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第7話「魔女様は街の人気者」

 まだ太陽が東の空に浮かんでいる中……煙突から煙を吐いていた魔女小屋では、ラヴェンナが細い瓶へ最後の薬液を注ぎ終えていた。


「ひい、ふう、みい…………うん、ちゃんと数は揃ってるわね」


 運搬ケースにはコルクでしっかりと蓋されたポーション瓶が何本も並び、揺れて割れないようにピッタリ嵌められている。規定数を満たしているか指さしながら数えた後に紫のカバーを被せて人差し指でトンと叩いた。

 一仕事終えたラヴェンナが肩を回しながら家を出ると、布を被った箱がふわりと浮いて彼女の後ろを勝手についてくる。時を同じくロクサーヌも姿を現した。


「もう行かれるのですか」

「修道院に出してくるわ。あと、ロクサーヌが昨日頼んでた用事って、確か……」

「はい、種苗店で私の名前を伝えてもらえば、分かっていただけるはずです」

「そう。じゃあ帰りに済ませてくるわね」

「お気をつけて!」


 慣れた手つきで箒を引き寄せたラヴェンナはそれに跨ると、つま先で地面を強く蹴って空へ上る。続いて「届け物」も浮き上がり、黒魔女の後を追いかけるように一緒にストーンヘイヴンの方角へ向かっていった。


◆ ◆ ◆


 綺麗に晴れた風景を、魔女とその荷物が真っ直ぐに飛んでいく。

 少し進むと古い城塞都市が見えて、半ば形骸化していた門構えの前に兵士が一人立っていた。ラヴェンナは彼に手を振って挨拶すると石造りの城壁を越えて街の中へ入っていった。


 ストーンヘイヴン。

 かつては魔物と戦う者が集う戦士たちの一大拠点だったが、今はとある女商人の活躍もあって交易都市として発展を遂げていた。当時の名残は街中に張り巡らされた水路と崩れかけた防御壁、そして「騎士団」の名を冠する警察組織くらいだけとなっている。


 魔女ラヴェンナは人と馬車が行き交う道の上を過ぎ、やがて、一軒の修道院の前で高度を下げる。後ろに付かせていた荷物と一緒に地面へふわりと着地したら、庭で遊んでいた小さな子供たちが駆け寄ってワラワラと群がり始めた。


「魔女さまが来た!」

「すごーい、ほんとうに魔女だ!」

「魔女のおばさん!」

「なぁっ!? おばさん、ですって……」


 狼狽えつつも入り口に下がっていた鐘を鳴らすと、中からアイリスがヴェールと茶髪をふわふわはためかせながら駆けつけてきて子供たちをたしなめる。

 ここはサン・ブライト修道院。広く信仰されるエレオラ教の拠点であるものの、今は専ら孤児院・託児所として見られることの多い場所であった。


「あんまり魔女様を困らせてはいけません!」

「えぇー」

「困らせてないもん!」

「ほんとのことじゃん!」

「ぐっ――!?」

「ううっ、魔女様、申し訳ありません……もしかして、後ろの物が?」

「ええ。出る前にも数えたけど、ここでもう一度確認してもらえるかしら」

「はい、ではそのように……ん、アレン君?」


 ラヴェンナが荷物箱を差し出したタイミングで、後からやって来たアレンが子供たちの後ろで何とも気恥ずかしそうに立っていることに気付いた。

 まだ一桁歳だろう他の子供と比べれば、確かに彼は「お兄さん」だ……目が合った時に挨拶の一つでもあるかと思っていたら、アレンはアイリスの元へ駆け寄っていった。どうやら「魔女様」に何と声を掛ければよいか分からない様子。


「あの。手伝う、よ」

「うふふ、それじゃあ一緒に数えましょうか」

「うん……」

(へぇ、こう見たらやっぱり年頃の男の子なのね)


 二人が薬瓶の本数を確認している間、ラヴェンナは未だ帰ろうとしない子供たちからキラキラとした期待の眼差しを受け続けることになる。最初は無視し続けていたが、あまりにも彼らが真っ直ぐな瞳で見つめてくるものだから最後は根負けした様子で肩をすくめた。


「はぁ……分かったわよ。何をしてほしいの」

「魔法! 魔法使ってよ!」

「なんかやって!」

「わかった、わかったから落ち着きなさいっ……」

「やったー! アレン兄ちゃんはいいの?」

「お、おれは今、こっちを手伝ってるから!」


 例の少年と違って“まだ”素直な子供たちは、修道院を訪れた魔女が面白いことをしてくれるのを期待していた。彼らに何を見せようか思案したラヴェンナは、箒を左手に持ったまま右の手のひらを上へ向ける。

