しい日陰に置き、空いた場所にまな板を引っ張り出す。


 ラヴェンナはなんとなく窓から太陽の角度を見る。

 まだ十分に高い。いたずらに焦る必要は無さそうだ。


(パイ生地を寝かせている間に、中に入れるフィリングを作っておかないと)

(ああでも、先にサンドイッチ用の野菜を準備しないといけないわ。どうせだしまずはあっちを完成させることにしましょ)

(多少順番が前後したところで、問題は無いはず……)


 次はサンドイッチ作りだ。まな板と包丁を用意して、深呼吸を一つ。

 まずはスライスしたパンを真四角に切り、見た目が良くなるよう形を整える。レタスを食べやすい大きさに千切り、トマトも薄めに切ってから別の容器に入れておく。

 パンにバターを塗って、焜炉ストーブの傍にフライパンを置いて温めて……


「…………」


 カチャカチャと調理道具の音だけが魔女小屋に響く。

 ラヴェンナはバターを塗り終えた後、次にベーコンのブロックへ包丁を入れて薄く仕立ててから熱したフライパンへ乗せる。ジュッ、と油の音がすると共に、肉の旨味の混ざった香りが辺りへ立ちこめていく。

 へらで裏返せば良い焦げが入っている。会心の出来だ。つい口の端が上がる。


「よし……」


 用意していたパンに次々と具材を挟み入れ、手早くサンドイッチの形にまとめてギュッと挟み込む。食べやすい大きさに切ってみれば、断面にはトマトの赤とレタスの緑が鮮やかに浮き上がっていた。

 それをいくつか用意した後、ラヴェンナは……小さく切り分けた一つを摘まんで口にする。ベーコンの脂と塩気、レタスのシャキシャキ感と、トマトの濃厚な酸っぱさとコク――


「――いけない、出かける前に食べ過ぎちゃうわね。これは隠して……」


 サンドイッチをランチバッグの中へ詰め、虫が寄りつかないように布をかけてから次の作業へ移る。まだまだ、やらなければいけないことは残っている。


 パイ生地を寝かせている間に、ラヴェンナは平行してフィリング作りに入る。今回はミートパイだから、家にあった挽き肉にタマネギ、ニンジンのみじん切りを合わせて中身の具材に仕立て上げるのだ。

 作り始めてからどれくらい経っただろう? 外が暗くなるまでにはまだ時間が残っているような気がする。黙々と手元の作業に没頭する。


(……)

(くうう、タマネギが染みるじゃないの、このぉ……)


 目をショボショボさせながらも野菜はきわめて細かく切られ、挽き肉と一緒にフライパンの中へ。さっきと同じ要領で菜種油を使いながらしっかり火を通す。そこへ塩胡椒を振った後に棚の奥からソース壺を取り出して、ドロリとした濃色を絡めて味を調え……スプーンで一口すくって口に入れる。


「うん……ざっと、こんなところかしらね」


 フィリングができた後、ボウルの中で寝かせていた生地の様子を確認する。

 先程よりも膨らんで大きくなっていた。窓の外はまだ明るい……ラヴェンナは作業の手を止めると、欠伸を一つしてからロッキングチェアに腰掛けた。



◆ ◆ ◆



 外から差し込む光に赤が差し始めた頃、小説を丁度良いところまで読み終えたラヴェンナは立ち上がって再びボウルを見に行く。するとしっかり綺麗な丸形に膨らんでいるのが分かる……最後の確認として人差し指でつついてみれば、まるで赤ん坊の頬のようにモチモチとした心地よい感触がした。

 しかし夜が近い。

 早速めん棒を取り出し、薄く伸ばしてパイ生地に仕立てていく。


「これなら間に合いそうね……今夜は、いつになく楽しみだわ」


 修道院の行事に参加するのは初めてではないが、それでも、皆で夜空を見上げるあの感覚は何物にも代えがたいものがある。もうすぐやってくるその時を頭で想像しながら、鼻歌交じりに生地を仕上げて一口サイズにカットしていった。


 暖炉の中では今も薪が静かに燃えている。用意したプレートにパイ生地を並べてからフィリングを乗せ、フチに卵黄をのり代わりに塗ってからもう一枚のパイ生地で閉じる。

 最後、包丁で上から何本か切れ込みを入れて……炉に薪を二本くべてから焼き始める。一通りの作業が終わったラヴェンナはようやく一息吐くことができた。


「はああ、長かったわ。あとはうまく焼けてくれることを祈るだけね」


 使った調理道具を洗って元に戻していると、外で畑仕事を終えたロクサーヌが扉を開けて入ってくる。彼女は屋内に広がる薔薇以外の香りに気付くと、鼻先をすんすんと鳴らしてから静かに微笑みを作った。


「ラヴェンナ様、戻りました」

「あらお疲れ」

「そちらの方はどうですか」

「今ちょうどミートパイを焼いているわ。ロクサーヌは?」

「こちらは何とか終えられました。……茹で卵も作られているので?」


 ロクサーヌの視線の先――暖炉の傍では、お湯の入った鍋が温められている。ポコポコと煮え立つ中にはいつの間にか卵が五つ仕込まれていた。


「夏野菜のサンドイッチに、ミートパイに、茹で卵。これくらいじゃない?」

「素晴らしいです! ラヴェンナ様も、普段から料理をされたらどうですか」

「嫌よ! こんな面倒くさいの……そろそろ焼けたかしら」


 暖炉の中では小さなミートパイが幾つも焼き上がりつつある。そのうち一つを取りだし、半分に割ってロクサーヌと試食すると……二人はんふふふと笑いながら視線だけで感想を共有する。


 今晩持っていく「お弁当」は無事に完成した。

 あとは――二人で、待ち合わせのストーンヘイヴン城塞跡地へ向かうだけだ。

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