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第6話「これどうやって食べるの?」

 某日、よく晴れた朝。食事を済ませたラヴェンナは、箒に跨っていたロクサーヌを庭で見送ろうとしていた。


「では、街まで行ってきます。夜までには帰りますので」

「気をつけてね。昼は何か考えるわ」

「セレスティア様がいらっしゃったら、頼んだ通りの物をお願いしますね」

「はいはい」


 挨拶を済ませた白魔女は地面を蹴って空へ上り、そのままストーンヘイヴンの街へ飛んでいく。彼女の姿が見えなくなった後、ラヴェンナは大きな欠伸をしながら今日の過ごし方を思い悩む。

 なんでもない、田舎ののんびりとした一日が始まろうとしていた。


◆ ◆ ◆


 家の中で椅子を揺らしながら、もう何度読んだかも分からない本を捲っては文章の一つ一つを睨み続ける。表紙に「忘れられた古城の謎」と刻まれた本には、遠い異国の地に立つ古い城とそこに住むとされる吸血鬼の噂が記されていた。

 同じ書物を何周も回っていれば、どこに何が書いてあるかもまぁまぁ覚えてくるもので……そろそろ新しい娯楽を仕入れようか思案していた時、外から馴染みある声が聞こえてくる。


「ラヴェンナ、来たわよ~!」

「はーい」


 本を置いてから表に出れば、金髪碧眼の商人セレスティアが庭先で荷馬車を展開していた。忘れない内に、ラヴェンナはロクサーヌから事前に預かっていたメモを出して彼女へ見せる。


「ロクサーヌは街で用事があるわ。ここに書いてあるものを頼める?」

「ええと……うんうん、じゃあ先にそれを準備しちゃうわね」


 訪問販売の女商人が荷馬車を漁っている間、ラヴェンナは棚に並ぶ食品を眺めながら今日の昼食のことを考え始める。軒先からぶら下がっているソーセージの束、存在感ある塩漬けのブロック肉、煮崩れに強い根菜であるパースニップ。それらをチェックしているとふと、見慣れない商品に視線を引き寄せられた。


 木で作られた箱……開けてみれば、その中には大きめの鳥の足がいくつも入っている。ニワトリにしてはなかなかのサイズだが……


「……?」

「うふふ、それは今回の目玉商品よ~。ラヴェンナは使い方を知ってる?」

「ロクサーヌなら知ってるかもしれないけど、彼女はいま、街に出かけてしまってるのよねぇ……確か本があったはずだから、少し調べてきてもいい?」

「もちろん!」


 家に戻ったラヴェンナは本棚の前に立ち、記憶を頼りにある一冊を取り出した。世界各所にある様々な料理とその調理法を記したものだ。ページを捲れば、さっきセレスティアの荷馬車で見つけた食材を描いたような挿絵が現れる。

 これに書かれているのはニワトリの足を使ったレシピのようだ。鳥の足は可食部が少なく食べづらい故に、軽く焼き目を付けてからスープにして頂くらしい。


「ふーん……」

「何か見つかった?」

「表面を焼いてからスープにする方法があったわ。そうね、今日は昼ご飯を自分で作らないといけないから、早速やってしまいましょう」

「わぁ~、お買い上げありがとうございます♪」

「後で銅貨二枚は貰うわよ。どうせ貴女も食べるつもりでしょうから」

「ケチ……」

「ケチじゃないから。正当な対価」


 ちょうど魔女釜を綺麗にしたばかりだったのでこれを使うことにする。中に油を敷いてから火を入れて、熱の回ってきたところで購入した鳥足を放り込んだ。

 家に鶏の良い香りが広がっていく。

 焼き色を付けている間に根菜も一口大に切って転がし入れる。


「セレスティア、裏の井戸で水を汲んできて頂戴」

「まあ、この私に肉体労働をさせるつもり!? お仕事が嫌だから来てるのに~」

「じゃあ銅貨三枚ね。四枚、五枚……」

「なんてこと、今すぐに行ってくるわ!」


 煽られた女商人は姿を消すと、水の入った桶を片手にすぐ戻ってきた。肉と野菜の旨味が溶け込んだ油の中へそれらを注いで、今度は表面に焼き色を付けた具材を煮込んでいく。香り付けとしてフェンネルの葉も千切って入れた。


