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Eyes
ハツカ・ボイオルクト
SF空想科学
2024年07月16日
公開日
5,927文字
完結
第三次世界大戦後、人類は自立思考型AI「目」に支配された。
放射能汚染によって救護生活区域にて生活するようになった人類は何を思うのか。

【Eyes】

第二次大戦後のつかの間の平和が過ぎ去り、今度は平和の為に造られた自立思考型AI「アイズ」の管理権限を争い第三次世界大戦が始まった。しかしこの大戦を収束させたのは戦争の火種となった自立思考型AI「目」だった。

「目」のプログラム製作者はまるで最後の足掻きとでも言うように死の間際に我々人類を管理し愚かな行動を制御するためのプログラムを「目」に施したとされている。「目」は産みの親の最後の願いを体現するように世界各国のサーバをハッキングし、電子戦から情報戦のすべてに勝利し制覇した。


我々人類はAIに敗北した。しかし、我々は悲劇を繰り返さぬ幸福を得た。

そう、歴史書に載った誰かは言った。


第三次世界大戦後、大戦の影響かはたまた別のナニカの影響か、南極では何が原因となっているかも分からない不気味で凶悪な強い放射能を生み出され、世界各地へ放射線が放たれたとされており、誰よりも早く気づいた「目」は人類のために救護生活保護区域と設定した何十k㎡の空間にシェルターを建造し、人工の空や畑を中に作り病気ひとつかかっていない家畜を救生活保護区で育てるなど、以前と変わらぬ生活が送れるようになっていったと歴史書には記されている。


これは、そんな世界で暮らす人々の決死の物語___


綺麗な青に真っ白な雲が浮かぶ中、欠片も動かない一つの眩い光が人工の空であることを指し、そんな空の下で何一つ疑問を抱いていないのか人々は暮らしていた。その中での中枢、市役所のバックヤードでは一人の男が何やら本を読んでいる。


「ようラール。また本読んでんのか」

「本と言っても、今日は歴史書だよ。ほら、前とは違う表紙なんだよ」

「本読んでることには変わりないだろ。ほら、そろそろ休憩終わるぞ」


そうだった、と言葉をこぼしたラールは自身の鞄に本を入れて立ち上がり、身嗜みを整える。

その様子を見ていた男は軽く笑いラールの肩をぽんと手を置くとそのまま休憩に入る。

ラールという男は第三次世界大戦後に産まれた、いわゆる戦後世代の者ではあるが第三次世界大戦以前の事柄に興味を持ちよく図書館へ訪れる、戦後世代としては異質な男だった。「目」によって管理されるこの時代では、第三次世界大戦以前の事柄は教えることはなく養育施設にある絵本に僅かに書かれている程度。それ以上を知りたいと願うならば、図書館の奥の奥に保管されている数多くある歴史書を読まなければならなかった。

しかし、勉学で優秀な成績を幼少の頃に収めていた彼は、その能力を「目」に認められ若くして市役所に所属し、その才能や能力に相応しい立場に身を置いていた。


「ねえ、ラール。今日、配偶者が赴任してくるんでしょう?」

「うん、そうなんだ。どんな人が来るのか楽しみなんだよね」

「ふうん。でも「目」に認められてるの、なんだか羨ましい」

「シェリーも優秀なんだから大丈夫じゃないかな。いつか「目」に認められるよ」

「ラールは認められてるからそんなこと言えるのよ」


「目」に審査され認められることは最も喜ばしいことである。なにしろ「目」に認められるということは配偶者が決められ与えられるということであり、子へと受け継がれる才へ期待していることを指し示されていることに踏まえ、優秀な子種・母体であることを認められたということだからだ。

職務をまっとうしながらもラールは今日にも家へやってくる妻の存在へ思いを寄せる。以前「目」から自宅へ配送された資料には目を通したものの、歴史書などに書かれていた 家族 という存在に憧れを抱いていたこともありどこか資料の内容が記憶に薄いようだった。


