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第37話「夏の大一番:畑の草取り」

 日が経つにつれてじりじりと日差しの強くなりつつある昼間。ウィンデル集落に広がるロクサーヌの畑で、ラヴェンナは畝の間に屈みながら黙々と手を動かし続けていた。


 徐々に本格的なものとなりつつある暑気の中、畑の土からはこれでもかと言う程の雑草がわさわさと生い茂っている。

 目に付いたものを摘まんでは抜き、摘まんでは抜き……いつ終わるかも想像もつかない単調作業の後、黒魔女はすっかり疲弊した様子で溜め息をついていた。


「ヒ~ッ、いっつも思うけど、よくこんな規模の畑を一人でできるわね……」


 手元へ置いたザルにはむしられた雑草がこんもりと積まれて山を成していた。そろそろ頃合いと見たラヴェンナはザルの端を両手に持ち、草を一片も落とさないようにと慎重に立ち上がってから元来た道を引き返す。


 よく晴れた高い空の下。

 遠くに立ち上る入道雲を臨める土の道を歩み、堆肥箱に草を放る。


(こんなのを何往復もしていたら、本当に身体が痛んで仕方ないわ)

(カトリーナのおかげで、少しは動けてるのだろうけど)

(……)

(これも痩せる方法の一つだと思って、頑張らなくちゃ……)


 以前に水着を着た時、腋の辺りで贅肉がモリッと溜まっていたことを思い出して溜め息。慌ててカトリーナにトレーニングの指導をしてもらうも、あまりにも厳しい指導だったせいでラヴェンナは半ばトラウマになりかけていた。

 ついでに言えば、セレスティアに「その身体で?」と言われたことも未だ頭の隅に引っかかったままだ。それらを撥ねのけるためには動くしかない。


「さて、もうひと頑張りね……」


 先程草をむしっていた場所まで戻る。作業を終えたところは分かりやすく土肌が露出しており、植えられている野菜たちの姿も心なしか綺麗に映えていた。

 畝の間、さながら畑の馬車道とも言える細道を歩き、再び膝を折って屈む。


 仕方なしに草むしりを再開して、しばらく経ったその時――


「ん?」


 むしろうとした野草の中に、引っ張っても簡単に抜けないものがあった。


 ラヴェンナは怪訝な顔に変わる。最初は野菜の一種と考えたがどうも違う……しっかりとした葉っぱと茎は千切れる気配は無く、根っこも深くまで伸びて地面に食い込んで離れようとしない。

 見た目はパースニップのような根っこの大きい植物だが、これは一体?


「ふんんっ、ふんんぬぬぬ……」


 片手ではどうにもならなかったので、上へ跨るように大股になってから両手で茎を掴んで引っ張る。足腰に力を込めて真上へ引っ張り……引っ張りはするが、うんともすんとも言ってくれなかった。

 どうにも様子がおかしい。

 ラヴェンナは首を捻りながら、眉間に皺を寄せてじっと考え込む。ロクサーヌなら何か教えてくれるのだろうが、彼女はいま畑の反対側で作業しているから、わざわざ呼び寄せるのも憚られていた。


「ふんーっ! ふんぬぬぬぬ、ふんーーーー!!!」


 出せるだけの力を振り絞って引き抜こうと試みる! 以前よりも力を込められる身体で必死に頑張っていたら……ようやく、諦めてくれたかのようにズルリと根っこが抜ける。

 さて、ここまで苦戦させてきたヤツはどんなものだろうか。自慢げな顔になったラヴェンナが地面に隠れていた部分を見た時……げっ、と顔色が青くなった。


「ヤア! おっと、これは魔女様じゃないですか!」

「あ……」


 なかなか抜けなかった草の根っこはまるで人形のような形をしていた。

 人の顔のようなものも刻まれており、なんとそれが動いて喋りかけてくる!


「改めまして、マンドラゴラです。抜いて下さってありがとうございます」

「えっと……ねえ、ちょっと待って? 待ってくれる?」

「エーッ、本日はお日柄も良く、絶好の仕事日和。魔女様との再会に際して長々と語っても良いのですが、あまり長くなっても仕方ないので、それでは……」

「待って――」


 急いで耳を塞ごうとしたラヴェンナだが、マンドラゴラの茎がなぜか絡みついて離れようとしない! そうこうしている間に奴は喉を鳴らし、コンディションを整えた後に大きく息を吸って……


 ビ ャ ア ア ア ア ア ア ア

 畑中に聞こえる音量で、頭にキィィンと響くような叫び声を上げた! それを至近距離で食らったラヴェンナは目をグルグル回した後に尻餅をつき、前後不覚といった様子でフラフラしてしまったのだった。


