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第15話「なんか沢山貰った」

 昼前。

 ラヴェンナとロクサーヌは、庭へ積まれた資材の山を前に口を開けていた。


「ああ……」

「今回もいっぱい来ましたね……」


 世界各国から魔法の力で送られてきた箱には各所の特産品を始めとしたお土産の数々が見慣れない言葉と共に詰まっている。

 添えられた手紙にはそれぞれ送り主の名が記されていた。かつて“幻想の大魔女”の元で学んで大陸各所へ巣立っていった教え子たちの名前だ。ラヴェンナにとってはどれも懐かしいもので、彼女らの安否が分かると同時にプレゼントも頂ける有り難い機会ではあったのだが……


「毎度毎度、一人じゃ使い切れない量なのよ」

「向こうに悪気はないのでしょうけれど。でも、こんなに多くの魔女から贈り物が来るなんて、流石の人望じゃないですか」

「ハァァァ……ロクサーヌ、荷ほどきを手伝って頂戴」

「はい、勿論です」


 二人は箱を縛る紐を魔法で解き、ギフトセットの「解体」を始めた。


 こんな贈り物文化がどこ由来かは知らないが、大体の場合、中には生活必需品となる物が詰め込まれている。特に“大人気”のものが油で、植物由来の貴重な搾り汁を樽なり瓶なりに入れてまあまあの数が届いてくるのだ。

 無論、送る側が無遠慮なわけではない。一人から届く量はきわめて現実的な範囲に収まっている。問題なのは、皆の考える内容が同じということだった。


「全部まとめました。菜種油の瓶だけで20箱……」

「こっちも分け終わったわ。今回はハーブパンが多いわね。あとは魚があるわよ。しっかり魔石で冷蔵保存されてるわ」

「では、先に油からどうにかしましょうか」

「面倒だけど……私が一軒一軒回っていくわ。その間にパンとチーズをまとめ直してて頂戴。菓子類も需要がありそうだから持って行ってみるわね……」


 台車を引っ張ってきたラヴェンナは油瓶の大量に詰まった木箱を何箱か載せてみる。力仕事は魔法で楽ができるとは言え、これはなかなかの手間だ!

 積んだ後はそれを引いて、ウィンデル集落に住むさして多くない住人たちの家を順繰りに訪れる。ドアをノックして「もしもし」と呼べば、中から顔のよく知っているご近所さんが現れた。


「おやおや魔女様、今年もそんな時期ですかい」

「魔女様! こんにちは!」

「ええ、こんにちは。いつものように油を分けに来ました。今回は珍しい菓子類を“それはもう”沢山いただいたので、よろしければそちらも……」

「ありがたいねぇ。じゃあ遠慮無く貰っていくよぉ」

「やったー! 魔女様大好き!」


 ラヴェンナはそんな風に各家々を練り歩き、時に自宅で油を積み直しながら幾度となく往復を繰り返す。こんな田舎でも皆で分け合えばまぁなんとかなるもので、太陽がてっぺんを過ぎた辺りへ動いた頃、ラヴェンナは漸く現実的に使い切れる量へ減った油の箱を前にホッと一息吐いていた。

 しかしまだ前半戦が終わったに過ぎない。背中を丸めて息を整えていた黒魔女へ後ろからロクサーヌが声を掛けてきた。


「ぜぇ……ぜぇ……」

「ラヴェンナ様、大丈夫ですか? お辛いようでしたら修道院には私が……」

「これは……私が行かないと、いけないのよ。ごめんなさい」

「では少しお休みになっててください。水も用意しますから、座って――」

「分かったわ、そうさせてもらう……」


 庭のガーデンチェアに腰を下ろしたラヴェンナは、心地よい疲労感に包まれる中殆ど気絶に近い形で意識を失ってしまう。ごく僅かな眠りが示した夢は、かつてのウィンデル集落と懐かしい魔女見習いを映していた。


『大魔女様、大魔女様、言われた通りに薬草を採ってきました!』

『どれどれ……ん? これは何?』

『四つ葉のクローバーです! 見つけると幸せになると聞きました!』

『あなたねぇ。私はいいわよ、幸運なんて……』

『ううん、大魔女様は幸運になるべきです! 絶対そうです!』


 もう、それが何年前、何十年前だったのかもハッキリとは分からない。

 だけど一つだけ……あの時になんと言いかけたのかだけは、鮮明に覚えている。


(……幸運なんてね、私は有り余ってるの)

(可愛い教え子に恵まれた、それだけで十分に幸せ者なんだから)

(彼女は今、どんな暮らしを送っているのかしら……)


 この時期はいつも、過ぎ去った日々のことを思い出してしまうのだ。



◆ ◆ ◆



 一休みをしている間に、ロクサーヌが街行き用の荷物を整理してくれた。

 輸送用に詰め直された箱に入っているのは、魔女の庭園で育ったハーブを用いて作られたパンとチーズ、そしてソーセージ。既に自分たちの分は別に取って保存してあるが、それでもなかなか圧倒されるような量が残されていた。

 ラヴェンナはしっかりと箱に蓋がされていることを確認すると、杖で軽く叩いて魔法を掛けてから自身も箒に乗って飛翔する。沢山の贈り物が詰まったそれは僅かにグラリと傾くもやがて水平に安定した。


「じゃあ、行ってくるわよ」

「どうかお気をつけて」

「ええ」


 今日の荷物はなかなかに重いため、普段より低空飛行でストーンヘイヴンの街に向かう。道中、一台の馬車とすれ違い、門番の兵士に手を振って挨拶をしてから門を潜り抜けた。広場に入ったところで箒から降り、ここからは歩きで向かう。


(この辺を歩く機会もなかなか無いわね。いつも上を飛んでたから)

(修道院は……こっちだったかしら?)