 そしてそこから――小さな火の玉を生み出した。ものの数秒で余興にもならない規模だったが、それでも場の空気は大いに盛り上がった。


「わぁすごい! ほんとうに魔法つかえるんだ!」

「もっとやって、もっと!」

「うわっ! ガチのやつじゃん!」

「こんなので良かったの? それじゃあ……」


 それからラヴェンナは子供たちの要望に応え、火で小鳥を作って空に飛ばしてみたり、水を操って人の形にしたり、遠くの木を指先一つで動かしたりしてみせる。その間にもポーションの本数確認も済んだようだ。


「確認が終わりました。数に不足はありません。後でお礼を渡しに行きますね」

「分かったわ。じゃあ……」


 帰ろうとした時、ラヴェンナはアレンが物陰からこっそりと見つめていることに気付くとニッコリ微笑んで、近くへ来るように手招きする。そうして、まだ大人になりきれていない少年の頭を撫で始めた。

 すると、修道院のお兄ちゃんとして振舞っていた顔が一気にぽんと赤くなる。

 それがなんとも面白かったものだから、魔女はついちょっかいを出していた。


「お手伝いできているようで偉いわね、アレン。ところで、アイリスの言うことはちゃんと聞いてるの?」

「き、聞いてますっ」

「あらあら、とっても良い子じゃない。またお仕事しにいらっしゃいね。この間、畑作業でロクサーヌがとても助かったと言ってたから……」

「っ、ありがとう、ございます……」


 みんなの前で褒められることに慣れていないのか、お礼の声は徐々に細くなって消えてしまう。もう少しいじってようかと考えたが、これ以上は「お兄ちゃん」の沽券に関わるだろうと思ってラヴェンナは自制する。

 アレンはすぐに修道院の建物へ逃げ帰っていった。その様子を見ていた子供たちが興味本位で彼を追いかけていく。


「アレン兄ちゃん、待って!」

「おてつだいしてるの? どんな感じ?」

「もしかして、あのおばさんとイイカンジなの!?」


 修道院の前は大人二人だけになる。

 残ったアイリスは心底申し訳なさそうに目を伏せ、苦い顔を浮かべていた。


「すいません、本当に……あとでちゃんと言っておきますね」


◆ ◆ ◆


 何とも言えない気持ちで修道院を後にしたラヴェンナはロクサーヌから頼まれていた用事を思い出し、街の種苗店まで足を運んだ。既に、店の外にも様々な草花の香りが漂っていて気分もリフレッシュされる。

 鈴のついたドアを開けて店内に入れば、カウンターの向かいで緑色の肌の女性が眠そうな目で手を上げて挨拶した。ほとんど裸同然の装いだったが、下半身は白く艶のある花弁に遮られて見えない。


 アルラウネ。半分が人間の女性、半分が植物の魔物種だ。よく見ればその身体は大きな鉢から生えているのが窺えて、鉢自体も車椅子に固定されている。


「リリィ、いま大丈夫?」

「あら大魔女さん、なんてことないわよ。今日はどうしたの?」

「前にロクサーヌが頼んだものがあるじゃない、代わりに取りに来たわ」

「はいはーい、あれね。ちょっと待ってて……」


 アルラウネのリリィは返事をすると、身体から伸びた蔦を使って車椅子を器用に転がしながら店の奥へと姿を消した。そうしてすぐに戻ってくると、カウンター台に手頃なサイズの紙袋をトンと置く。

 表には「マナ肥料」の文字が書かれていた。軽くて扱いやすい顆粒タイプだ。


「はいどうぞ。これはとっても良い肥料よ、帰りにつまみ食いはしないでね」

「しないわよ」

「そう? ちょっと小腹空いた時にも丁度良いのに」

「……まさか、貴女」

「安心して、ちゃんとコレはノータッチだから。そうそう、お代は前に貰ったわ」


 リリィは店員としての仕事を終わらせた後、疲れた様子で大きな欠伸を一つ。


「んん……ちょっと昼寝でもしようかしら。ねえ大魔女様、誰かいいお手伝いの子はいない? もう一人居たら私も楽できるな~って考えてるんだけど」

「うーん。頭の隅には置いておくわ……」

「愚痴っちゃってごめんなさいね。それじゃ、少しだけおやすみなさい……」


 蕾に戻ったアルラウネはカウンターの向かいでうんうんと唸りながらまどろむ。ラヴェンナは苦笑いを浮かべながら、ドアの隙間を縫うように店を出た。

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