「うっ……アァ……」

「ハイ、ありがとうございました。心置きなく叫べて大満足です。マンドラゴラは瞬間瞬間を生きる植物。もう少しお話をしたいところですが、残念ながらもうおしまいなので、いつもの言葉で締めさせていただきます。……また来世!」


 その言葉を最後に、マンドラゴラは安らかな笑顔のまま物言わなくなった。

 一方のラヴェンナは未だハッキリとした意識が戻ってこない。遠くから叫びを聞きつけたロクサーヌがやってきて、彼女を急いで後ろから抱え込んだ。


「あああっ、忘れていました。マンドラゴラがいるので、後でしっかり準備してからやろうと思ってたんですが……」

「アワワワワワ……」

「ラヴェンナ様、お気を確かに! 中で少し休みましょう!」



◆ ◆ ◆



 グラスに入っていた氷がカチャリと溶け、なんとも涼しげな音を立てた。


 ロクサーヌの家に運ばれたラヴェンナは、ロッキングチェアに深々と腰掛けたままの姿勢でしばらく揺られ、幾許いくばくかの休息経た後にようやくちゃんとした言葉を話せるようになっていた。

 大変な目に遭った黒魔女の向かいでは、白魔女も座ったまま揺られている。


「ううあぁ……完全に油断してたわ……」

「もう大丈夫ですか?」

「まだ頭は痛むけど、大分マシにはなってきたかも。このコップは?」

「レモネードを入れました。外作業もありましたので、水分を取ってください」

「助かるわ。じゃあいただくわね」


 んく、んくっ、と喉を鳴らしながらレモネードの身体へ流し込むラヴェンナ。コップ半分を一息に飲んだ後、心からリラックスした様子で溜め息を吐いてから椅子の背もたれに寄りかかって目を閉じた。


 外は夏らしい気候だが、“氷撃の魔女”の家は涼しくて過ごしやすい。黒魔女にとってはいつまでも入り浸っていたい環境だが、薄目を開けて窓を見れば集落に居着いている自由猫たちが陽の光の下でゴロゴロ転がっていた。

 事件こそあったが……ウィンデル集落ではありふれた夏の一日である。

 ロクサーヌもレモネードを一口飲んだ後、ラヴェンナと同じように目を閉じてから揺れ椅子の動きに身体を任せる。


「ラヴェンナ様、今日は手伝ってくれてありがとうございました」

「ん……? いいわよ、そんな改まらなくても」

「ふふっ、でも、本当に助かったんですよ」

「あのね、これは、私の為でもあるんだから……」


 ラヴェンナは満更でもなさそうに微笑むと背もたれに寄りかかったまま徐々に口数を減らしていって、やがて、小さな寝息を立てるようになった。ロクサーヌは邪魔しないように口を閉じ、ウィンデルの穏やかな午後を静かに堪能する。

 遠くから蝉の鳴き声が聞こえる……それに負けず劣らずのいびきが鳴り始めると、ロクサーヌは仕方なさそうに頬を緩めた。



◆ ◆ ◆



 ほんの短い寝落ちの時間だったが、ラヴェンナは鮮明な夢の中にいた。

 青々とした空の下、黒魔女は手に握り拳を象ったグローブのようなものを嵌め込みながら構えの姿勢を取っている。彼女の向かいでは、アルラウネのリリィが木の盾を二枚構えたまま真剣な表情で鎮座していた。


 ご丁寧に、盾の表面には赤い塗料で円形の「的」の模様が描かれている。

 彼女たちの横では、これまたアルラウネのグロリアが様々な種類の楽器を一度に構えながらニコニコと満面の笑みを浮かべていた。


『魔女様! リリィ! 始めるわよ! ……ミュージック・スタート!』


 グロリアは何かの開始を宣言すると、手持ちの楽器を一度に奏でながらノリの良い音楽を奏で始める。そして、リズムに合わせて身体を揺らしながらリリィが掛け声を上げ始めた。


『ラヴェンナ、まずは基本のパンチからよ! ジャブ、ジャブ、ストレート!』

『ワン、ツー、スリー!』

『リズムに乗るのよ! 身体を前後に、足と腰も使って!』


 果たして、ラヴェンナは夢の中でも奇妙なトレーニングに耽っていた。

 グロリアの腰元には棒が二本くくりつけられ、それが上に伸びていった先には「目指せスッキリボディ!」と書かれた細長い幕がはためいている。ラヴェンナはリズムに身を任せながら、二匹の「草」を相手に奮闘し続けたのだった。


『まだまだいくわよ、いち、に、さん!』

『ひぃ、ひぃ、ふぅ! ひぃ、ひぃ、ふぅっ……!』


 ……しかし、夢の中でもバテ気味なようである。

 汗を流し、苦悶の表情を浮かべる魔女は、それでも必死に食らい続けていた。

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