しかし銃声が鳴った時にはもう、みひろはすっと身を引いていて、銃撃の射線はその残像を貫くだけだった。
そうか……<プロビデンスアイ>の
目の前で銃口を突き付けられない限り、みひろはコンマ数秒先の未来――類まれな動体視力で未弾丸の軌道を読み切って、これを回避できる。
私は一旦距離を取り、みひろの傍まで下がった。ジルコもみひろのコインドに気が付いたようで、ママに駆け寄りなにやら耳打ちしている。
「<プロビデンスアイ>は透視だけじゃなく未来視――数秒先の未来も、見る事ができるんですね。視覚のコインは色々できて、羨ましい限りですよ。みひろさん」
「……よくご存じですね。お二人の前で使ったのは、これが初めてのはずなのに」
「有海邸を襲撃した際の報告書に、載っていましたから。それより、これ
「話し合い……それこそ平行線で、意味がないように思えますけど」
「これはただの話し合いじゃない。なぜならあなたのお母さま――木村
意外な名前に、みひろの紫目が大きく見開かれる。その反応に満足したのか、ママの紫目は逆に細まった。
それにしても……ずっと似てると思ってたけど、いざこうして二人を前にすると、その目は本当に瓜二つだ。
実の娘の私より、ママとみひろの方が
「どうして万智子さんは、私の母の名をご存じなのでしょう?」
震える声でみひろが問うと、ママは真剣な表情で答えた。
「だってあなたのお母さんは、葉室久右衛門と有海春子の間にできた娘。木村依子は、私の五歳上の姉だからよ」
え……えええっ!? みひろのお母さんが……ママのお姉さん!?
みひろは背後を振り返るも、伊織さんは慌てた様子で首を横に振った。専属近侍の伊織さんさえ知らない事実……ありえない! そんなの嘘に決まってる!
だってお祖母ちゃんも、みひろが自分の孫娘だなんて話、一言も言ってなかったし!
それがホントだったら、私とみひろは従妹同士って事になっちゃうし!
そもそも葉室家と全然関係のないママが、なんでそんな事知ってんのよって話になっちゃうし!
疑惑の目を向ける私たちを尻目に、ママは憂いた視線を波打ち際に向け、長嘆息を洩らしている。
「ちょっとママ! いい加減な事言わないで! ママにお姉さんがいたなんて話、私だって聞いた事ないよ? お祖母ちゃんだって、そんな話一切してなかったし!」
「それはそうよ。だって依子姉さんは十五歳の時に葉室財閥に連れていかれて、それっきり戻ってこなかったんだから」
「は?」
「お祖母ちゃんも、みひろさんが姉さんの子供だって気付いてたけど、今更祖母とは言い出せなくて何も言わなかっただけでしょう」
「はあぁっ!?」
私は素っ頓狂な声を上げ、みひろに振り返った。みひろは私と目が合うと、ふるふると小刻みに首を振る。そうだよね! みひろだってそんな話、聞いてないよねっ!?
第一みひろのお母さんは、表向き亡くなった扱いになってるわけで。なぜか久右衛門さんと一緒に
もしかして依子さんがウチに来たのって……自分の母親のお祖母ちゃんが、亡くなっちゃったから!?
亡くなったお母さんに、お線香あげに来たって事!?
動揺する私の代わりに、みひろが言葉を選びながら話し始める。
「万智子さん……葉室六郎太――お父さまが亡くなられた後、全ての妾は葉室姓から旧姓に戻る事となり、母も木村依子と名乗っていました。木村家と有海家に接点はなかったように思いますし、私自身、母からそんな話を一度も聞かされた覚えがありません」
「みひろさんが知らないのは、そう驚くべき事でもないわ。これは葉室一族にとって禁忌に触れる話で、あなたを含め葉室家本家の方であっても、この事実は知らされていません。なぜならこれを知ってしまえば、あなたは万能薬どころか葉室財閥すらどうでもよくなって、家を出て行ってしまうから」
それはない! だってみひろは、いっつも家を優先してきたんだから。
放逐される妾とその子供を見送りながら、いつ自分がそうなってしまうかも分からない。そんなプレッシャーの中どうやって葉室家で生き残っていけばいいのか。そればかり考えてきたんだから!
もちろん、みひろは即座に「それはありえません」ときっぱり否定した。
「仮にその話が事実だったとして、なぜあなたはこのタイミングで、そんな事を言い出したんですか? 真偽不明の与太話を聞かせる代わりに、自分たちを見逃がせという、交渉のつもりですか?」
「違うわ、これは交渉材料なんかじゃない。たとえ聞きたくないと言っても、私はあなたに伝えます。信じる信じないはあなた次第……もっとも、信じたくなくても地頭のいいあなたの事ですから。信じないわけにはいかないと思いますけどね」
「回りくどい言い方はよして下さい。何を聞いたところで、私が葉室家を出て行くような事はありえません」
「さぁ、どうでしょうね。例えばこんな話はいかがかしら」
そう言って、ママは海風に乱れた髪をかき上げ、みひろを見据えた。
その紫の瞳に、怒りの炎を纏わせて。
「あなた方葉室財閥の暴君・葉室久右衛門が、私たち有海家の家族にした仕打ちを……教えてあげるわ」
* * *