みひろが葉室財閥を出てからずっと一緒だった私は、ありありと思い起こせる。
学校で友達とお喋りして、バイトで酔客の話に耳を傾け、コンビニで買った安いアイスを木べらで食べるみひろの、幸せそうな笑顔を。
コインを巡る戦いに身を置いてる時だって、みひろはどこか生き生きして見えて――それはきっと、外の世界を自由闊達に飛び回れる事自体に、喜びを感じていたからに違いない。
コインを全部集め終わったら、みひろはどうなるのか。
以前久右衛門さんに訊いた時、彼は『みひろには持って生まれた使命があり、あの子もそれを重々心得ておる』と答えた。
まるでみひろが自主的に決めてるような言い草……二律背反、詭弁の極み。
財閥内で生き残るために、みひろは葉室家の役に立たなければならなかった。だからこそ氏立探偵という奇妙な役割をこなし、私と伊織さんと一緒にコイン回収に勤しんだ。
その結果、葉室財閥がみひろに与えた使命が……必要かどうかも分からない、誰かのバックアップだなんて。
葉室財閥しか知らない頃のみひろなら、それもよしとしたのかもしれない。
でも、今のみひろはどうだろう?
私や瑞穂、大将はもちろん、初めて触れた外の世界全てに背を向けて、葉室家専門の氏立探偵に戻っていくのだろうか。
必要かどうかすら分からない、誰かの代わりとなるために。
そんなのイヤに決まってる。だったら言ってしまえばいい。
葉室財閥を捨て、アマルガムに加わると。
こんな時でもみひろは、長い黒髪とゴスロリスカートを海風に揺らし、柔和な微笑みを浮かべている。
自らの使命がバックアップと知っても、動揺ひとつ見せない凜とした立ち姿。その実……みひろは考えている。どう返答すべきか、頭の中でシミュレーションを何度も繰り返している。
やがて桜色の唇が開かれると、いつものように穏やかな声が紡がれる。
「万智子さん……ひとつ質問、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「あなたは、コイン
その一言で、場の空気が一変する。
ママは驚いた様子を見せなかったが、斜め後ろに立っていたジルコはビクッと身体を震わせた。
てっきり、なぜママは葉室財閥の内情にそこまで詳しいのかとか、そういう事を問い質すかと思ったのに……こういう時、みひろはいつも想像の斜め上を行く。
でも、今回はさすがにあり得ない……ママがコレクタなわけがない!
「何を聞いてくるかと思えば……既に五枚のコインとコレクタは、全て明らかになってるわよ。もしかして葉室財閥の氏立探偵って、トンデモ推理を財閥パワーで押し通す、ゴリ押し探偵さんだったのかしら?」
ママは驚きも困惑も見せず、ただみひろをじっと見据えて答えた。
でも……私は知っている。ピンと立ってゆらゆら揺れる、推理令嬢の人差し指――。
探偵の
「ゴリ押しで葉室財閥のいざこざを解決できるなら、お祖父さまもわざわざ私を氏立探偵にしなかったでしょう。今からお話する事は、これまでのあなたの言動を分析し導き出した、私の推理であり事実です」
ママの片眉が、ピクッと一瞬跳ね上がる。
「そこまで言うなら聞かせてもらいましょうか。なぜ私が、コレクタだと思ったのかを」
みひろの指が、宙に小さな弧を描く。
「本日、老人ホームの屋上に到着してすぐ不思議に思った事は、万智子さん――あなたが電動車椅子に座っていた事でした。逃走中に怪我をされたと仰っておられましたが、今は普通に立っていらっしゃる。どうしてあんな、すぐバレてしまう嘘を吐いたのでしょう?」
「足を怪我したと言えば、あなた達が油断すると思ったからよ」
「いいえ。実際ジルコが万能薬を手にした時、あなたは車椅子に乗ったままバックして、背後のエレベータまで移動しました。どうしてあの時、走って逃げなかったのか……少し考えれば、自ずと答えは出てきます」
「そんなの大した話じゃないわ。せっかく足が悪いと信じ込ませたんだから、すぐバラすのはもったいないって思っただけよ」
「それは違うよ、ママ……」
私は思わず、口を挟んでしまう。
あの時ママを追い駆けた私だからこそ、気付いた違和感を思い出す。
「パパの病室は、屋上のすぐ下の階だった。エレベータ脇には階段があるんだから、走って駆け下りた方が断然早い。追手が全員、万能薬精製で疲れ果ててたのならともかく、元気な私がいるんだから。足が悪くないなら階段を使わない手はない」
私の援護射撃に微笑むと、みひろは更に推理を続けていく。
「元気と言えば、ジルコさんもそうです。万能薬精製後、コレクタ全員疲れ果てその場に倒れてしまったのに、ジルコさんだけは全くダメージを負っていませんでした。そのおかげで、彼は万能薬をいち早く入手する事ができた。まるで向かい合った私たちが倒れる事も、中央に万能薬が精製できる事も、全部知ってたかのような速さでした」
そう……あの時ジルコだけ無事だったのは、どう考えたってもおかしい。
まるで私同様、万能薬精製に関わってなかったような……!?
「ここまで言えばもうお分かりでしょう。屋上ヘリポートに描かれた人工芝の星マーク。その頂点に立って向かい合うコレクタ五名。この均整の取れた
大講堂で、八雲さんが話してた事を思い出す……。
『古文書によると、コイントスした状態の五人が互いに向き合えばと書かれてるだけで、それ以上の記述はありません』
「万能薬精製は、コレクタ五人が星の頂点を位置取る必要はありません。古文書の記述をクリアするだけなら、ただ五人のコレクタが、コイントスした状態で向き合っていればいいのです。もしコレクタが六人いて、万智子さんがその六人目のコレクタだったら、ジルコさんが指抜きグローブの中でコインを外していたとしても、条件はクリアされ万能薬は精製されるというわけです」
それが本当なら、今までの不可解な事実も全て説明が付く。
私は興奮冷めやらぬまま、その答えを羅列する。
「あの時ジルコは万能薬精製に加わってなかった! だから体力が消耗される事もなく、すぐに万能薬を拾いに行けたし、私と戦う事もできた。そして六人目のコレクタであるママは、コレクタが体力消耗する事を知っていて、ジルコの代わりに万能薬精製に加わった……!」
みひろは嬉しそうに、人差し指を躍らせた。
「その通りです。万智子さんは古文書にも書かれていなかった、コインコレクタによる万能薬精製時の極端な体力負荷を、事前に知っていた。だからこそ電動車椅子を用意し、その場からすぐ逃走できる準備を整えていた。階段ではなくエレベータを使ったのも、自分が体力消耗する事を事前に知っていたからです」
パパの病室でも、ママはものすごく疲れた様子だった。
それは度重なる逃走によるものではなく、万能薬精製で負ったダメージ……そうなると、新たな疑問が湧いて出る。
「でもどうしてママは、事前にそれを知り得たの? 古文書にも載ってない、まだ誰も試した事がない万能薬精製なのに……」