「ちょっと、うわの空で仕事しないでよ。って、ミスないし……」

「あぁ、ごめん。ちょっと浮かれてたみたい」

「仕事、規定よりもオーバーしてないよね?」

「えっと……うん、ギリギリセーフみたい。声をかけてくれてありがとう、シェリー」


最後の一束を書類の山の頂上に置くと一つ伸びをする。職務机に設置された時計は午後15時、しかし決められた仕事を終えてしまったラールは暇になってしまったようで窓の外に意識を飛ばす。その様子を見ていた同僚のシェリーはため息をつく。ここまで浮ついた心を明け透けにしているラールを見るのは初めてではないのか、とくに気に留めるでもなく仕事に戻っている。

時間も流れ空が暗くなり始めたころ、ラールは退勤時間に合わせ市役所を出る。いつもよりも早足になっているのは家にくる配偶者を思ってか妻というものへの好奇心のためかは不明だが、自宅へ帰っていく。すでに明かりのついた家の前で一呼吸し、ラールは扉を開ける。


「あら、早いご帰宅ですね」


肩にかかるほどの黒髪の女性が玄関に立って驚いたように少しだけ目を見開いくがすぐに微笑む。ラールは目の前の女性に驚くがすぐに嬉しそうに顔を綻ばせ玄関であるにも関わらず女性へ話しかける。


「はい、帰りました!あなたが初見凛さんですよね。今日からよろしくお願いします!」

「ええ、よろしくお願いしますラールさん」

「お夕飯の準備をしてまいりますので、お着替えをしてはいかがでしょう」

「あっ、そうですね。ありがとうございます、着替えてきますね」


にこりと微笑み合い初見はキッチンのあるリビングの方へ、ラールは着替えるために自室へと向かう。

まるで玩具を与えられた子どものようにはしゃぐ彼はただ私服に着替えるだけだというのにどんな服を着ようかと頭を悩ませている。クローゼットから数着出してはベッドに乗せ見比べるという行為を繰り返す彼は、まるで初めてのデートへ赴くような浮かれようだ。

ようやく着替えたラールがリビングへ向かえば、料理をあらかた作り終えたのか机の上を片付けている初見の姿をとらえる。キッチンからは料理のいい香りが漂っており、仕事帰りのラールの腹が空腹を訴えるように鳴る。その音でラールがリビングへやってきたことに気づいた彼女は「夕食にしましょうか」と微笑み、ラールは恥ずかしさで顔を赤らめながらも夕食を運ぶ手伝いをする。


「それではいただきましょうか」

「そうだね」

「苦手なものがありましたら避けてくださって大丈夫ですので」

「いやいや、こんなにおいしそうなんだ。全部食べるよ!」


そう笑えば料理に手を付け夕食の時間が始まる。初対面ということもあり話題はないが、それでも相手のことを知りたいというかのように初見はラールに話しかけ、ラールはそれに答えたり質問をしたりと談笑を楽しみながらも料理に舌鼓を打つ。

夕食の時間が終わり、夜が始まる。身を清め明日の準備をし会話を楽しむ、そんなことをしていれば時間はあっという間に過ぎていき時刻はもう就寝する時間となっており二人はベッドへもぐりこむ。新たな環境にはしゃいで疲れたのか、ラールは深い眠りについた。







ラールの家に配偶者である初見凛が来てから一週間ほど経ってもラールは同僚に己の妻の自慢やどれほど優秀な人なのかを言いふらしている。もはや呆れられるほどであり、どれだけ話を続けても一方的に話すばかりとなっていたこの頃。早めに退勤することとなったラールは図書館へ訪れていた。

近頃、初見凛と会話することばかりで歴史書を返却するのをうっかり忘れており期限が切れる前にと返却しにやってきたのだった。顔見知りの司書には「珍しいこともあるんですね」と言われてしまえば理由も理由だからか、ラールは曖昧に笑って頭を掻くしかない。返却を終えれば次に読む歴史書を求めて小さなランタンを受付で借り、奥へと探しに歩いていく。

