後方から救急車両に乗り込むと、真ん中の担架にみひろが寝ていて、その周りに伊織さん、リーラちゃん、ミセリさんもいた。
狭い車内には医療機器の無機質なビープ音が響き、酸素マスクを付けたみひろは、速いペースの呼吸を繰り返している。
「しっかりして、みひろちゃん!」
「がんばれ、気合で頑張れ!」
リーラちゃんとミセリさんが大声で呼び掛けるものの……素人にできる事なんて、こうやって声をかけて励まし、意識を繋ぎとめようとするくらいしかない。
「伊織さん! みひろの容態はどうなの!?」
いつもは頼りになる伊織さんも動揺し、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「背中に受けた傷から……おそらく弾丸が、身体に残ったままになってます。背骨、肋骨、肺……そのどこか、もしくは内臓全部に、ダメージを及ぼしてる可能性があります。出血もひどく心拍も乱れ、手足にはチアノーゼも見られます。一刻も早く病院に行って手術しないと……」
「どうして車、動いてないの!? はやく病院に行って下さい!」
運転席の、葉室警備の制服を着た人に叫ぶも……彼は背中を向けたまま、申し訳なさそうに首を横に振る。
「久右衛門さんの命令で待機を命じられています……病院搬送はできません」
私は咄嗟に、伊織さんから拳銃をスリ取った。そのまま運転手の頭に銃口を押し付ける。
「今すぐ降りて。こうして銃を突きつけられたんだから、言い訳には困らないでしょう?」
「わっ……分かりました」
男がドアを開け逃げ出すと、私は銃を伊織さんに返した。
「伊織さんは運転をお願いします。早く病院に!」
「はい!」
「ウチのレスラーが、巡業でお世話になってる病院が近くにあります。道案内します」
ミセリさんはそう言うと、助手席に身体を滑り込ませた。
車が動き出してから後ろに戻ると、涙にまみれたリーラちゃんが、みひろの手をしきりにこすっていた。
「藍海ちゃん、どうすればいい……? みひろちゃんの手、どんどん冷たくなってくの」
みひろは目を閉じぐったり横たわっている。その手を取ると……びっくりするほど冷たい。
反射的に自分の頬に当て、少しでも温もりを伝えていく。
みひろはもう言葉を発する事もできず、透明な酸素マスクをわずかな呼気で曇らせるだけ。その顔は青ざめていて、このまま病院に着いたとしても、助かるかどうか分からない。
その時だった……みひろの金の右目が見開かれ、私に微笑みかけてきたのは。
「あいみ……あり、がとう。私、あなたと出会えて……とても楽しかった」
「ちょっと待ってよ……なにこれで最後みたいな事言っちゃってんのよっ!? 私たち、これからもずっと一緒だからっ! まだまだ楽しい事、いっぱいあるんだからっ‼」
大声で返す私に、みひろは涙目になって微笑んだ。
「みひろ様、もうすぐ病院に着きます! あと少し、気をしっかり持って頑張ってください!」
運転席から、震える伊織さんの声が届く。
「伊織……ごめんね、いつも我儘ばかり言って……。あのお屋敷で、私が甘えられる人、伊織しかいなかったから……」
みひろの声は小さく、運転席の伊織さんまで届いていない。
それでも伊織さんは、涙ながらに訴える。
「従者でありながら、私はいつもみひろ様に助けてもらってばかりでした! ですので、まだ死んではいけません! 私はまだあなたに、何も恩返しができてないっ!」
「そう……ですか? それは、困りましたね」
みひろはふっと笑って目を閉じた。
そのまま二度と開かなくなるんじゃないかって思うくらい、穏やかな表情で。
私はもう、迷わなかった。
棚に置いてあったペットボトルをスリの速さでひったくると、みひろの酸素マスクを外す。
心の中で「ごめん」と謝りつつ水を口に含み、ぷっくりと形の良いみひろの唇に、自分の唇を重ねた。
舌先で優しく唇を広げ割り入れると、口移しで水と一緒に飲ませる。
むせ返りそうになるみひろの頬に手を添えて、口の中の水を全部飲ませた。
唇を離すと、みひろの顔が徐々に赤みがかかってきたように見える。
荒かった呼吸も収まって、あれだけ冷たかった手にも温もりが戻ってきている。
「みひろちゃんの手……あったかくなってきた」
リーラちゃんはみひろの手を両手で包み込み、確かに感じる温かさに、静かに涙を零している。
みひろはゆっくりと目を開けた。
「藍海……今のは」
「みひろっ!」
寝たままのみひろに抱きついた。
伊織さんとミセリさんも、車を止めて後ろにやってくる。
「みひろさん……大丈夫なんですか?」
「みひろ様……」
私が身体を離すとみひろは上体を起こし、うつ伏せになって泣いてるリーラちゃんの金髪を、優しく梳き始めた。
「これ……見て下さい」
みひろは背中に手を回すと、二本の指で摘まんだ円錐状の鉛玉を見せてくる。
「おそらく私の体内に残ってた、ライフルの弾丸です。ダメージを負った内臓も背中の傷も、すっかり塞がってしまったようです……」
これを奇跡と言わず、なんと呼べばいいのだろうか。
万能薬はその名の通り、あらゆる怪我、病を治す奇跡の薬だった。
伊織さんは感極まってみひろを抱きしめた。その態勢のまま、私を見上げる。
「藍海さん、もしかして久右衛門さまに渡したのって……」
「ああ、あんまりにもムカついたからさ――」
私はちょろっと舌を出し、悪戯がバレたお転婆娘のようにお道化てみせた。
「ママに騙されてもらったバッファリン、あげちゃった」
* * *