ラヴェンナはアレンを連れて大通りへ出た。ここではサンドイッチなどの軽食や首飾りなどの装飾品、動物の形の木彫り人形やアクセサリーの店が展開されている。カラフルな店並みの中を歩いて適当な物を見繕い、手土産を作ってから、二人であの手芸用品店を目指した。
建物のドアは開いていた。相変わらず薄暗い屋内で分厚いカーテンの引かれたカウンターの前に立ち、台に置かれたベルを鳴らしてみる。するとカツカツカツカツと軽い足音が奥から近付いてくるのが分かった。
「ど、どうしました……?」
「私よ。折角だから顔を見せに来たんだけど」
「僕も、います。アリアさん」
「……あなたたちならいいわ。どうぞ、こっちに来て」
承諾を貰った二人はカーテンの向かいへ入り、そのまま店の奥にあるアリアの作業部屋に向かう。そこにはなんと、暗い中でランプを灯して寛ぐ意外な女性の姿もあった。
「あら、ラヴェンナも来たの? アレン君も久しぶり!」
「セレスティア!? なんで貴女がここにいるのよ」
「こ、こんにちは……」
優雅なドレス姿のセレスティアは暗がりでも普段のようにロッキングチェアに腰掛けながら紅茶を手にニコニコと微笑んでいる。おそらく彼女が持ってきたであろうランプで辺りはほんのり明るく照らされ、眩しすぎず、かといって暗すぎない塩梅で視界をもたらしていた。
その横では、細やかな花柄の黒いドレスを纏っていたアリアが物静かに微笑んでいる。蜘蛛の脚は花が咲いたように広がった裾へ隠れていたが、それでも椅子に座ったセレスティアより頭二つ分は高くて大きな印象を受ける。
「二人とも、紅茶を淹れるから待っててね」
「ええっと、会長は……こんな私のために、祭りのことで、色々と融通を利かせてくれたの。今日もわざわざ、ここまで来てくださって……」
「そういうこと……」
「アリア、貴女がいなかったらあんな素敵な子たちは生まれなかったの。商工会会長としてこれぐらいはなんてことないわ」
「うう、本当にありがとう、会長……」
会話の中、慣れた手つきで注がれたセレスティアの紅茶が二人に差し出される。匂いをみれば、芳醇な茶葉の香りが鼻の奥で穏やかに広がって溶けていった。味も申し分ない。温かい大人の味が祭りに浮ついた身体を落ち着かせるようだ。
「わあ、おいしいです」
「でしょ~。ご飯にもお菓子にもピッタリなの」
「……そう言えば、アリアにお土産があったんだわ。はい、どうぞ」
「これは……まあ」
布袋の中にあったのは、早夏祭の華やかな雰囲気を伝えるためにラヴェンナが選んだ屋台料理と小物の数々だった。
まずはラヴェンナが今日のためにこしらえてきた「魔女のカップケーキ」。そして同じ食べ物として、外で見つけたハムタマゴサンドも入れられている。ハムは丁寧な仕事によって花が咲いたように美しいカーブでトッピングされ、食べる前から目で楽しませてくれるようだ。
「素敵なつくりの食べ物ね。同じ具材で作ったサンドイッチはよく見るけど、ここまで小綺麗にあしらわれたものはなかなか無いわ。では……うん、味も素敵」
「そこのパン屋さんは見た目にも拘ってるのよ~。実は私もたまに買ってるの」
「じゃあ間違いないわね。なんだって“あの”セレスティアが認めた味だから」
「うう、そのせいで気軽に外食できないのよー! 私だって一市民なのに!」
アリアが食べている間に、二人も別で買っていた分をモグモグして少し遅めの昼食を摂る。するとセレスティアが物欲しそうな目でラヴェンナを見つめてきて……一度は無視しようとしても、青い瞳がなかなか剥がれてくれなかった。観念して一口分千切って渡すと大喜びで口に放る。
「ん~! 今度また他の人に買いに行かせようかしら」
「節操ないなんだから……」
「んっ……ふう。ラヴェンナ、ありがとう。ちょうど作業の合間でお腹が空いていたから助かったわ。お土産はまだあるみたいだけど……カップケーキ?」
「ええ、それは今日のために作った物なの」
「こっちは……早夏祭の限定ハーブワイン?」
「今時期じゃないと手に入らないものだから。記念に取っておいてもいいわよ」
年中無休の作業部屋に夏の始まりの色が付き始めた頃、最後にアリアは、袋の中から吊り下げて使う装飾を取り出す。蜘蛛の巣の形をした真ん中で、木彫りの可愛らしい小蜘蛛がちょこんとくっついている。
「これは……」
「えっと、それは、僕が選んだもので……魔除けの飾り、です」
「魔除け?」
アレンの説明を聞いたアリアは意外そうに眉を上げる。
「何か悪いものがやって来たらそれが巣に引っかかって、その蜘蛛が食べてくれるって、作った人が言ってた」
「そう……誰かを驚かせたりするための道具ではないのね」
「そうね~。蜘蛛は苦手な人もいるけど、地域によっては守り神として丁重に扱われることもあるの。みんなを悪い何かから守ってくれる夜の番人ね」
「守り神……番人……」
アリアは貰った贈り物を指先にぶら下げてランプの明かりで照らしてみせる。キラキラと輝く光を受けた小蜘蛛の瞳は、まるで命を宿したかのように煌めいて見えたのだった。
それは、怖がりだった彼女にとってはごく微かでも明るい灯火となって、塞ぎ込んでいた現状を打破するきっかけになった……ような気がする。
「ありがとう、みんな。今日はとっても良い日だわ……」
ここに屋外と同じ賑やかさはない。
しかし、この作業場にも早夏祭の風は等しく吹いている。
◆ ◆ ◆
アリアの元を離れたラヴェンナは、アレンをアイリスの元に返してからマーケットへ戻ってきた。すると自分の屋台ではロクサーヌが街の女性たちと談笑に耽っている。商品のカップケーキはこの時間で結構な量が捌けてくれたようだ。
黒魔女に気付いた人々は口々に挨拶をしてくる。突然現れた奇妙な集まりを前にラヴェンナは答えをロクサーヌへ求めた。
「……何か話してたの?」
「畑の話ですよ。祭りが終わったらいよいよ夏ですから」
「暑くなったら沢山草が生えてくるでしょ……」
「水を切らさないようにするのも大変で……」
「ロクサーヌ様は農業の生き字引で、いつも色々聞いているのです」
「おすすめの薬や肥料もよく伺ってて」
「ああ分かった、分かったから、大丈夫よ」
ラヴェンナはうまくあしらいながら店番につく。どうやらロクサーヌの畑相談はかなり好評なようで、普段農業に従事している人たちが次々とやって来ては会話がてらカップケーキを買っていく。
暖かくなった日差しを受けてウトウトまどろんでいると、遠くからアイリスの声がして目が覚める。修道院の子供たちを連れてここまで来たようだ。そして、彼らが二人の魔女が座っている屋台を見つけるのもそう時間がかからなかった。
「わあ、魔女だ!」
「お菓子売ってる!」
「アイリスさん、お菓子!」
「はいはい、落ち着いて。魔女様、この子たちの分はありますか?」
「心配しなくて良いわ。まだ沢山用意してあるから……」
早夏祭の一日目はこうして穏やかに過ぎていった。
特別な日はこれで終わりではない。あと、もう一日だけ続く……