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第35話「ストーンヘイヴンの夏、アルラウネの夏」

 日差しの強さがジリジリとしたものへ変わり、いよいよ本格的に「夏」と呼ぶに相応しい気候となった。

 朝、ラヴェンナが日陰のガーデンテーブルで鮮やかな色のサラダをムシャムシャと口にしていると、向かいに居たロクサーヌがはぁ、と短く溜め息をついた。


「ラヴェンナ様、少しおつかいを頼んでもいいですか?」

「いいけど、どうしたのよ」

「畑に虫が出てきまして。そろそろ備えの薬が切れそうなのです」

「分かったわ、じゃあ食べたらすぐに行ってこようかしら」

「お願いします……」


 白魔女は、テーブルに頬杖を突いたまま目を閉じて風に吹かれていた。

 畑仕事はロクサーヌが好きでやっていたことだが、地道な草取りや虫対策に追われるこの時期はやはり疲労が無視できない様子。せめて彼女の手助けになればと、ご飯を食べたラヴェンナは荷物をすぐに用意して箒で飛び立つ。



◆ ◆ ◆



 ストーンヘイヴンの街に降り立った黒魔女は早速いつもの種苗店へと向かう。何の気なしにドアノブへ手を掛けようとした時、ラヴェンナの耳に聞き慣れない楽器の音が聞こえてきた。


 ズンチャ、ッチャ、ズンチャ、ッチャ。

 そこにポコポコと軽い打音も混ざっている。いかにも夏らしい曲調だが……


「……?」


 そっと様子を確かめるようにドアを静かに開ける。中を覗き込むと、店の中でアルラウネのグロリアがギターを構えてご機嫌なメロディーを奏でていた。

 他に伸びたツタは小さなタンボリンを持ってポコポコ叩いていたり、マラカスをシャカシャカ振ったりしていて……すっかりやりたい放題の彼女の正面では、魔物学者のライラが目を輝かせながらその雄姿をスケッチしている。


「あ、魔女様! いらっしゃ~い!」

「おお、魔女様じゃないか! 久しぶりだな!」

「……なんなのよこれ?」


 呆気にとられたラヴェンナが事情を聞こうとするも、グロリアは内から込み上げるエネルギーを発散するように、身体をユサユサ揺らして音楽を奏で続ける。


「なんなのって、夏だもの! 夏が来たんだもん! なつーーーー!!!」

「いやぁ素晴らしい! ここまで珍しいものが見られるとは思わなかった!」

「はあ……」


 すっかり自分たちの世界に入ってしまった二人をさておき、ラヴェンナはカウンターまで進んでリリィへ声をかける。奥から出てきた彼女も、心なしか機嫌が良さそうにニコニコしていた。


「あらラヴェンナ、今日はどうしたの?」

「ロクサーヌからのおつかいよ。畑の虫に効く薬を出してもらえる?」

「ああ、あれね。今持ってくるわ」


 リリィが裏に引っ込んだ後、戻ってくるのを待っていると、ライラがスケッチを完成させる。見せてもらえば……かなりよくできている。グロリアの爛漫さと快活な性格がよく表現され、先程からの宴も躍動感たっぷりに記録されていた。

 今日はライラもかなり調子が良いのだろう。以前の時とは大違いだ。


「まあ、すごいわね……」

「これでも本業なので」

「描いた絵はどうするの?」

「製本担当の奴がいるから、いくらか溜まったらそいつの所に送ってやるんだ。絵と解説はあたしが作って、後の面倒くさいことは全部丸投げってワケ」

「製本……?」

「前に言ったろ、魔物図鑑だよ」


 ライラは描いていたスケッチを今度はグロリアへ見せる。

 すると、彼女は「うまーーーーい!!!」と大喜び。溢れ出る感情をそのまま音楽と踊りで表現し始めた。ズンチャカズンチャカうるさいことこの上ないが、店内のムードが明るくなってきたような気がするから悪くもない。


