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第9話「いちたりない」

「うん……?」


 部屋の中を掃いていたラヴェンナは棚の隙間に何かが落ちていることに気付き、目を細くしながらじいっと覗き込んでいた。

 よく見てみれば平たい板状の小物が奥まったところで斜めに挟まっている……持っていた箒の柄を入れようとするも入り口でガツンと弾かれてしまった。大きな溜め息をつきながら、家で「なんでもいいから細い物」を探し始める。


(確か、この辺に……)


 クローゼットはごちゃごちゃと面倒くさい事態になっていた。しばらく着てないドレス、存在を忘れていたソックス、水晶玉に付いてきた小さなクッション、色のくすんだパワーストーン、それらをかき分けて腕を突っ込んだ先でようやく目当てのアイテムを探って引っ張り出す。

 それは、柄の部分にローズクォーツが嵌め込まれたイチイの杖だった。

 手頃な大きさでローブの内ポケットにもしまいやすい。ここ最近出番の無かった杖を持ってさっきの隙間に挑んでみるが――


 あわれ、今度は長さが足りない。


「むう……」


 頑張れば何とかなりそうな距離ではある。膝立ちで這うような姿勢になりながら柄の部分を指先でつまんで操ると、引っかかっていた小物にようやく届く。しかし軽く小突いた時にストンと落下したそれは、床に当たって跳ねてから更に奥へ潜り込んでしまった。

 悪態をついていると、丁度良いタイミングでロクサーヌが入ってきた。黒い布地に浮かせたお尻を振っては一人戦っているラヴェンナを前に首を捻る。


「ラヴェンナ様、どうかされたのですか?」

「なにかが隙間に挟まってるのよね。長くて細い物を持ってない?」

「ええっと……」


 何かを言いたそうにしていたが堪えている。

 しかしそんな彼女に気付く訳も無く齢200超えの黒魔女は腰を揺らし続けた。


「あの」

「なによ」

「魔法、お使いにならないんですか」


 ラヴェンナの動きがピタリと止まった。

 それから顔を上げてロクサーヌを向き、神妙な面持ちのまま見つめ合う。



◆ ◆ ◆



 杖を一振りしたら、先程の苦労が嘘のようにすんなり手元へ引き寄せられた。

 隙間に挟まっていたのはパズルのピースだ。二人の魔女は、描かれている風景のごく一部分だけを見ながらいつかも分からない日の出来事を思い出す。


「懐かしいわね。ずっと前にセレスティアから買ったものだわ」

「あの時はどうなったんでしたっけ」

「途中までは良かったのだけど、最後の一ピースだけを無くしちゃって、そのままバラしちゃったのよね。こんなところにあったの……」

「お手伝いしましょうか?」

「ええ、もちろん」


 一式の入った袋をテーブルに置いて作業スペースも広く取った。完成したものを入れる額縁も実は用意してあるため、あとは本当に手を動かすだけだ。

 ラヴェンナとロクサーヌは向かい合うように椅子へ座り、ピースを一枚ずつ指でつまんでは嵌め込んでいった。


「これって何の絵だったか覚えてる?」

「確か、海の街を描いたものではありませんか?」

「ああ……言われてみればそんな気がしてきたかも」

「見てください、ラヴェンナ様。ここの部分は建物のようですよ」

「あらそうね。じゃあこれは水平線かしら?」


 パチパチと音を立てながら凹凸を合わせ、バラバラだった欠片を繋げて大きな絵を作っていく。制作が進むと白い街並みと海の景色が浮かび上がってきた。

 よく晴れた空、どこまでも続くような藍色に面した綺麗な街。最早地理条件さえも正確に覚えていないが、二人はこの一瞬だけでもウィンデルを遠く離れた場所へ旅している気持ちになれていたのだった。