 街の広い道には沢山の人が行き来しているが、その中でも大きな箱を浮かせながら進む魔女は否応なしに目立ってしまう。しかしここに住む人々にとって彼女の姿はよく見慣れたものだった。

 ラヴェンナは何度か路地を間違えながらも目的地のサン・ブライト修道院へ辿り着く。鐘を鳴らせば、茶髪の可愛らしいシスター、アイリスが出てきた。


「魔女様、こんにちは。それは……」

「今回もいっぱい貰ったから分けに来たわ。受け取って頂戴」

「まあ、いつもいつもありがとうございます。では中身を確認いたしますね」


 すると来客の魔女に気付いたのだろう、遊んでいた子供たちも興味津々の様子で近付いてくる。箱の中を覗き込んだ彼らは、あまり見たことのない異国のお菓子を前にキャッキャとはしゃぎ始めた。


「わー、なんかいっぱい入ってる! パンとチーズだ!」

「お菓子もある! これは……クッキー? あ、こっちにはソーセージ!」

「おばさん、昔も色々くれたよね! いつもありがとう!」

「こら! まだ触ってはいけませんよ。今は中身を数えていますからね」

「ぐぬぬ……」


 眉間に皺を寄せながらも子供たちの様子を見ていると、ふと、年長の彼の姿が無いことに気付く。いつもならどこか後ろの方に立っているものだが……


「あら、今日はあの少年は居ないの」

「アレン君のことですか? 彼なら種苗店の手伝いに行っています」

「ん……?」


 ……何故かは知らないが、よくない予感がする。


「念のためだけど、それはどうして?」

「なんでも、お店の方からアレン君直々に指名があったんです。彼はとても真面目なので、もしかしたら評判が口伝いに広がっていったのかもしれません」

「あ……うん、そうかもね……」

「そうだ魔女様、この間、修道院の畑からお芋が取れたんです。お礼と言っては何ですが、少しだけ持っていってください」

「良いわね。じゃあ二人分頂いていくわ」


 それからラヴェンナはアレンのことについては触れないようにした。

 おそらく理由はもっと別のところにあったのだろうけど、それ以上何も言わないと決める。もしかしたらあらぬ風評被害を招いてしまうかもしれない……



◆ ◆ ◆



 夕方になって帰宅すると、ロクサーヌがご飯の支度を進めてくれていた。

 まだ明るい庭でガーデンチェアに座っていると、油が立てる音とその良い香りが漂ってくる。テーブルには貰ったハーブパン、貰ったビール樽、畑野菜のサラダが並んでいたが、その真ん中がメインディッシュを待つように空いていた。


「お待たせしました、ラヴェンナ様」

「わあ、揚げ物?」

「はい。届いた白身魚と頂いたジャガイモで、簡単ではありますが……」

「最高じゃない! 早く一緒に食べましょう?」


 今日の夕食は一日の働きをねぎらうようなラインナップだ。脂っこくなった口に流すビールがこれまた格別で、ラヴェンナはみるみるうちにジョッキを空けては、二杯目、三杯目と酒豪っぷりを見せつけていた。

 食卓に並ぶ料理の一つ一つには教え子魔女からの感謝が込められている。そんな時間を過ごしていれば、二人の話題が昔語りになるのもごく自然だった。


「しかし、今になっても沢山送られてくるんですね」

「手紙を返す時に毎回、そんなに気遣わなくて良いって書いてるんだけど」

「ふふ、それでもまた次に同じことが起こるでしょう。それだけ皆から慕われているのです。ラヴェンナ様も彼女たちが可愛くて仕方ないんじゃないですか」

「あのねぇ、私はお母さんじゃないのよ。こっちなんか気にせず一人の魔女として幸せになってくれればいいの。そりゃ寂しい気持ちはあるけど、お互いもう良い歳した大人なんだし……」


 ビール樽がどんどん軽くなっていく。ラヴェンナの口調がフニャフニャに揺れ始める。そんな折に――遠くから、何羽ものカラスが一斉に羽ばたいてきた。

 空を見れば、夕闇の中にカアカアと鳴く群れと大きな木箱が見える。彼らは庭の広いところに贈り物を着地させると、そのまま元来た道を帰っていった……


「また来ましたよ。中身は何ですか?」

「えーっと、なになに……ワインがたくさん入ってるわね。まったく、私のことを酒豪か何かと勘違いしてるんじゃないかしら。ん、これは……」


 箱を探っていたラヴェンナは、一緒に同封されていた手紙に薄緑色のものが挟まっていることに気付く。

 まだ摘み取られてからさほど経っていない、四つ葉のクローバーだった。


「あの子ったら……ううっ……」

「ラヴェンナ様?」

「ウウッ、私は、弟子に恵まれたのね……こんなに大きく、立派になって」

「……もしかして入っちゃいましたか? どうか落ち着いて、飲むのを止めて」

「アァーッ! みんな、みんな良い子だったわよー! でも最後は私の元から離れていくの! その度に、どれだけ辛い思いをしたか! バカぁーっ!」

「ラヴェンナ様!」

「ロクサーヌ、あなたは私を一人にしないわよね? また一人になってしまったら寂しくて死んでしまうわ! ウアーッ、みんな、みんなぁ……」

「ラヴェンナ様、大丈夫です! お側に居ますから!」


 ……この時期はいつも、過ぎ去った日々のことを思い出してしまうのだ。


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