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第28話「早夏祭④:カトリーナと街歩き」

 早夏祭後半、二日目。ラヴェンナは昨晩追加で作っていたカップケーキを蔵から出すと、ウシにハーブの山を与えた後にその箱をマーケットへ持っていった。屋台の上に物を並べ直していると、セレスティア商工会から送られてきた女性が現れて挨拶をする。今日はこの人が代わりに店番をしてくれるのだった。


「おはようございます、ラヴェンナ様。セレスティア様より話は聞いています」

「なら早いわ。今日は私もロクサーヌもいないからよろしくね」

「はい。お任せください」


 商品の説明と売上金について確認していると、そこへカトリーナが白髪を風に靡かせながら姿を現す。以前家に来た時と同じ軽装姿だ。革と布の服にマントを羽織り、武装も細長いレイピア、ナイフと最低限のものに留まっている。

 一目見ただけでは「騎士団長」とは分かりづらいが、それでも凜々しい顔つきと煌びやかなオーラは唯一無二のもの。ただそれでも二百年以上の時を生きてきたラヴェンナにとってはまだまだ子供らしく見えていた。


「来たぞ。店の方は大丈夫か?」

「ええ、ちょうど色んな話が終わったところよ。早速行きましょうか」

「ああ……」

「じゃ、お店はお願いね」

「はい、承りました」


 とりあえずマーケットの中をぐるりと回る。

 二人で色々な店の品揃えを見ながらこの後の計画について話し合ってみる。


「どこか行きたいところはある?」

「……すまない。あまり、考えてはいなかった」

「去年はどんな風に過ごしてたの?」

「実は、毎年この時期は、騎士団の仕事に専念していてな」


 ラヴェンナは事情を察知するとふんふんと頷く。

 初めて話した時と同じ、とことん真面目な仕事人間だったようだ……


「じゃあ、お客さんの立場になるのは初めて?」

「そうなる」

「良いじゃない、折角なんだから楽しみましょ」

「ああ……今日はよろしく頼む」


 女騎士の顔にはどこか緊張が見られ、そんな姿が魔女の目には妙に可愛げのあるものとして映った。透き通る空の下、早夏祭を楽しむ為のプランを思案する。



◆ ◆ ◆



 中央広場では演奏家によって愉快な音楽が奏でられており、それに合わせて踊り子たちがヒラヒラとした衣装を靡かせながら舞を披露していた。周辺はそれらを目当てに集まった人々で賑わっており、広場に面して展開されていた外食系の出店も売れ行きが良さそうだ。

 そのうちの一つに、妙に周りの注目を集めている姉妹がいた。

 車椅子にくくりつけられた鉢から緑肌の身体を生やした女性型の魔物――アルラウネ二匹がミックスジュースの屋台の前で買い物をしている。わざわざ確認を取るまでもない、街の種苗店で働いているグロリアとリリィだ。


「リリィ、これよこれ! 季節限定のミックスジュース!」

「はいはい、見えてるから。じゃあすいません、このジュースを二つ……」

「ラヴェンナ、彼女たちは……」


 ストーンヘイヴンの街で目立つアルラウネは一部の市民たちにとってはあまり見慣れない存在だったが……早夏祭の賑やかな雰囲気、グロリアの快活な様子もあってか意外と受け入れられている様子。

 カトリーナは初めて見るようだ。ラヴェンナは面白くなりそうだと笑い、手を上げながら姉妹の元へ向かっていった。


「グロリア! リリィ!」

「わあっ、大魔女様! あなたも来てたの?」

「あらラヴェンナ、おはよう。こちらは……団長さん?」

「あ、ああ……よろしく」

「ふふ、ちょっと二人で見て回ってるの。私たちもジュースを貰おうかしら」


 黒魔女が店主と話をしている間、カトリーナはどうしても見慣れない魔物娘の姿が気になって仕方なかったようだ。陽気な性格のグロリアは街の有名人を前に居ても立ってもいられない様子で声を掛けていた。


「初めまして、団長さん! 私はグロリア! こっちが妹の」

「リリィよ。近くの種苗店で植物や肥料を扱っているわ」

「騎士団長のカトリーナだ。よろしく」

「もしかして団長さんって、アルラウネに会うのは初めて?」

「ああ、この辺ではなかなか見ないからな……」

「そうね。私たちの故郷はここよりも~っとあったかいところなのよ~」


 話しているうちに姉妹の注文した飲み物が出来上がったようだった。オレンジを絞って作った新鮮なジュースにアクセントとしてエルダーフラワーのシロップとハーブを加えたそれは、見た目も香りも夏の始まりを告げるに相応しい。

 さっそくストローで吸ったグロリアは……全身のツタをバタバタ動かしながら高まる気持ちを爆発させた。


「うまーい!」

「ごめんなさいね、姉はずっとこんな感じだから……」

「いや、大丈夫だ……」

「カトリーナ、私たちの分も持ってきたわよ」


 少し遅れた形で、ラヴェンナとカトリーナも特製ジュースをいただく。口の中にオレンジの爽やかさがいっぱいに広がった……それでいて酸っぱすぎず甘すぎずの絶妙な塩梅で、鼻から抜ける香りも実に「夏」を感じさせるものだった。