「海、しばらく行ってないわね」

「ふふ、暑くなった頃に行ってみますか?」

「でもどうする? もう、ビーチでいい男を探そうなんて年じゃないし……」

「それなら代わりに、ハマダイコンでも探しましょう」

「なによそれ」


 パチ、パチと音を立てながらピースが嵌め込まれていく。


「実は、ダイコンによく似た植物が浜辺に生えているんですよ。ちょうど今の時期でしょうか、淡いピンク色をしたかわいい花が咲くんです」

「へえ。で、食べられるの?」

「少し硬いそうですが問題ないと。なにぶん、私もまだ試したことは無くて」

「じゃあそれで決まり……だとしたら、水着も新しくしないといけないかしら」

「そうですね」

「考えるだけでも楽しみねぇ」


 パチ、パチ、パチ。

 今日は日差しがよく届く日だ。まだ夏と呼ぶには早いが、それでも暖かい。


「せっかくですから、何か飲み物を作ってきましょう」

「良いアイデアね。よろしく、ロクサーヌ」

「はい。少々お待ちください……」


 家の中に一人残されたラヴェンナは制作途中のパズルを見る。そこに浮かびつつあった海辺の街を頭に思い描きながら、真夏のバカンスを満喫している自分の姿を想像していた。

 青い空、白い雲、紺碧の海。美しい砂浜に立てられたビーチパラソルの日陰の下で、テーブルに頬杖を突きながら潮風に吹かれる。身体にピッタリと合った水着を纏って優雅な一時を過ごすのだ……


(うん……うん……)


 ……すると家のドアが僅かに開き、黒猫がニャーと鳴いてお邪魔してくる。

 ラヴェンナの妄想世界にもネコがやって来て、勝手に膝の上に乗っては我が物顔でのんびりし始めた。しかしまあ、こういうこともあるだろうと一人と一匹のまま理想の海旅行を堪能し続けていると……


 モ~ッ。


 遠くからウシの鳴き声が聞こえてずっこけそうになった。手のひらから顎を落とした黒魔女は一気に現実世界へ引き戻されて、なんにもない片田舎へ送り返されてしまったのだった。

 恨めしそうに指先をピクピク動かしているとロクサーヌが戻ってくる。

 トレイの上には二人分のグラス。中には輪切りにしたレモンの入ったドリンクが注がれていた。氷で冷やされていてご丁寧に“ストロー”も差さっている。


「レモネードを作ってみました。この間買った果物が残っていたので」

「まあ素敵。そう来なくっちゃ」


 二人は爽やかな味を堪能しながらパズル制作を再開。

 心なしか、先程よりも夏らしい風が吹いているような気がした。




 それから作業は進み、あと少しとなったところで。

 何かに気付いたロクサーヌがあっと声を出す。ラヴェンナも顔を上げる。


「どうしたの?」

「ラヴェンナ様……このパズル、ピースが一枚だけ足りません」

「は?」


 そんなまさかと思ってまずは既知のものを嵌め込んでみる。しかし表れたのは、無慈悲にも一枚だけなくなっているという現実。ピースを入れていた袋をひっくり返しても活路は見出せなかった。


「んーっ、それはちょっと想定外だわ」

「折角ですのでお掃除の時間にしましょう。ここまで来たら私も手伝います」

「えぇぇ、面倒くさい……」

「やりますよ。ほら、立ってください」

「アアーッ」


 残り一箇所だけとなったパズルを完成させるための大掃除が始まった。家の外でネコとイヌとウシが午後の日差しを受けてのんびりしている間、魔女たちは家具を動かしながら大捜索を始める。

 ロクサーヌが化粧台の付近をよく探していると、クローゼットの中身と格闘していたラヴェンナが早速音を上げた。


「やっぱり無理よ! この中にあるかもしれないって言われても!」

「ちょっとずつやれば大丈夫ですよ、ちょっとずつ」

「そう言うロクサーヌはどうなの? そんなところにある?」

「実は私も一度、ソース瓶を化粧台に置いてから探し回った日があったので」

「あっ、昔買った水着が出てきたわ」

「普段からちゃんと整理してください……!」


 阿鼻叫喚。そのまま時間は過ぎていく。

 やがて、日が落ちる頃になってようやく最後のピースを見つけ、完成したパズルをしっかり額に入れて飾ることができた。大仕事を終えたラヴェンナとロクサーヌは一緒にベッドへ倒れ込み、目を瞑りながら身体と頭を労る。


「まさか靴入れの中に紛れてたなんて」

「ラヴェンナ様、何か、思い当たる節は?」

「……記憶に無いわね」


 多分、ワインでベロベロに酔っている時にやらかしたんだろうと思う。


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