ストーンヘイヴンの祭り、
ラヴェンナは隅の台所で屈みながら棚を覗いて、あれがない、これがない、とぶつくさと独り言を漏らしていた。作業台の上には小麦粉の袋や卵の入った入れ物が並び、彼女はどうやら菓子類を作ろうとしているのだと窺える。
「思ってた以上に無いものねぇ。折角だし一緒に買ってこようかしら……」
裏庭に出てハーブ園の様子を見てみれば、使おうと考えていたものの生えている量がやや心許ない。足りない物を羊皮紙の切れ端にメモして、箒に跨ってから地面を蹴って買い物へ出て行った。
◆ ◆ ◆
目的地は色々とあるが……ラヴェンナはその一つである種苗店を訪れる。
鈴を鳴らしながらドアを開ければ、中にいたアルラウネの店員がニコニコ笑顔で応対してくれる。やけに明るい表情と腰回りについた赤い花弁を見て、彼女が以前ロクサーヌの畑に「生えていた」グロリアであることを思い出した。
「いらっしゃーい! って大魔女様、この間はありがとう!」
「久しぶりね。最近の調子はどう?」
「絶好調よ! リリィと無事に会えたし、肥料もお薬もあってお肌ツルツル!」
エヘン、と胸を張ってみせるグロリア。緑がかった肌は以前よりも確かに発色が良さそうだ。“下半身”はしっかりと鉢植えの中に収まっており、それ自体も車椅子に固定されていることからかなり動きやすそうに見える。
そう言えば妹のリリィもいるはずとラヴェンナが首を伸ばすと、彼女はカウンターの後ろでマメの形をしたクッションを抱きしめながら居眠りしていた。
「んん……」
「リリィ、大魔女様が来てくださったわよ。ほら、起きて起きて」
「んあ、ラヴェンナ……? あら、久しぶりね~」
「そうだ、今日は何を探しに来たの? なんでも聞いてちょうだい!」
「ええと……」
ラヴェンナは羊皮紙の切れ端に書いたメモを二人へ見せる。
「
「えーと、レモンバーベナって確か……リリィ?」
「あっちの棚」
「わかった、今すぐ見てくる!」
グロリアはツタを伸ばすと、店の各所に設置された取っ手を掴みながら車椅子を転がして姿を消した。
奥の方に居たリリィはカウンターまでやってくる。裏手からグロリアがガチャガチャ物音を立てる中、彼女は以前と同じように物ぐさそうな顔で微笑んだ。
「姉さんを手伝ってくれてありがとね。見ての通り、あの人……というかあの草は少しおっちょこちょいなところがあるから。ここまで来られたのは、ある意味一つの奇跡みたいなものかも」
「確かに貴女の方が落ち着いて見えるわね。アルラウネの故郷……と言えばいいのかしら、そこでもそんな感じだったの?」
「ええ。私たちはここよりもうちょっと暖かい場所の生まれなの。見ての通り、あんまり他の場所へ行き来はしないけど……でも、色々な魔物が友達だったわ。姉さん、わざわざこっちまで来なくてもあっちで人気者だったでしょうに」
「それは……」
あなたのことが心配だったのよ、という言葉をラヴェンナは堪えた。その必要など無いくらいにリリィは満足そうに微笑んでいる。
噂されたグロリアが遠くで「ぶへっくしゅ!」とクシャミする声が聞こえた。
「そう言えば、冬は大丈夫そう?」
「何とかしてるわよ。そこに暖炉があるでしょう?」
「あ、本当ね……」
「これからだんだん暖かくなっていって、私たちアルラウネにとっては過ごしやすい季節がやって来るわ。内気な子も明るくなるし、姉さんみたいなのは余計にうるさくなるけど……やっておきたいことがいくつかあって」
ぶへっくしゅ……遠くから鼻をズルズル啜る音がする。
「それで?」
「ええとね、冬でも植物が育てられる環境が作れないか試行錯誤したいの。私たちのお店はずっと暖炉を燃やしっぱなしにできるけど、他の人はそうじゃないでしょう?」
