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第8話「空前のぬいぐるみブーム到来」

 街で用事を終えたラヴェンナは、自宅のあるウィンデル集落へ帰ろうとした時にふと、最近見た覚えがある人物の後ろ姿を見つけた。煌めく鉄鎧に紺色のマント、真っ直ぐに伸びた美しい白髪――間違いない、騎士団長のカトリーナだ!


(こんなところでどうしたのかしら)

(折角だし、困っているようなら声を掛けてみましょう……)


 なんてことはない。“先輩”として感じた責任と、ちょっとした好奇心に駆られた黒魔女は後ろをつけようと決める。

 追いかけられているのを知る由もない女騎士はそのまま細い道へ入っていった。やがて一軒の店の前に立つと、一度周りをキョロキョロ確認してからガラス越しに展示されている商品を眺め始めた……


 足音を立てないように背後を取る。看板には手芸用品店を示す絵があった。

 二人で重なるようにガラスの中を覗き込むと、そこにはフェルト生地で作られた小さな魔物たちが並んでいる。丁度両手に乗せられるそれらは、可愛くデフォルメされながらも種族としての特性をキッチリ押さえて丁寧にまとまっていた。

 ゴーレム、ヴァンパイア、マーメイド、ゴブリン……視線で追いかけていると、頬を緩ませていたカトリーナが窓ガラスに映る“二人目”の存在に気付き、腰の剣を抜きながら振り返る!


「誰だ!?」

「大丈夫だから落ち着いて。私よ、私」


 刃は不届き者の首――を守る箒の柄スレスレで寸止めされていた。見知っていた魔女の顔に気付いたカトリーナは剣を戻すと、気恥ずかしさを隠すように腕組みをしながら視線を落とす。


「ラヴェンナか。すまなかった、つい癖で」

「いいわよ、悪いのは私だから……」

「いつから居た?」

「本当にさっきよ。別で用事済ませてから帰ろうとしたら貴女の姿を見つけたの。案外かわいい趣味をしてるじゃない」

「……」


 無言を貫いていた彼女だったが、やがてほんのり頬を紅潮させてから呟く。


「頼む。他の人には黙っててくれないか……」

「そんなこと分かってるわよ。で、ここのお店は?」

「見ての通りだ、布や糸などを取り扱っている。だが最近、見回りをしていた時に“これ”が売られ始めているのを発見してしまってな……」

「ふーん、よくできてるのね。ぱっと見たところ、結構特徴を捉えてるし」


 精巧に作られたぬいぐるみを目で追っていたラヴェンナだったが……そのうちの一個を見つけた瞬間、はぁっと大きな息が漏れて頬が緩んでしまった。

 視線の先にあったのは「ミノタウロスくん」と名前がつけられている半人半牛の魔物を模した人形だ。モフモフ柔らかい身体、丸くキラキラした瞳、ハンドメイドの手斧を持った姿はなんともキュートで見た者の心を掴んで離さない。


 運命の出会いとはまさにこのことだろう。

 他に色々な種類が並ぶ中でもそれは、一際眩い光を放って見えたのだ……


「か、かわいぃ……」

「ん? それが好きなのか」

「何よ、別に良いじゃないの。そういう貴女はお気に入りがあるの?」

「んんと……」


 カトリーナは最初言い淀んだものの、後から、棚に並ぶ一つを指さした。

 そこに座っていたのは「ゴブリンくん」。緑肌の細い身体と長い耳、そして手に持っていたこん棒が印象的な魔物だ。それを見つめている女騎士は普段の凜々しい騎士団長とはかけ離れた、かつての少女時代を彷彿とさせるよう。


「わあ……なんか意外かも」

「お、お前だって、人のことを言えないだろう!」

「なんですって!? ミノタウロスくんのむっちりボディはたまらないでしょ!」

「わ、わたしはこの、小柄な身体でがんばっているような姿が……!」

「あぁ、それはちょっと分かる……」


 店舗の前でああでもないこうでもないと言っていた時だった。遠くから「団長!」と呼ぶ声が聞こえたかと思えば、男性の兵士が駆け寄ってくる。


「突然申し訳ありません、いま騎士団への依頼で猫を探して欲しいと話が来ておりまして、団長は何かご存じでないでしょうか?」

「っ……」


 わざわざ確認するまでもない。明らかにカトリーナは動揺していた。

 普段はしっかりした一面だけを見せているだろう部下に対し、ぬいぐるみを売る店の前に立っている姿を見られようものなら何と言い訳したらいいか分からない。先程の「他の人には黙ってて欲しい」発言も聞いていたラヴェンナは……ふと何か思い出した様子で、ちょっとオーバー気味に声を上げてみる。