 そうしているとリリィが戻ってきた。

 カウンター台には虫除けの薬の袋がある。ロクサーヌが言っていたものだ。


「しかし驚いたわ。本当に夏になると元気になるのね」

「でしょ? 姉さんも昔と全然変わってなくて安心したわ」

「わほーい! ずんちゃかずんちゃか……」

「……貴女はどうなのよ、リリィ?」

「私? これでも夏は結構ソワソワしてるのよ……フフ」


 踊りはしていないものの、リリィは静かに微笑みながらラヴェンナへウインクを送る。言葉に表されていないところにアルラウネとしての本能が潜んでいた。


「ところでラヴェンナ……貴女もどう?」

「どうって? えっ、ちょっと、いいわよそんな、マラカス出さなくても」

「魔女様も一緒にーっ! なつーーーー!」

「ええぇぇ」


 助けを求めてライラの方に振り返れば、既に彼女は小さな樽型の打楽器を両手でポコポコと楽しそうに叩いている。リリィもいつの間にかギターを構え、店の中はちょっとした演奏会場に様変わりしてしまっていた。

 ラヴェンナはマラカスを両手に持ったまま、目を細めて天井を仰ぎ見る。

 三対一だ……ちょっとは付き合ってやろうという気持ちで腕を振り始めた。


「やーん! ステキな夏になりそう!」

「うおーっ、こっちもテンション上がってきたー!」

「えーと、うん……」

(ううっ……なんでこんなことになるのよぉ)


 シャカシャカ、シャカシャカ。納得のいっていない表情でマラカスを振り続けるラヴェンナ。しかしご機嫌なリズムとメロディーで徐々に楽しくなってくる。

 たまにはこういう日も悪くはないかもしれない。楽器の勝手も分かってきた。二人と二匹で騒がしくしていると、種苗店のドアがきいと音を立てて開く。


「む……」


 そこに居たのはパトロール中の騎士団長、カトリーナだった。

 きっと店の外まで音が響いていたのだろう。グロリアたちは笑顔で挨拶をしているが、ラヴェンナはちょっとノってきたところを見られて硬直してしまう。


「あ」

「……失礼した」


 周りで「もう帰っちゃうのー?」等の呑気な声が上がる中、ラヴェンナは顔をしかめたまま半分ヤケになった様子でマラカスを振り続ける。先輩魔女としての威厳がちょっとずつ台無しにされていくような、諦めと不条理を胸に……



◆ ◆ ◆



 一通り終わった後……

 店を出たラヴェンナは大きく溜め息をつきながら肩を落としていた。同じタイミングで通りに出ていたライラは、大満足と言った様子でキラキラとしたオーラを放って笑顔になっている。


「いやーっ、いいもん見させてもらった! 魔女様もありがとうな」

「まあ、別にいいわよ。ところで貴女、普段は街で何をしてるのよ」

「人間と共存している魔物の観察、といったところか……噂によればまだいるらしいんだが、魔女様、誰か知らないか?」

「うーん」


 そう言われて悩むラヴェンナ。思いつかないわけではないが……


「いるけど……」

「おおっ!」

「でも彼女はちょっと難しいのよ。とても怖がりで、街の人たちでさえちゃんと会っている人は殆ど居ないわ。本当は心優しいのでしょうけどね」

「なーんだ。まあ、他の街でもそういうのは居たからな」


 アッハッハと口を大きく開けて笑うライラ。

 ラヴェンナは実際に彼女を会わせたシーンを想像してみたが……「彼女」が、終始部屋の隅でうずくまりながら声を震わせている姿が容易にイメージできる。


「さて、それじゃあ私は一稼ぎしてきますか」

「仕事でも見つけたの?」

「いんや、“似顔絵屋”さ」

「はあ」

「魔女様も、二枚目が欲しかったらヨロシク! それじゃあ!」


 ライラはリュックサックを背に意気揚々と大通りへ向かっていった。

 一人残された黒魔女は嵐のような時間を終えて落ち着くと、畑の薬が入った袋を持ったまま息の塊を吐いた。


「……」


 店を振り返れば、グロリアのツタがうにょうにょと激しく動いている様子が外からでも窓を通じて分かる。音楽も若干ではあるが漏れ出ていた。もしかしたら彼女たちの故郷では、これが日常的な景色だったのかもしれない……

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