「良いわね、きっとロクサーヌが喜ぶわ」
「多分秋までには完成するから。だから、ラヴェンナも楽しみにしててね」
二人でしばらく世間話でもしていると、裏で在庫の確認を済ませたグロリアが車椅子を転がしてゆっくりと戻ってきた。カウンター台にレモンバーベナの苗と肥料の小袋が並べられる。
「リリィ! 私のことを噂してたでしょ!」
「してないわよ。近所にできた美味しいジュース屋さんの話」
「あーんズルい! 私が居ない間に!」
「アルラウネってそんなにジュースが好きなの?」
「そりゃもう! 私たち、身体の半分が植物だから」
何故か胸を張って誇らしそうにするグロリア。突然の騒がしさにリリィは苦笑していたが、ラヴェンナは店の雰囲気が明るくなったことを再確認していた。
「他の子は凄いんだよ。虫さんをパクっ! ってしちゃう子もいるの」
「まあ……いるでしょうね……」
「リリィ、ハーブの話」
「あにゃ、忘れてた……大魔女様、こちらがレモンバーベナになります!」
鉢には細長い葉がピョコピョコと生えている。そこからはいかにもレモンというような香りがして、中心に白く可愛らしい花がついていた。ハーブティーなどに用いるそれを、ラヴェンナはカップケーキに使おうとしているのだ。
「在庫を見てきたけど、ちょっとギリギリかもしれないってところで……これは提案なんだけど、もし時間があるならお庭に植えてこの肥料を使ってみない?」
「ええ。今日使おうって訳じゃないから良さそうだけど、間に合うかしら」
「ふふん、この魔法肥料はすごいよ! 一回こっきりしか使えない代わり、一日二日で植物がわさっと生えるの。ほんとのほんとに急いでいる時用ね」
「へえ、そういうものがあるの」
そう言ってグロリアは何やらひそひそ話をしたそうに身体を屈めると、口元に手を添えながら悪そうな顔で囁き始める……
「そしてここだけの話――お腹が空いた時も、一粒あれば大満足だよ」
「前に誰かから同じ話を聞いたような……」
「あれ、そう?」
後ろでリリィが咳払いする。
「何はともあれ、一回これでやってみて! 私たちも念のためにレモンバーベナの在庫は用意しておくから」
「まあ、悪いわね。ところで余っちゃったらどうするつもり?」
「それについては心配ないわよ、ラヴェンナ。余ったら余ったで、お茶にするとレモンの風味がついて美味しいの」
「うまくいくことを願ってるわ、大魔女様!」
ラヴェンナは二人に見守られながら種苗店を出る。
グロリアが手をぶんぶん振る背後でリリィも手を小さく上げていた。
◆ ◆ ◆
それから街で必要な物を買いそろえたラヴェンナは、早速ハーブを植える為にウィンデルまで飛んで戻った。片手持ちのシャベルでハーブ園の土を掘り返し、手頃な場所を作ってから買ってきたレモンバーベナを植える。
そしてそこへ、オススメされた超即効性のマナ肥料を注意深く入れていく。
井戸から汲んだ水を上から撒いて……これで良いはずだ。
「こんなものかしらね……うん?」
珍しく土いじりをしていたラヴェンナの元へウシが近付いてくる。レモンの良い香りに誘われたのだろうか。のそのそと歩み寄ってくる奴を前に魔女は血相を変えると、腕を広げてその行く道を身体全体で遮ってみせた。
「ダメよ! これは祭りの準備で使うハーブだから本当にダメ!」
分かっているのか分かっていないのか……
ウシはつぶらな瞳で庭の主を見つめ返す。
「フリじゃないから! お願いよ!」
モーッ。ラヴェンナの言葉を聞いたウシは、まるで納得したように頭を下げてから……たまたま足元近くに生えていたカモミールの花をむしゃり。
「……」
無言でゲンコツを落とすラヴェンナ。まんざらでもなさそうなウシ。
青い空。白い雲。夏が近い。