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第10話「大人の女子会」

 その日の昼過ぎ、荷馬車と共にウィンデルを訪れたセレスティアは、いつになくニコニコとご機嫌な様子で微笑んでいた。


「ラヴェンナ! ロクサーヌ! 二人ともいらっしゃ~い!」

「はぁ……」

「どうしたんですか?」


 経験上、ろくでもないことを考えているに違いない……ラヴェンナが怪訝な顔で出迎えていると、展開した移動販売車の中から円状の平べったい道具を取り出して見せつけてきた。

 真上には“ふち”の付いた丸い鉄板が敷かれ、台の横は何かを入れられる引き出しになっている。にっこりとした笑顔を浮かべるセレスティアの背後には、普段とは違い小麦粉や卵、牛乳、オレンジ、砂糖、バター等の製菓材料が揃い踏みだった。なんならいつもは絶対に持ってこない銘柄の紅茶とかティーカップまで。


「これよこれ、とっておきの物を仕入れたから持ってきたの」

「でしょうね。それって何に使う物なの?」

「ふふん。これがあればなんと……お二方の家でもクレープが焼けるんです!」

「クレープ?」

「クレープ!?」


 未だよく分かって無さそうなラヴェンナだったが、その一方でロクサーヌが食い気味に反応していた。声援を受けた大商人は待ってましたと言わんばかり。


「そうです、あの絶品スイーツの材料となるクレープを手軽に焼けるんです。装置の使用に魔石は要りますが、これは買いですよ! ささっ、今すぐこの場で試してみましょう。善は急げですよ、ね、ラヴェンナ?」

「うーんそうね。じゃあ私とロクサーヌの二人だけで色々試そうかしら。セレスティア、貴女もう帰って良いわよ」

「なぁんでそんな酷いこと言うんですか! ほら、ここに何故か知りませんけど、クレープ作りに使えそうな材料のセットが置いてありますよ? まあ、なんてことでしょう、ちょうど三人分! これは私もお手伝いせざるを得ません……!」

「いいわよ、私とロクサーヌで十分」

「スイーツですし、一人につき半分多く食べれば……」

「あーん、ロクサーヌまで~! ケチ! 冷酷! 薄情者!」


 ぶーぶー抗議したセレスティアだが、それでも彼女は引き下がらない。むしろ、全身から燃え上がるようなオーラを放ってラヴェンナへずいと迫った!


「とにかく、私は今日、クレープを食べるまで絶っっ対に帰りませんからね!」

「ああもう、分かったから離れなさい! はあ、たかがスイーツでこんな」

「た か が !? ラヴェンナ、貴女は本当に魔女なの?」

「そうですよラヴェンナ様。スイーツは女子の嗜み、至高のご馳走です……」

「ちょっと、ロクサーヌはどっちの味方なのよ!」

「私は最初からスイーツの味方です!」


 ロクサーヌにまでも迫られた大魔女。

 こうなってしまったらもう、彼女一人の意思ではどうにもならないのだ……



◆ ◆ ◆



 庭のガーデンテーブルにはクレープ焼き器が置かれており、魔石もセットされて準備万端だった。“たまたま”セレスティアが持ってきていた原料を混ぜ合わせればボウルの中に程よい粘度の素が完成する。

 ロクサーヌが家でオレンジソースの調理に勤しむ間、ラヴェンナはあたかも当然の如くガーデンチェアに腰掛ける女商人に呆れ顔を向けていた。もう既に湯を沸かしてアフタヌーンティーの準備まで始めている! 膝の上には「ミミックくん」のぬいぐるみを載せ、心地よさそうに背もたれへ寄りかかっていた……


「まったく、いつも思うけど、私たちのところでゆっくりする時間はあるの?」

「もちろんよ~。これは私にとって必要なひとときなの。街で私は“会長”だから」

「じゃあ仕事しなさいよ、みんな困ってるんじゃないの」

「うふふ、違うわよ。みんなは仕事ができないんじゃなくて自信が無いだけなの。だから色々聞くのでしょうけれど、でも私だってうら若き乙女。たまにはお友達とこうして女子会を開かないとやっていけないのよ!」

「“女子会”って……よくもまあ、恥ずかしげも無くそんなこと言えるわね……」

「なんとでも言うと良いわ! それよりもクレープ!」

「はいはい……」


 今回作ることになったスイーツはクレープシュゼットだ。薄く焼いた生地を折り重ねてから甘いオレンジソースと絡め、ナイフとフォークを使っていただくもの。生地を焼く係を任されたラヴェンナは早速装置を動かし始め、レードルを使いながらとろりとした素を滴らせる。

