街に来ていたラヴェンナは、折角だからとストーンヘイヴンの大通りを散策していた。まだ日も高い往来は沢山の人が行き来しており、黒魔女は周りから視線を集めながらも面白いものを探して練り歩く。
すると……
とある店の前で、編みカゴを提げたアレンが、窓からじいっと中を覗き込んでいる。カゴにはリンゴやらオレンジやらといったフルーツが詰まっていた。
「あら、何をしているの?」
「わああっ!?」
「他のお店で果物でも買っていたのかしら。……修道院のおつかい?」
「え、えっと……」
少年は、声を掛けられた一瞬、何か後ろめたいことでも咎められたような慌てぶりだったが、相手がラヴェンナだと分かるとホッとした様子で説明を始めた。
「えっと、アイリスさんからお買い物を頼まれてたんですが……」
「この店が気になるの?」
「……うん」
「?」
ラヴェンナも同じように窓から様子を窺ってみる――
店内にはいくつものテーブルが並んでいて、向かい合うように座っていた二人がカードゲームを楽しんでいる……それには見覚えもあった。以前セレスティアが紹介してきた「バロットウィズ」だ!
一方のアレンは、店の窓辺に立ったまま何を言う訳でもなく、しかしその場を立ち去る訳でもなく、ラヴェンナにどこか期待するような視線をチラチラ向けていた。それが何を意味しているかはあまりにも分かりやすい……
「あのねぇ、アレン」
「ラヴェンナさん……」
「はあ。いいわよ、中を案内してちょうだい」
「やった! 任せて任せて」
ラヴェンナからの「お願い」を聞いたアレンはすぐに目を輝かせると、先程の迷っていた態度が嘘だったかのように店の扉を開ける。黒魔女は、後でアイリスに怒られても文句は言えないなどと考えながら、首を捻って彼の背中に続いた。
◆ ◆ ◆
バロットウィズは、春からセレスティア商工会が売り出したカードゲームだ。プレイヤーは魔法使いとなって、様々なモンスターと魔法を駆使することで対戦相手を追い詰めることが目的となる。
これはストーンヘイヴンでは発売直後から話題となり、刺激的な遊びに飢えている子供から一部のマニアックな大人まで幅広い層に受け入れられた。ここまでの人気にも押され、「バロットウィズ」はセレスティア商工会のバックアップを受けながらも専門店を構えるまでのコンテンツに発展したのだった。
「凄く賑わってるわね……」
「ほら、あっちの方で新しいカードを売ってて……」
店の中は大まかにいくつかの区画に分かれている。
まずはカウンターの傍の棚だ。ここには以前ラヴェンナが買っていた入門用の構築済みデッキが並び、初めてゲームをプレイする人たちにも分かりやすく示されている。近くにはデッキ拡張用のパックも販売されており、時折、子供たちがお小遣いを握りしめてはそれらを買いに行く姿が見られた。
「こっちはカードを一枚だけで売ってるよ」
「うわ、凄い値段がついてる。これに銀貨何枚も払う人がいるの?」
「うーん、多分キラキラ違いだから、コレクション用かな……?」
店の真ん中に位置するガラスケースには美麗なカードたちが一枚ずつ並んで、それぞれになかなかの金額が設定されている。イラスト違いだったり、キラキラの加工がされているなどの違いでコレクション性を高めているようだ。
ラヴェンナはしばらく悩んだ後……折角だからと拡張パックの棚の前に立つ。
「折角だし、何かパックを買っていこうかしら」
「わ! どれにするの?」
「えーっと……」
綺麗なヴァンパイアの女性が描かれているものを二つ選び、カウンターに持っていってお会計。ショップ内のテーブルで向かい合うように座って、早速中身を開けて確認してみる。
まずは一つ目……複数枚収録されているカードには光り物こそ見つからなかったが、そのうちの一枚を見たアレンがおぉっと身を乗り出しながら反応した。
「キラキラしたカードは無かったわね」
「ラヴェンナさん、このカード、結構良いやつかも」
「それ? えーっと……」