「ああ、いけないいけない。団長さんを長く付き合わせてごめんなさいね。急いで用事を終わらせてくるわ!」

「あ、ラヴェンナ……」


 手芸用品店へ入っていったラヴェンナは手短に「所用」を済ませるとすぐに店の外へ出てくる。手には紙袋が二つ提げられており、道端で待っていた女騎士へその一つを手渡した。

 まさか、と思ってカトリーナが調べれば、中から現れたのはあの緑色の小人族を象ったぬいぐるみ。先程窓越しに彼女がジーッと見つめていたものだ。


「これは付き合ってくれたお礼よ。幻想の大魔女から、貴女へ贈るプレゼント……いい? 騎士団のみんなでしっかりと可愛がってあげなさい」

「……!」

「せいぜい、魔物相手に腑抜けることがないよう努めなさいよ! じゃあ私は帰るから。次はどの子を送り込んでやろうかしら。フフフフ……!」


 びっくりしていた騎士団長へ贈り物を押しつけた黒魔女は箒に跨ると、そのまま上機嫌に笑いながら飛んで姿を消していった。カトリーナは彼女の居た午後の空をしばらく眺めながら、中身の入った紙袋を両腕で優しく抱き続けていた。



◆ ◆ ◆



 まだ明るい間に戻ってくることができた。ウィンデルに戻ったラヴェンナが頼まれていた物を渡すためにロクサーヌの家を早速訪れると、ドアを開けた先で、彼女は安楽椅子を揺らしながら編み物に専念していた。


「帰ったわよ、ロクサーヌ」

「ら、ラヴェンナ様!? お帰りなさい、早かったですね……」

「ほら、注文してた肥料を持ってきたわよ。今は何してたの?」

「あっ……ああ……」


 珍しく妙に慌てた様子にラヴェンナが視線を動かすと、テーブルの上に見覚えのあるぬいぐるみが置かれていた。あのお店のラインナップにあった、青白い火の玉を模した魔物「ウィスプくん」だ……

 見れば、白魔女の編み物はランプの形を作りかけている。丁度人形がすっぽりと収まりそうなサイズ感に窺えた。ラヴェンナがいない間にこっそり完成させようとしていたらしいが、その主は今、ちょっと恥ずかしそうに俯いていた。


「……なに、ロクサーヌも?」

「“も”って、もしかして、ラヴェンナ様も……」


 紙袋から「ミノタウロスくん」を出して見せると硬くなっていた表情がぱあっと明るくなった。ラヴェンナも椅子に腰掛け、街で見つけてきた子を膝の上に載せて両手で腕を持ち上げてみる。

 ウオーッ、ウオーッ。

 なんともつよそうだ。斧を振りかざしている姿は、とってもパワフル!


「かっ、可愛い……ラヴェンナ様もお迎えされたのですね」

「帰りに街へ寄ったらコレがあって、目が合ったらもう、無視できなかったわ……最近流行っているのかしらね。魔物でもこういうのなら大歓迎だけど」

「私もこの間、街に行った時にウィスプくんを見つけてきたんですよ。今はお家を作っている最中で……」

「ああ、ウィスプだからランプの形の家ってわけね」


 ロクサーヌは作業の手を止めてから、机の上に鎮座していた「ウィスプくん」を両手で持ってフワフワと宙を漂わせてみせる。ラヴェンナは、そんな愛らしい姿を眺めながら“本物”も同じような動きで浮遊していたのを思い出した。

 しかしまあ、ウィンデル集落で隠居生活を始めてからは「魔物」と出会うことも少なくなってしまっていた。こんな平和が続いているのだから、かつて人間の脅威だった生き物も可愛らしいおもちゃになれたのだろう。


「火の玉の生物が居る、という噂は聞いていたのですが、地元では見る機会がなかったんですよ。初めてウィスプくんを見つけた時に、コレだ……って」

「貴女の故郷は氷だらけでしょうからね……」

「ラヴェンナ様は、ミノタウロスくんに何か作ってあげたりするのですか?」

「うーん、今のところは思いつかないわ。でもなかなか面白そうじゃない」

「だったら後で教えますよ。私も色々聞いてきたんです……」


 その後は二人でぬいぐるみを見せ合ったり、軽く動かしてごっこ遊びをしたりで日が暮れるまでを楽しんでいた。魔女たちの家にちょっとした癒やしがもたらされたのである。




 ……夜になって、床に就いたラヴェンナは夢を見た。

 それは、ミノタウロスくんとウィスプくん、ゴブリンくんの三匹が仲良く一つのパーティを組んで大冒険する光景。穏やかな日差しの中、ぬいぐるみサイズのお弁当を片手に見知らぬ土地を並んで歩く、なんとも微笑ましいシーンだった。

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