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第38話「アヒルを見に行こう」

 その日はとてもよく晴れた行楽日和だった。ラヴェンナはいつも通り日よけの下にあるガーデンテーブルで朝食が出されるのを待っていた。その横を、ネコがちょろちょろと走ってはどこかへ去っていく……

 徐々に日差しで温まりつつある気候の中、ロクサーヌがボウルを二人分持って出てきた。器を受け取れば、手のひらにヒンヤリと冷たい心地が伝わってくる。


「ん……今日は冷製スープ?」

「はい。最近は暑い日が続きますので」

「うん、いいわね。今の季節にはピッタリ……」


 トマトを丸ごと使った赤色のスープ。そこに柔らかく煮込まれたナスや挽き肉が浮いて、汁物ではありながらも食べ応えのあるものに仕上げられている。

 一緒に差し出されたバゲットを引き千切り、汁と交互に口へ運んでいると……朝食の時間を過ごしていた二人の元へ「珍しいお客さんたち」がやって来た。


「ラヴェンナ様、あそこに」

「あれは……」


 現れたのは――なんと、アヒルの群れだ!

 真っ白くつるりとした見た目の親鳥は足音をペタペタ鳴らしながら歩き、その後ろでは、まだ黄色い羽毛を纏った雛鳥たちがペタペタペタペタと並んでついて来ていた。

 アヒルたちはクアクアと鳴くと、魔女たちの周りをグルグル回り始める……


「ちょっとちょっと、いったいなんなのよ……」

「珍しいですね、この辺りまでアヒルが来るなんて」


 クアクア! クアクア!

 好き放題に鳴いていたアヒルたちは楽しそうに何周も回った後、まるで何事も無かったかのように元来た道をペタペタ帰り始める。まっしろいお尻がフリフリ揺れるのを雛鳥たちも追いかけていって――ようやく落ち着けたとラヴェンナは食事を再開する。


「はあ。まったく、本当になんだったのよ」

「行っちゃいましたね」

「庭で騒ぐだけ騒いで……うん?」


 ふと……黒魔女の足元で、何かがコツンと当たったような感覚がした。

 気になって下を見ると、座っていたガーデンチェアの下にアヒルの雛鳥が一匹隠れている。それがラヴェンナの足をつんつんとクチバシでつついてちょっかい掛けていたのだった。

 仕方なく立ち上がる。親鳥とはぐれて心細いかと思いきや、雛鳥はラヴェンナの周りをクルクル回って楽しそうに鳴いていた。


「もう、何をしてるのよ。みんなはあっちに行っちゃったわよ」

「うーん……ラヴェンナ様に懐いているみたいですが」

「ええぇ、どうしてそんな」


 ちっこいアヒルは黒魔女の周りをグルグル駆け回っている。それに急かされるようにラヴェンナは朝食を平らげた後、溜め息をついてから川の方角へ向かって歩き始めた。その後ろを、ペタペタとした小さな足音がついていく……



◆ ◆ ◆



 ラヴェンナは、はぐれてしまった雛鳥を返すために仕方なく、ウィンデル集落の中を流れる小川へ向かって歩いていた。以前に川べりでゆっくりしていた時、河川敷のどこかでアヒルのまっしろいお尻を見つけた記憶があったのだ。


 しかし当の雛鳥は能天気に振る舞っている。彼女が歩く後ろに続いていくのも実にマイペースで、それのせいでラヴェンナは何度か立ち止まらなければならなかった。その度に振り返れば、あの憎めない黄色いまんまるが身体をフリフリと揺らしながらクアクア鳴いて近付いてくるのだった。


「さて……」


 目当ての川までやって来たラヴェンナは橋の淵に両腕を乗せ、河川敷を見通すようにして親鳥の姿を探してみる。しかし、じっと目を凝らしてみても例のお尻を見つけることはかなわなかった。

 もう少しちゃんと探さないと再会できないかもしれない……そんな状況でも、この雛鳥は呑気にクチバシを使って自分の羽をクシクシ整えている。


「あのねぇ、もうちょっと危機感持ちなさいよ。あなたの親を探してるのに」

「?」

「はぁ……人慣れし過ぎてるのにも困りものね」


 ウィンデルの人たちは皆がのんびりとしている為、きっと色々なところで甘やかされて大きくなったのだろう。元々アヒル自体、誰かが飼っていたものが脱走して野生化した可能性が高いが……過去のことを考えたところで目の前の雛鳥がどうにかなってくれる訳でもない。