アレンが指し示したのは“侵食する暗闇”というカード。一見すると地味に見えるものだったが、書いてある内容を読んだラヴェンナは眉を上げる。
「山札の上から三枚を見て、闇のカードを一枚手札に加える……へぇ」
「ラヴェンナさんのヴァンパイアデッキに入るよ!」
「確かに。キラキラしてるだけが全てじゃないのね」
この日はカードなんて持ってきている訳がない。そもそもこのような店があることさえも知らなかったのだ。家に置いてきたデッキを思い出しながら、あれに入れたらどんな動きができるか頭の中で試運転でもしてみる。
ずっと前にセレスティアに敗北を喫して以来、もしかしたら再戦の機会があるかもしれぬと準備だけはしているのだ。その時がいつになるかは分からないが。
「そう言えば、アレンって自分のカードは持ってないの?」
「ないんです。修道院にあるのは、みんなで遊ぶためのものだから」
「ふうん……じゃあ、今度からお仕事を頑張ったらご褒美をあげようかしら」
「えっ、いいの? それってつまり……」
今日一番の笑顔を浮かべるアレン。それにラヴェンナも思わず釣られて素直に微笑んでいたが――何かに気付いた彼女はその表情をカチンと凍り付かせた。
アレンの肩に、滑らかな女性の手が優しく乗せられている。
動きをピタリと止めていた彼の真後ろには、笑顔を浮かべる修道女が……
「まあ、アレン君……こんなところで何をしているんですか?」
「ヒィッ……!」
背後に立っていた女性――アイリスはにっこり微笑んだまま身を屈め、カードショップの椅子に座っている少年の耳元に口を寄せてから囁きかける。声を荒げることはせず、淡々と、一手ずつ追い詰めていくように。
「なんだか帰りが遅いなぁと思って、お店まで行ってもいないから、もしかしてと思って……まさかアレン君がそういう悪いことはしないだろうなぁと思ったけど、もしかしてと思ってお店の中に入ってみたら……うふふ、これはいったい、どういうことなんですか?」
「アワ、アワワ、アワワワワワ」
「あー、えっと、アイリス……ごめんなさい。原因は私だから、あまり彼を」
「寄り道しないで帰る約束でしたよね、アレン君? ほら、小さい子供たちが、アレン君がおやつの果物を買って帰ってくるのを待ってますよ?」
ラヴェンナはフォローしようとしたが……ダメだ!
とてもではないが、今のお叱りモードのアイリスからは庇いきれない!
「アアッ、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「そんなこと言ってもめっ、です。さあ、一緒に帰りましょうね。そして、後で私の部屋に一人で来てください」
「ま、まさか……」
「約束を破る子には……おしりぺんぺん、しないといけませんね。フフフ……」
「ひぃぃぃぃ! た、たすけて、ラヴェンナさっ、あぁぁぁぁぁ」
哀れ、アレン少年は後ろからアイリスに引っ張られる形で離脱。
余程のことでもあったのか、目の端に涙を浮かべながら助けを求める姿は彼がまだまだ子供であることの証明にも見える。ラヴェンナは、多少の罪悪感に胸を炒めた後に手元に視線を落とした。
小さな案内人はいなくなったが、未開封のパックが一つ残っている。
せっかくなのでそれも開けてみると……
「……うん?」
◆ ◆ ◆
ウィンデルの家に戻ってきたラヴェンナはまず、棚の上に新しく小さな額縁をそっと立てかけた。中にはきらきらと輝く“ヴァンパイア・クイーン”の絵違い版が収められ、黒魔女の大事なコレクションの一つとして飾られることになった。
「さて……」
残っていた用事を済ませたラヴェンナは早速テーブルに着き、街で手に入れたカードと既存のデッキを一緒に広げてみる。それから、新しく使えそうなものを手に取ってはじっと目を凝らし、書いてある文言とにらめっこしながらアレでもないコレでもないとカードを抜き差ししていたのだった。
(次にセレスティアとやることになったら、絶対に勝つんだから)
(でも、ちょっと試しながら調整したいわね。デッキをもう一つ用意して――)
魔女小屋の中に、紙の擦れる音だけが響いていく……