「あら、とても美味しいわね」

「うむ、うまい……」

「よかった!」

「なんで姉さんが喜んでるの……」


 二人と二匹でおいしいジュースを堪能していると、広場の一角で騎士団の兵士たちが子供向けの催し事を行っている様子を見つける。カトリーナが皆の視線に気付くとそれについて解説してくれた。


「気になるか?」

「何をやってるの?」

「ちょっとした騎士体験……だな。私たちが普段使っている鉄剣を、ちょっとだけ持ったり振ったりできる。ああいうところで騎士団の宣伝もしてるわけだ」

「なんだかおもそう……」

「姉さんは持てないでしょうね」

「むきーっ! なんですって!」


 グロリアは煽られるとすぐにその場所へ向かって……渡された鉄剣を持つも、長く持たずに切っ先を地面へ落としてしまった。その後両腕をピクピク震わせても持ち上がることはなく、半泣きのまま戻ってくる。


「おもすぎっ!」

「そんなに重いの?」

「大魔女様もやってみればわかるよ……」

「なら……」


 折角なのでラヴェンナも騎士団のイベントに参加してみる。

 三人に見守られながら係の騎士から鉄剣を貰い、両手でしっかりと握り持つ。


「……む」


 なんとか上げることはできたが、ラヴェンナは長年の経験と勘に従って剣を係の人に返す。グロリアとリリィが「どうだった?」と感想を求めると、黒魔女は苦い表情を浮かべながら小さな声で返事をした。


「腰に来そうだから、私はこれくらいが限界ね……」

「あーっ」「確かに……」


 その横で、カトリーナが顔を背けながら笑いを堪えている。



◆ ◆ ◆



 ラヴェンナとカトリーナはアルラウネ姉妹と別れ、ストーンヘイヴンの旧市街まで足を延ばしていた。

 この場所はかつての「魔王時代」から続く由緒ある街並みで、あちこちにその遺構を見ることができる。崩れかけた城壁や見張り塔などは現在ランドマークとして残っており、表面に刻まれた傷跡が当時の慌ただしさを言葉もなしに後世へ伝えていた。


「ラヴェンナ、あそこで何か食べ物を売っているぞ」

「昼ご飯にしましょうか。この辺りは静かだしゆっくりできそうね」


 屋台に向かえばそこでは栗毛髪マルーンヘアの少女が白い帽子とエプロンを纏って応対していた。何でもここは「ハンバーガー」という料理を扱っているらしい。二人分注文してみれば、早速慣れた手つきで鉄板を使いながらこしらえてくれた。

 周りがよく見えるベンチに並んで座り、穏やかな昼食の時間を過ごす。


「ではいただこう……ん、これは」

「あら……」


 バンズに挟まれたパティからは肉汁が染み出して、それが酸味のあるソースと溶け込んでうまくマッチしている。中に挟まった野菜も新鮮そのもので口の中が味濃くなり過ぎることもない。

 食べている間、カトリーナは無口のままだった。ラヴェンナも邪魔しないようにモグモグ口を動かし続ける。遠くから愉快な音楽が小さく聞こえる。


「……ラヴェンナ」

「なあに?」

「退屈してないか?」

「そんなことないわよ」

「ならいいんだが……」

「こういう時間を過ごすのも、良いものよ」


 寛いでいるとどこからともなく街猫が現れて二人の前を横切っていく。そして旧市街に残る瓦礫の上にピョンと飛び乗ると、そこで脚を折りたたんで座った。

 かつては魔物の侵攻を食い止めていた防壁も、今となっては猫たちの特等席として陽の光を浴びている。どうやら彼らの集会場としても機能しているようで、身体を捻りながら探せばもう三匹見つけることができた。


「この辺、結構猫が多いのね……」

「仕事の時もよく見るな。市民の中には自発的に餌やりしている人もいる」

「騎士団は普段何をしているの?」

「今は……街の便利屋といったところだな。魔物と戦わないわけでもないが、剣を使うことは随分と少なくなった」


 古い壁の上で猫がニャーと鳴き声を上げる。

 欠伸が出てしまいそうになるくらい、平凡でゆっくりとしたひとときだ。


「昔の騎士団は魔物と戦うのが仕事だった。私もそんな昔話を聞いて育った……が、これはあくまで昔話だ。その頃からもう魔物との大きな争いはなかった」

「最近は平和続きだものね」

「ああ。だが……たまに考えてしまう。私は、どうしたらいいんだろうって」

「……前々から思ってたけど、貴女、真面目すぎよ」


 道を行き来していた猫の一匹がラヴェンナの膝の上に乗った。リラックスした様子で眠り始めると、あとは魔女に頭を撫でられるだけとなった。


「はあ、まったく。人様を枕にするなんて良い身分ね。悩みも無さそう」

「ラヴェンナも、悩むことはあるのか」

「あるわよ。昔ほどじゃないけど」

「そうか……」

「そうねぇ、明日何をするかとか、何を食べるかとか……目先のことよ。貴女ももう少し“今”と向き合いなさい。この猫を見習っても良いわ」

「……」


 カトリーナはラヴェンナの太腿に乗っていた猫をじっと見つめる。そして少し考えた後に膝を寄せ、そのまま肩にもたれかかって頭を預けてきた。


「わかった」

「そうじゃないのだけど……まあいいわ」


 遠くから早夏祭の賑やかな音楽が聞こえてくる。

 真横からは、シトラスの香りがふわりと漂ってきていた。

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