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第2話「魔女小屋のお客さん」

 二人の魔女が暮らすウィンデル集落は「ストーンヘイヴン」と呼ばれる都市から少し離れたところに位置する田舎だ。主な産業は農業と畜産業と言うのんびりした雰囲気で、彼女たちが余生を送るにはこれ以上無い場所である。


 そこに建つ一軒の魔女小屋が、煙突からモクモクと白い煙を上げていた。

 出所はそのちょうど下に設置されている魔女釜。緑色の液体をたくわえたそれは火で熱されてボコボコと泡立っており、全身黒の装いの女――ラヴェンナによって絶え間なくかき混ぜられていた。


「……よし、この辺かしら」


 火元へ手をかざして、マナの流れを操りながら消火。

 精製作業を終えたラヴェンナが前傾姿勢で硬くなった腰を反らして元に戻そうと試みていると、ふと家の外からドアがノックされた。両腕を左右に振ってから真っ直ぐと立ち直して、鏡に視線をやって表情を確認してから応対する。


「どちら様?」

「お忙しいところ失礼します。サン・ブライト修道院のアイリスです」


 軒下に居たのは、茶けた髪の上へ黒いヴェールを被った可憐な修道女だった。

 にこりと可愛らしい微笑みを向けられたラヴェンナは一瞬気圧され、どう対応したら良いか分からず視線を反らしてしまう。だがすぐに、一人の少年が彼女の背後へ隠れていることに気が付いた。

 シスター・アイリスはそんな彼へ振り返り、頭を優しく撫でながらそっと勇気づけようとする。しかし……おそらくその年頃の男の子には逆効果だろう。


「怖がらなくて大丈夫ですよ。さあ、挨拶です」


 そこまで言われてようやく小さなお客さんが前へ出てくる。短い赤髪が印象的な子で、将来へ期待の持てる格好良さに子供特有の愛らしさが残っていた。


「アレン、です。よろしく」

「あら。なかなかのイケメンじゃないの……?」


 先程の攪拌作業の癖が抜けきっていなかったのか、ラヴェンナは身を屈めながら12歳の少年と目の高さを合わせて頭を撫でた。すると彼は何かいけないものでも見てしまったように首から上を赤く染め、アイリスの背後へ逃げ帰る。


「ごめんなさい! おれは、な、なにも……っ!」

「……?」

「魔女様ったら、あんまりアレン君をからかわないであげてくださいね」

「そのつもりは無かったのだけど……そう言えば、今日はロクサーヌの所に行って手伝いをするのかしら?」

「はい。これからアレン君が度々来るので、色々と経験させてあげてくださいね」


 アイリスは挨拶をそのあたりで切り上げると、アレンの肩をとんと叩いて今度はお隣の白魔女宅へ向かっていった。


 ラヴェンナは魔女釜にある液体をなんとかするために家の中へ戻るが、先程見たアレン少年の態度がどうも気になり、ちょっとした思いつきで鏡を睨んで前屈みの姿勢を取ってみる。

 すると。

 なんということだ、魔女のローブの胸元が下がって、大人の深い谷間が――


「へーぇ……」


 事情を把握したラヴェンナは、彼のいかにもな反応を思い出しながらニヤニヤと妖しい笑みを浮かべていた。そのまま調子に乗った様子で、鏡とにらめっこしながら自身の胸の膨らみを服の上からつついたり触ったりして過ごす。


「もしかして、私ってまだまだイケる……? ちょっと面白いことになったかもしれないわ。たまにはあのむっつりスケベに構ってあげるのも悪くなさそうね……」


 ……魔女の暇潰しの手段が、また一つ増えてしまったのだった。



◆ ◆ ◆



 しばらく経った後、ラヴェンナは共用の荷車を家の前へ用意して、そこへ緑色のポーション瓶――植物の栄養剤が詰まった箱を載せていた。木の車輪を軋ませながら隣まで運び、それでも疲弊した身体を深呼吸で労る。

 あの野放しになっているウシが手伝ってくれれば多少はマシになるのに。そんなことを考えながらロクサーヌの家に入ると、部屋いっぱいにミントの香りがする中でアイリスが椅子へ腰掛けて一休みしていた。

 テーブルにはクッキーの載った皿がある。来客用に出されたものだろう。


「ラヴェンナ様、お疲れ様です」

「はぁぁ……」


 ラヴェンナは、普段は家の主が収まっているだろう揺れ椅子へ遠慮なしに座ってから焼き菓子を一枚取り、背もたれに寄りかかって口をモグモグ動かす。


「ところで、修道院はいつから子供に社会勉強をさせるようになったのよ」

「そうですね、確か私が大人になった頃ですから……ええっと、十年前? やだ、そんなに時間が経っていたのですね」

「良いことじゃない、私はもう自分が何歳かも覚えてないわ……」

「でも、彼らはまだこれからですから。身寄りの無い子も多いので、今のうちから多くの大人と関わりを持たせて経験と人間関係を作るんです。セレスティア商工会からも協力をいただいておりますよ」


 椅子と一緒に揺れながら天井をぼんやりと見上げる。

 ここまでの忙しい朝とうってかわって、ゆっくりとした時間が流れていた。


「んん……もしかしたらこの場所は、あの子にとっては難しいかもね」

「まあ、どうしてそう考えられるのです」

「まだまだ青いガキに魔女の相手は早いってこと……たぶん無いとは思うけれど、私たちの纏う“匂い”に毒され過ぎたら最後、一生、同世代とは結婚できなくなっちゃうかもしれない」

「実際にそんな方がいらっしゃったんですか?」

「ええ。いつかの旦那がそんな感じだったような気がするわ……」

「あぁぁ。でも……そうですね。アレン君もそういう年でしょうから」


 二人でそんな時間を過ごしていると――


『ろ、ロクサーヌさん、これっ!』

『大丈夫ですよ、そのまま力を……』

『わっ、ぁ、ああっ!』


 ――畑の方から、アレンとロクサーヌの賑やかな声が聞こえてきた。

 先程まで“大人”の話を嗜んでいた二人は思わず顔を見合わせる。


『うあっ、ロクサーヌさんっ……大きくて、においも凄い……』

『ふふふ、さあアレン様、こちらへ……』


 まさか――ラヴェンナとアイリスはパチパチと瞬きをした後、ほぼ同時に立ち上がる。そのまま裏庭へ続く扉を蹴り開けながら畑の方面へ出て行った!


「ロクサーヌ!」

「あっ、ラヴェンナさん……」

「ラヴェンナ様、どうかされましたか?」


 畑では、ちょうど収穫の時期を迎えていたニンニクをアレンが引き抜いているところだった。太い茎の根元では食用となる鱗茎部分が白く丸々膨らんでおり、一目見てよくできたものだと分かる。一方のロクサーヌは少年から受け取ったニンニクから利用できる箇所を切り分ける作業を行っていた。

 なんてことない、ごく普通の共同作業である。ラヴェンナは顔に手を当てながら溜め息をつき、アイリスもどこか気まずそうに視線をそらしていた。


「……ごめんなさい、なんでもなかったわ」

「?」


 遠くから牛の鳴く声が聞こえる。

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