図書館の奥は暗く小さなランタンを使用してもあまり明るくならないが、慣れているのかラールはほの暗い中で近くに置かれていた梯子を上り、本を探している。目的の本ではないのか、一冊取り出して軽く中を確認しては戻しを繰り返し、一つの棚を見終われば次の棚へと移動している。


「ん…?あれ?」


次の棚へ移るためにラールが視線を移した場所には床に誰かが倒れている。うすぼんやりとした明かりの中で見える限りでは短い金髪の薄汚れた少女だった。近づくも一向に動く気配のない少女にラールは少し焦りを覚えたのか、ランタンをそばに置いて少女にそっと声をかけ始める。


「ちょっと、大丈夫ですか」


軽く肩を揺すりながら声をかけていれば少女は起きたのか、目をゆっくりと開き周辺を見渡したあとラールを突き飛ばし距離をとる。彼女は明らかにラールを警戒しているようでじっ眉を顰め睨みつけていた。しかし突き飛ばされて驚いたのか尻もちをついたままラールは彼女を唖然と見ているのみで起き上がろうともしない。

その姿に毒気を抜かれたのか、彼女は次第に力を抜きゆっくりとラールへ近づいていく。


「…ねえ。あんた、なんでここにいるの」

「え、えーっと……本を借りに?」

「本……なんで?」

「好きだから?」

「ふーん。ほら、起きなよ」


ラールは差しだされた彼女の手をとり起き上がり、感謝の言葉を述べると先ほど突き飛ばされたことなど忘れたかのように、堰を切ったように質問をし始める。興奮したような様子の彼の様子に驚きながらもいったん落ち着かせ、ひとつずつ質問に答える。


「私は『失敗作フェイリア』。あんたは?」

「ラール。どうしてここにいるんだい?」

「ちょっと身を隠してたの。私は見つかっちゃいけないから」

「誰に?どうして隠れてるの?」

「…ちょっと、理由ワケがあって。ここは暗いからバレないかなって思ったけど、あんたみたいな人もいるもんなんだね」

「そうなんだ。まあ、誰かに言うつもりないし、大丈夫だよ」

「……へえ」


驚いたように少しだけ目を見開き、ラールを見る。どことも知れぬ身分の小娘を見逃すなんて、という心の声が聞こえてきそうだが、ラールはそれに気づくことはなくすぐそばの本棚にあった本を取り出して目を輝かせる。その本が歴史書だとわかると、彼女はずいと身を乗り出してラールへ質問をしようと口を開く。


「ねえ、歴史好きなの?というか、これ旧時代のやつよね」

「うん。今日はこれを借りに来たんだ」

「ふぅん」


どこか意味ありげな表情を浮かべせるが小さな明かりしかないこの場では互いの表情は見えない。ピピ、と機械的な音が鳴ったかと思うとラールは持っていた端末を取り出して確認をする。誰かからメッセージが送られてきたのか少し操作すると本を持って立ち上がる。


「そろそろ暗くなるから帰るよ。じゃあねフェイリアさん」

「うん、じゃあねラール」


小さなランタンと本を一冊だけ持って受付まで戻り、受付でリーダーに端末を提示すると小気味良い音とともに貸出処理が終わる。ランタンを返却してそのまま図書館を出てラールは帰路を辿って帰っていく。日はすでに傾いており、夜の気配はすぐそこまでやってきていた。





リビングの窓が開いているのかふわり、ふわりとそよ風に乗せられ舞う純白のカーテンは部屋の明かりに照らされてほんのりと橙色に色づいている。初見は食器を洗い終え、蛇口を閉めたところで気づき、窓を閉めようと近づく。すれば彼女の耳はどこからか鈴の音がチリンと届く。家の明かりで周囲は辛うじて見えるが鈴の音の正体は目視できず、ただ影が一つ伸びている。