 川の流れを見守りながらこの後の計画を考えていると、遠くから子供の声が聞こえてきてラヴェンナが眉を上げた。

 気になってそちらの方を見れば、修道女のアイリスが小さな子たちを引き連れている。彼らは片手持ちの旗を持った彼女へ続くようにちょろちょろと列を成して歩いていた。


「は~い、皆さん。ウィンデルに着きましたよ」

「アイリス……?」

「まあ、おはようございます、大魔女様。お外に出られていたんですね」

「子供たちまで引き連れて、今日はいったいどうしたのよ」


 橋の上でアイリスと話している間、子供たちはラヴェンナの魔女然とした格好を見て大はしゃぎ。憧れや物珍しさと言った感情が次々に向けられてくる。


「今日は小さい子たちの遠足です。いつもこの辺りでご飯を食べるんです」

「ああ、そう言えばいつかもそうだったような……」

「魔女様は何か用事があったのですか?」

「えっとね……」


 ラヴェンナは“やつ”の姿を探してキョロキョロと辺りを見回した。すると丁度真後ろ、ローブの裾に隠れていたところで、黄色いまんまるはクチバシを使った羽の手入れに勤しんでいた。

 それを見せてあげるとアイリスはあっと口を開いて驚く。後ろに居た子供たちも興奮した様子で、たちまちラヴェンナと雛鳥の前に人だかりが作られた。


「わあっ、鳥さんだ!」

「まだおとなじゃない?」

「ちっちゃくてかわいい!」

「きいろくて、もふもふしてそう……」

「……その子がね、親のアヒルとはぐれちゃったのよ。しかも私に懐いてきて」

「ああ……魔女様って色々な動物に好かれますよね」


 アイリスの言葉にラヴェンナはしかめっ面に変わる。

 色々な思い出が頭の中を掠めていくが、かと言って反論の言葉も出てこない。


「ともかく、家に置いておくわけにはいかないのよ。鳥の世話なんて面倒だし」

「でしたら、私たちも探すのを手伝いましょうか」

「助かるけど……いいの?」

「はい。ちょうど子供たちも遊びたいところでしょうし……」


 アイリスは手招きをして子供を呼び集める。言うことをちゃんと聞く彼らの姿に、ラヴェンナはアヒルの雛鳥たちの姿を重ねていた――


「それじゃあ皆さん、お昼ご飯の前に、アヒルさんを探してみましょうか」

「アヒルさん!? いるの!?」

「さがす!」

「やったー!」

「この子の親鳥を探して、見つけたら、私か魔女様のところに戻ってきて教えてくださいね。魔女様、親鳥さんはどんな鳥ですか?」

「えっと……まっしろくて、丸っこくて、ツルツルしてるわ」

「聞きましたか? まっしろくて、丸っこくて、ツルツルしてる、大人の鳥さんを探してくださいね。でも、触りに行ってビックリさせたり、川の中に入ったりするのはめっですよ? 悪い子は“おしりぺんぺん”ですからね?」

「「「「はーい」」」」


 子供たちは返事をした後、それぞれ散り散りになって川沿いを探し始める。

 普段からアイリスがしっかり言うことを聞かせているのか、言いつけを破って川の中に入る子供は、彼らの年齢の印象に反して誰一人として見えなかった。



◆ ◆ ◆



 子供たちの体力は目を見張るものがあり、アヒルの捜索が始まってしばらくも経たないうちに、探していた子供の一人が「いた!」と声を上げた。

 みんなで集まって様子を見てみれば……確かに、水草の中で「まっしろくて、丸っこくて、ツルツルしてる」何かがお尻を左右にフリフリ揺らしている。


「アヒルさんだ!」

「ほんとうにいた!」

「かわいい!」

「わあっ……!」


 ストーンヘイヴンではあまり見ない野生生物を前に子供たちは大喜びだ。

 ラヴェンナは川の水面近くまで歩いた後に振り返った。ついてきていた雛鳥は水草の中に佇む親鳥を見つけると、クアクアと鳴いてその見慣れた後ろへ続いていこうとする。


 しかし、最後に一度だけラヴェンナへ振り返り……クアッ、と大きく鳴いた。きっと挨拶の代わりだったのだろう。雛鳥は親鳥のそばへ向かい、彼らと一緒に水草の中へ隠れて姿が見えなくなる。

 やがて……水草の中から真っ白いアヒルが現れ、優雅に水面の上を滑るように泳いでいった。その後ろには何匹ものちびっ子たちが続き、彼らは川の真ん中でクルクルと円を描くように泳ぎ始める。


「無事に見つかって良かったですね、魔女様」

「ええ。本当に、手間を掛けさせてくれたわね……」


 朝からずっと一緒だったが……こうなればもう、どの雛鳥が迷子だったのかも分からない。ラヴェンナはちょっとした寂しさを覚えながらも、親子が元気そうに回っている姿を見て穏やかな表情へ変わっていた。


「そう言えばアイリス、昼ご飯はいいの?」

「うふふ、ではこれからお昼にしましょうか。魔女様もどうですか?」

「そうね……ロクサーヌにも声を掛けてみようかしら」

「はい、お待ちしております」


 ラヴェンナはロクサーヌと話をする為にその場を去って橋の上まで戻る。

 ふと振り返ってみれば、川べりでアイリスが小さな子供たちを集めて何かの話を聞かせている一方、水面ではアヒルの親子が集まってグルグル回っていた。

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