 そこから円形にのばしてみれば、魔石のぼんやりとしたエネルギーを受けた鉄板の熱がぽつぽつと焼き色を付けていった。まずは一枚。続けて二枚三枚と生地を作っていると、ソース鍋を持ったロクサーヌも後から合流してくる。


「ラヴェンナ様、どうですか?」

「なんだか楽しくなってきたわ……」

「二人とも、紅茶が入ったわよ。いくつもの輸入先から私が選び抜いたとっておきのファーストフラッシュをもらって!」

「それでは早速頂きますね。……ああ、香りが真っ直ぐ届いてキレがあって」

「ちょっと、私まだコレ焼いてる途中だから……!」


 二人に先を越されながらもラヴェンナはクレープ生地を焼き続ける……

 液を全て使い切った後は、ロクサーヌが先程作ったオレンジソースと絡めることでクレープシュゼットが完成。ほのかに上る柑橘の風味に三人は目を細めた。


「それじゃあ、早速頂くわね。あむっ……」

「んん……」

「んふ……」


 スイーツを口にした彼女たちは思わず頬を緩ませ、幸せのひとときを堪能。

 ぱぁ~っと咲いたお花に囲まれた感覚の中で思い思いに首を振って唸る。


「まあ、とってもお上品な味……」

「生地の焼き具合も素晴らしいですね。ソースとよく絡んでいます」

「あぁぁ、最高のスイーツに最高の紅茶、これ以上無い午後の時間だわ……」


 食べる度に無くなっていくクレープを寂しく思うように、一口一口を小さく切り取ってはいただいては優雅な昼下がりを過ごす。当初はどこか面倒くさがっていたラヴェンナもこれには大満足だった。

 最初の美味しい衝撃が落ち着いた後は、それまで食事に勤しんでいた口が今度は女性同士の世間話を始める。しかし彼女たちともなれば、話題に上がるのは俗世のことではなくごく身の回りの出来事だった。


「ねえねえロクサーヌ、そう言えば今日はとっておきの球根を持ってきてるの……貴女ならしっかり育ててくれると踏んでるんだけど、興味ある?」

「ええ、是非。何の球根ですか?」

「うふふ、それは咲いてからのお楽しみよ。そうだラヴェンナ、これ……」


 セレスティアが差し出したのは、先程までティーカップのコースターになっていたもの……黒魔女宅から咄嗟に持ってきた、鳥の形にあしらわれた飾りだ。


「もしかして、蔵の中に使ってないタンスはない? 少し見せて欲しいの」

「言っておくけど、何も売らないわよ」

「見るだけよ~。本当に信用されてないのねぇ」

「そりゃあ、貴女とは色々あったもの」

「うふふ」

「うふふじゃなくて」


 近くに設置されていたミニテーブルの上では、ミノタウロスくん、ウィスプくん、ミミックくんの三匹が小さな輪を作っていた。平和そのものである。



◆ ◆ ◆



 甘味を交えた“ガールズトーク”も終わった頃、ラヴェンナの所有している蔵の扉が開かれ、そこへセレスティアがウキウキした様子で入っていった。宝探しをする子供のように無邪気な姿へ、この場所の主は何とも言えず苦笑するのみ。

 先程話題に上がった「鳥の形の飾り」を手に捜索していると……何かを見つけた女商人があっと声を上げていた。


「あったわ! これよこれ!」

「何を探してたのよ」

「このタンスよ! 前にアンティークの品評会で似たようなものを見かけたことがあったの。これはとっても凄いものよ! 見て、ここにピッタリ!」


 セレスティアが探していたのは、いつから蔵にあったかも分からぬ木のタンス。その引き出し部分に鳥の飾りがあしらわれていたようだが、何かの拍子で一箇所が取れてしまっていたらしい……ラヴェンナは、その「鳥」の正体も知らないまま、たまの気分転換でコースター代わりに使っていたようだった。


「でも流石ね、状態は悪くないわ。これなら元に戻せば……」

「売らないわよ」

「ええっ、ご自身で使われていないのに!?」

「売らないって言ってるでしょ! もう……」

「なんてかわいそうなタンスなの、こんなに綺麗で良い物だと言うのに、悪い魔女に捕まってしまったがばかりに……!」

「……はいはい、じゃあ修繕は依頼するわ。絶対に売らないけどね!」


 涙目のまま情に訴えかけるセレスティアを前に、ラヴェンナはこれ以上面倒事にしたくないと要求の一部を通すことに決める。蔵の入り口では、二人を待っていたロクサーヌがそんなやり取りを聞いてニコニコと微笑んでいた。




 後日。

 例の「鳥」と一緒に商工会へ送られたタンスだがしっかりとした家具職人の元で修繕されて返ってきた。今までコースターとして使われていたものは六枚分が複製されて付属して、届いた先で「こんなに使わないわよ!」と魔女を困らせたのであった。


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