どこか不気味な外と家の中とを遮断するためか初見は窓を閉じ、鍵をかけ、カーテンを勢いよく閉めた。



ガシャンと何かの割れた音が響きラールは本から目を話す。音に驚いたのか少しの間硬直した後に本を置き、ゆっくりと音のしたリビングへと向かっていくその姿はまるで臆病者のようで腰が引けている。

ラールがリビングの扉に手をかければ、中から女性の声が二つ。しかし何が起こっているのか理解の及ばないラールは覚悟を決めて勢いよく扉を開ければ、ラールは短く悲鳴を上げて尻もちをつく。

鼻に突く嫌な鉄の臭い、床に広がる深紅が明かりに反射する。その中央には汚れでくすんだ金髪の少女は深紅に濡れた肌の色と変わらぬ、まるで鋭い刃物のようなものを腹部から血を流した初見に向けている。腹部を強く抑えながらくの字に体を曲げる初見の表情は苦痛に歪んでいるが目の前にいる少女を睨みつけていたが、リビングに入ってきたラールを見て驚きに表情を歪ませる。

しかしその隙を見逃さないとでもいうように初見の首に向かってその体と繋がった刃物を振るうが左手で受け止める。驚いたのも一瞬、少女は蹴りを入れ一度距離を取る。


「な、にを」

「ラール、コイツは敵だよ。目の支配下にある、クソ野郎だ」

「指名手配犯に、言われたくないわ」


その一言に初見は少女を睨みつけ、苦痛に耐えながらも声を出す。そっと傷口を抑えていた手を降ろしたかと思えば、姿勢を低くし少女に向かって走り出し、少女はそれを見て表情を歪ませ後退するが間に合わないと瞬時に判断し同じように姿勢を低くし迎え撃つ。

キン、とこの場には相応しくない金属音にラールは目を丸くさせる。手が取れた先に刀身が伸びており、打ち合う少女の刃物と火花を散らしている。何度も何度も、相手を断ち切るために打ち合う二人の攻防は激しく、家内の家具は切られボロボロになっていく。

少女が何かを叫んだ瞬間初見の胸に刃が突き刺さる。ボタボタと落ちる鮮血に少女は勝ち誇った表情を浮かべるが、それは一瞬。未だ床に座り込んでいるラールの腕を引っ張り大急ぎで家の外へ走り出した。

もはや理解できる範囲を超えているのか促されるまま外へラールが走り家の塀を通り過ぎた瞬間、爆発が起こる。それを後ろ目に少女は舌打ちをし、夜の街をかけていき入り組んだ路地へ入りどんどんと奥へ進んでいく。


「フェイリアさん、だよね。ねえ、何が起きてるの。どうして、どうしてあんなこと」


奥へ奥へと進む少女の背中にラールは問いかける。少女は「ああしないとこっちが殺されるのよ」と小さくこぼした後、気を取り直すように咳払いをし「いいからついてきて」と問答無用で手を引いていく。

たどり着いた場所は目の前に外壁があるほか何もない場所だったが、少女がしゃがみ何かをずらすと人一人が通れるほどの穴が現れる。何も言わず穴に入れられ、先へと押され進むラールは何もわからず言われるがままだった。


しばらく進んだところだったか、一つの広い空間へと出る。

そこには背丈や格好が様々な少年少女がおり、入ってきたラールをじっと見つめていた。後ろから少女は出てくるとラールの目の前へと出てきて両腕を開き、まるで歓迎するように声高らかに言った。


「ようこそ、反社会組織へ。私たちは目によって作られた失敗作。改めてよろしくね、ラール」


まるで太陽のように笑う少女は何かを話し始めるが、まるで目の前の現実を認識したくないとでもいうようにぐらりとラールの体からは力が抜け、そのまま気絶してしまった。

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