ママもジルコも、黙ったまま答えない。
ただ不敵な笑みを湛えて、みひろの推理を聞いている。
「ここから先は物証も目撃情報もない、状況証拠から察する私の推理でしかないのですが――万智子さん」
みひろは指先を躍らせて、ビタッとママを指し示した。
「視覚のコイン<プロビデンスアイ>の
みひろの未来視と言えば、伊織さんと一緒に初めてウチにきた時の、札束封筒スリ勝負を思い出す。
あの時封筒をスろうとした私の右手を、みひろは素手でガッチリ掴んだ。あれもコンマ数秒先の未来を見て、先回りで待ち構えていたからこそできた芸当だ。
「ですが万智子さん……あなたは老人ホームの地下駐車場から救急車を走らせて、葉室警備特殊部隊の包囲網を軽々突破しました。あれは、コンマ数秒先の未来が見えるくらいでは絶対にできません。おそらく、数分先の未来まで見えてないと難しいと思われます」
葉室警備の特殊部隊は、下手な軍隊より精鋭揃いと聞いている。
いくらジルコが手りゅう弾を持ってたとしても、車一台じゃ多勢に無勢で捕まってるはずだ。
でもそこに、数分先の未来が予測できるドライバーがいたとしたら――どこに車を走らせば突破できるか事前に分かっていれば、車の台数なんて関係ない。むしろ少ない方が逃げやすい。
「そして、リーラちゃんがリークしたアマルガム拠点の襲撃。ここでもあなた方二人は、まるで葉室警備の動きを事前に察知したかのように、襲撃前に逃げ出している。数時間先の未来を予測できない限り、これを察知する事は不可能です」
ここに至ってはもう、数分先の未来が分かっても回避できない。
葉室警備がアマルガム拠点を監視下に置き、突撃する。みひろの言う通り、数時間前から分かってない限り逃げ出す事は不可能だ。
「極めつけは、本日の万能薬精製の儀式。数日前から、体力を極限まで消耗させられる事を知っておかないと、今回のような早手回しの対策は打てません」
数分先、数時間先、数日先の未来予知。
そんなの……五感が鋭敏になったどころの騒ぎじゃない。
そんな未来まで見えてたら、もうなんだってアリなように思えてしまう。
それが五感を超えたシックスセンス――全知全能、神の領域。
「つまり万智子さんは六人目――第六感のコイン
葉室研究所の考古学チームが持ち帰った
共同チームを結成していたアマルガムが、発見されたフルカネリの地下実験施設で、葉室財閥に隠れてコインを一枚くすねていてもおかしくはない!
「あはっ! あはははっ!」
ママはいきなり笑い出した。
おかしくてたまらないというよりも……気がふれた狂人のように、楽しげに。
「みひろさん……あなた本当にすごいわ。六枚目の存在すら知らないのに、理詰めで私がコレクタであると看破し、そのコインドまで言い当てた。これはもう是が非でも、アマルガムに来て頂きたいところね」
「私があなた方の味方になるか……第六感の未来視をもってしても、分からないものなんですね」
「ええ、そうよ。未来とは移ろい変わりゆく不確かなもの。今この時点で見た未来が、次に見た時同じかどうか分からない」
「三流占い師の、言い訳みたいな事を言うんですね」
「ふふっ、それも仕方ない事よ。私のコインは<アガスティアナディ>。古代インドの聖者アガスティアが書き遺したと言われるヤシの葉の予言書――言ってしまえば、占いみたいなものですから」
その時、バリバリバリと空から騒音が聞こえると、いつの間にか三機の軍用ヘリが駐車場上空に浮遊していた。
その内の二機から、ライフルを構える狙撃兵が身を乗り出して、こちらに狙いを定めている!?
「藍海っ、万能薬を!」
「分かった!」