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第39話「頼れる裁縫職人」

「むむ……」


 某日の昼。ラヴェンナは魔女小屋の中で再び、黒いワンショルダーのビキニを身に纏っては姿見の前で身体を捻っていた。カーテンがしっかり閉められた屋内になんとも悩ましい声がぼんやりと響く。


「うーん、前よりはマシになってる、わよね?」


 腋の辺りの贅肉、お腹のたるみ、そして垂れ下がったお尻……あの日見た惨状から多少は改善されているように見える。もっとも、あれだけのことを頑張ったのだから報われていてほしいという願望も無い訳ではないのだが。

 しかし……身体周りの事情はさておき、ラヴェンナは身に纏っている水着そのものが徐々にくたびれつつあることを感じ取っていた。


(たしか、作ってもらったのは結構前だから、これも仕方ないことかしら)

(でも、折角頑張っているからいい水着を着ていきたいわ。そうね……)


 想像するのは、理想の体型に生まれ変わった自分が、綺麗な水着を纏いながら砂浜にいる人たちの中で最も輝きを放っている姿――思案の後に、こういうのはプロから意見を貰うべきだという結論に辿り着く。

 幸いにも、ラヴェンナにはその道に詳しい知り合いがいた。いつものローブ姿に着替えた彼女は畳んだ水着を袋に包んで抱え持つと、箒でストーンヘイヴンの街に向かって飛んでいく。



◆ ◆ ◆



 蜘蛛女のアリアが店主を務める手芸用品店にやってきたラヴェンナは、建物の奥に位置する作業部屋で例の水着を見せていた。

 部屋は相変わらず薄暗いが、その中でもアリアは表裏へしっかりと目を通してから顎に手を当てて考え込み、いつになく嬉しそうな口調で提案してくる。


「確かに色々なところに劣化があるわ。悪くなっているところを直すことは勿論できるけれど……そうね、同じような水着を新しく作ってみるのはどう? 寧ろそっちの方が早く済むかもしれないわ」

「そう? だったらそれでお願い。多少高く付いても気にしないわ」

「じゃあ採寸が必要ね。ごめんなさい、少し脱いでもらえる?」

「ええ、勿論」


 ラヴェンナは、暗がりの中でローブを脱ぐと、ほとんど何も纏っていない姿となってからアリアの指示に従い始める。アリアは採寸用のヒモを両手で持つと、それを彼女の身体の色々なところへ巻き付けながら別の紙に記録していく。


「ねえ魔女様、失礼かもしれないんだけど……作るサイズはどうする?」

「ギクッ……」

「その、お願いだから怒らないでね? 今の身体に合わせて作るか、オリジナルのサイズを尊重するかなんだけど、どうする? どちらでもできるけれど」

「――ちょっと待って、うーん」


 あまり考えないようにしていたことだが……彼女の身体周りに未だ残っているだらしなさの具現は目の前の問題から視線を逸らすことを許してくれなかった。

 むむむ、と唸りながら考えるラヴェンナ。

 アリアならきっと今の体型にもピッタリ合った水着を仕立ててくれるだろう。だけど、だからと言ってそれをお願いするのは過去の自分に申し訳ない気がしてくる。それに、こうやってちょっとずつでも妥協を積み重ねていけば、いよいよラヴェンナは「おばさん」になってしまうような、そんな確信があった。


 今までの不摂生がもたらしたツケは精算されなければならない。

 きっと、それが困難な道だと分かっていながらも……渋々と口を開く。


「大丈夫よ。私、頑張って、痩せるから……」

「……わかりました、では元の水着と同じサイズで作ります」


 それからアリアは一通りサイズを測り終えた後、作業場に置かれたマネキンに合わせながら具体的な形を仮組みし始める。ラヴェンナはもう一度ローブを身に纏いながら、カトリーナから教えてもらったトレーニングを思い出しながら深く溜め息をついていた。


「魔女様、少々お時間をいただいてもいいかしら。長くは待たせないつもりだから、お店の商品でも見ながら待ってて」

「じゃあ、そうさせてもらうわ。お願いね」

「ええ。任せて」


 作業場を出て、店内へと戻っていく……




「さて……」


 アリアが奥で何かしている間、ラヴェンナは店に並べられていた商品をひとつひとつ見て回ることにした。裁縫に関しては得意という訳ではないが、それでも一応最低限の知識はある……つもり。少なくとも、何が何に使うものであるかは頭に入っている。


 手芸用品店は、セレスティア商工会のバックアップもあってか品揃えは非常に充実している様子だった。針やハサミなどの道具は勿論、色と質感の異なる糸と布地が何種類も並び、それだけで棚が賑やかに映る。

 ラヴェンナは手芸にそこまでのめり込んでいる訳ではなかったが、心は浮き足立ってくる。そしてふと、窓際に並べられた小物が気になって足を運ぶと……


「あら、いいじゃないの。こういうのもアリね」


 外から見える位置に置かれていたのは、フェルト生地で作られたちいさな小物たちだった。パン、ニンジン、丸太……それら一つ一つは、緻密な観察をもとに極めて細部までこだわって作り込まれている。横には例の魔物のぬいぐるみたちが並び、これが人間ではなく彼らの為のものであることを暗に物語っていた。

 中でもラヴェンナの目を惹いたのは「骨付き肉」だ。

 白い骨と大きな獣肉。それだけでも可愛らしい見た目をしていたが、黒魔女の頭の中には魔女小屋でお留守番中の「ミノタウロスくん」の姿が浮かぶ。


「ふむ――」


 棚に置いて一緒に飾ったり、抱っこさせてみたり……良さそうだ!

 なんともキュートな光景を想像して思わず口角が吊り上がってしまう。


「んふふ……」


 一人店の中で妄想を膨らませていると、奥で作業を終えたアリアがカウンターの反対側――分厚いカーテンの向こうにやって来る。カツカツカツカツと多脚の彼女らしい足音がしたからすぐに分かった。

 ラヴェンナは先程の骨付き肉に視線を戻した後、他のいくつかと一緒に選んでカウンター台へ持っていく。商品を手元に出せばアリアはあっと声を上げた。


「お買い上げですか?」

「そのつもりよ。最近はこういうものも作るようになったの?」

「はい、色々と手が回るようになったので。意外と好評のようですよ」

「でしょうね……」

「水着ですが、完成まで、僅かばかりお時間をいただきます」

「構わないわ。それまでに、私も身体を引き締めておくから……」


 イメージするのは、青空の下、パラソルの下で優雅に寝転がる自分の姿。

 少しでもその理想に近付くべく、ラヴェンナの努力はもうしばらく続くのだ。



◆ ◆ ◆



 その日の晩。夕食を手軽に済ませたラヴェンナは魔女小屋の中でスクワットに勤しんでいた。ランプの明かりが作る影が大きく上下に動いている。


「すうぅ……はあぁ……」


 カトリーナに教えてもらった通りのフォームでゆっくりと膝を曲げて、足腰に負荷を掛けていく。最初こそすぐに全身が動かなくなる程にダメージを受けていたものの、面倒くさがりながらも継続し続けた甲斐あって、多少の回数であれば続けられるようになっていた。

 そのまま今度は脇腹、お尻とそれぞれを引き締める為のトレーニングに勤しんで、運動を一通りこなした黒魔女は達成感に包まれながらベッドに倒れ込む。


「すやぁ……」


 ……明かりの消えた中、ラヴェンナが夢の世界へ旅立っている頃。


 彼女の知らないところで……棚の上に座っていたミノタウロスくんが、ちいさな骨付き肉のぬいぐるみへ頬擦りしながらにっこりと幸せそうに微笑んでいた。

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