「そう言えばセレスティア、面白い本はない? 家にあるものは大体読み尽くしてしまったから、次の楽しみを探しているんだけど」

「最近だと、魔女文学なんてジャンルが流行り始めてるわ。そうねえ……」


 彼女は悩みながら一度外へ出ると、荷馬車の中から一冊の本を手に戻る。


「この“私の魔女様が離してくれない”が一番人気かも……主人公はとある魔女に弟子入りして住み込みで修業している女の子。真面目に訓練していたんだけど、自分の元を離れて欲しくない師匠から様々な“嫌がらせ”を受けることになるの」

「ふーん」


 パラパラと捲ってみる。挿絵付きだった。それも、なかなかの。


「……都会って大分進んでるのね」

「どうでしょうか、お客様?」

「買うわ。どうせ毎日ヒマしてるもの。おっと、そろそろかしら……」


 茹でられていた根菜を突いてみれば程よい柔らかさに仕上がっている。

 頃合いだ。火を止めて塩胡椒で味を調えた後、二人で食事の用意を始める。外のガーデンテーブルに物を揃え、椅子に腰掛けてからスプーンを使った。


「うーん♪」

「どう?」

「安心感のある味付けで良いわ。みんなの想像する“鶏野菜のスープ”って感じ」

「案外普通の料理になったのね。そう言えば、これって何の肉なの?」

「あら、箱の中に紙がなかった?」

「紙……?」


 ふと不安に駆られたラヴェンナは“鳥の足”が入っていた木箱をもう一度開けてみる。中に紙なんてものは見当たらなかったが……もしかしてと思って蓋の裏を確認したら、そこには薄いお品書きがピッタリと張り付いていた!

 透けて鏡文字になった文面を見れば「コカトリスの足」と書かれている。

 ニワトリなんかとは比べものにならない、なかなかの高級食材だ……


「げっ、コカトリス!」

「うふふ、随分と贅沢な使い方をするのね、ラヴェンナ」

「くぅ……だとしたらもうちょっと、良い調理法があったはずなのに」

「再挑戦の際は、また私たち商工会からお買い上げくださいね~」

「うーん」


 ラヴェンナは口の中でコカトリスの骨をしゃぶりながら眉間に皺を寄せる……


◆ ◆ ◆


 セレスティアが帰っていった後、日が落ちる前になってからロクサーヌが戻ってくる。昼に作ったスープを温め直して出し、魔女二人で夕食の時間を過ごす。


「どう?」

「とても良く出来ていますよ。ラヴェンナ様の手料理を食べられる機会はなかなかありませんし、それもあって非常に美味しく感じられます。ところで、これは何の肉を使われたのですか?」

「うっ……」

「見たところ鳥の足のようですが、ニワトリにしては大きいですね……」


 口の中から骨を取り出し、ロクサーヌがまじまじと眺め始める。おそらくバレるのも時間の問題だったため、ラヴェンナは早々に白状することに決めた。


「……コカトリスよ」

「コカトリス!?」

「セレスティアが持ってきたの。最初、それだって気付けなくて……」

「こ、コカトリスでしたら肉付きが良いので、甘辛煮にしたり、揚げたりしたり」

「ああ、もう言わないで! 料理の味がしなくなってくる!」


 スープはよく仕上がったが、結果、思わぬ高級スープになってしまっていた。ラヴェンナは複雑な心境のまま、素材の旨味を吸った極上の根菜を口へ放る。


(確かに美味しいのだけど、どうにも腑に落ちないわ……)

(……次からは、蓋の裏もよく見るようにしましょう)


 こういう日もある。

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