不自然な通行止めによる渋滞を、けたたましいサイレンを鳴らす事で回避した救急車は、海水浴場近くの駐車場に入っていく。冬に差し掛かろうとしてるこの時期、駐車場に車はなく、人も全く見当たらない。
救急車の後ろをピッタリ貼り付く二台のバイク――夏美さんと私、伊織さんとみひろも駐車場に入り、バイクを停めてヘルメットを脱いだ。
ママとジルコが降りてくると、二人は余裕の笑みを浮かべ私たちを出迎える。
どうして笑っていられるのか、私には全く分からない。
「夏美さんと伊織はバイクの傍で待機してて下さい。救急車が逃げ出しても、いつでも追いかけられるように。交渉は、私と藍海でします」
「かしこまりました」
伊織さんは素直に頷くもその顔は緊張で強張っており、心配でたまらないといった雰囲気だ。
夏美さんはバイクに跨ったまま、私たちの様子を静かに見守っていた。
「みひろ様……久右衛門さま率いる特殊部隊も、じきこちらに到着します。多勢に無勢がはっきりすれば、彼らも投降に応じるはずです。できるだけ無茶はなさらず、時間を稼ぐ事に専念して下さい」
伊織さんの忠告はもっともだ。
私たちはバイクだからすぐに追い付く事ができたけど、久右衛門さん率いる葉室警備特殊部隊の車両は、思いっきり渋滞に巻き込まれていた。
彼らが到着するまでここに足止めしておけば、自ずと勝ちが見えてくる。わざわざ危険を冒してまで戦う必要はない。
「ありがとう伊織。それは私も分かってますし、彼らも分かってるはずなのですが……」
みひろは右目に黒眼帯を付けると、踵を返してコイントスした。コインが眼帯裏に引っ込むと、私たち二人はゆっくりした足取りで、ジルコとママに向かっていく。
歩きながら、みひろは小さな声で私に話し掛けてきた。
「どちらかが万能薬を持ってるはずです。私が透視でその在り処を見つけますので、藍海はいつものようにスっちゃって下さい」
「え? でも伊織さんが言ってたみたいに、積極的にスらなくてもよくない? ここで時間稼ぎしていれば、葉室警備の人たちがなだれ込んでくるんでしょう?」
「それはそうなんですけど……ちょっと気になる事があるんです」
「気になる?」
「後ろは浜辺で、港もなければ桟橋もなく、船で逃げる事もできない。どうして彼らは、こんな袋小路みたいな海水浴場の駐車場に停まる事にしたのでしょう?」
「……何か、逃げるための策があるって事?」
「分かりません。ですが万能薬をスられてしまえば彼らも逃げるわけにはまいりません。スれるチャンスがあるなら、迷わずスッちゃって下さい」
二人に十分近づいたところで、ママは私に話し掛けてきた。
「藍海、一緒に来てとはもう言わない。でもお願いだからもうこれ以上、パパの治療の邪魔をしないで」
「ママ……」
ダメだ……ママを前にすると、どうしても決心が鈍る。だって、万能薬をスってしまえばパパは助からない。自分が間違った事をしてるように思ってしまう。
そんな私の逡巡を察したか、みひろは私の腕を引き、代わりに自分が前に出た。
「万智子さん! 最愛の旦那さまを万能薬で治したいという、あなたの目的は理解できます。でもその願いを叶えるために、最愛の娘を放置し蒸発するなんて……。そんな事をすれば藍海が傷つく事くらい、どうして分からなかったのですかっ!?」
「みひろ……」
まさかみひろが、そんな事を聞くなんて……その凛とした横顔に、胸を打たれる。どんな時も笑顔と冷静さを失わないみひろが、声と表情にわずかな怒気を含ませている。
私のために怒ってくれている――そのわずかな変化に気付くだけで、私の心臓はドキドキと脈打ち、手のひらに変な汗が滲み出てくる。
「あなたがいなくなった事で藍海はスリを働く事となり、心無い親戚から破廉恥な目を向けられ、コインを巡る命賭けの戦いに巻き込まれています。自分を治すため、
「それはあなたたち葉室財閥が、藍海を利用してるからでしょう?」
「違います」
みひろはきっぱり否定する――え? 違ったっけ?
「藍海と私はお友達です。お友達は利用するものじゃない。互いに信じあい、助けあいたいと思ってるからこそ、藍海は私たちに協力してくれてるんです!」
大真面目なみひろの主張に、面食らうママとジルコ。……そういう話だったっけ?
私は堪え切れず吹き出した。みひろは驚き私に振り向くと、赤いほっぺを膨らませる。
「どうして藍海が笑うんですか!」
「ごめんごめん。今のなんかこう、みひろらしいなって思ったら笑えてきて」
「酷いです! 私今、すごくいい事言ったはずなのに……」
「大体みひろは、私の友達っていうか」
「え?」
みひろの肩に手を置くと、私はすっと、彼女の身体を抱き寄せる。
黒髪が舞いフレッシュピーチの匂いに包まれると、耳元で天使の声が囁いた。
「ジルコさんのジャケット、内ポケットの右です……」
私は一瞬みひろを抱きしめると、目と目を合わせて言った。
「みひろは私の……唯一無二の親友だって、言ってんの!」
先手必勝。頬染めるみひろを突き飛ばすと、ママの隣でつまらなそうに立ってるジルコにダッシュする!
女子二人のイチャラブシーンから一転、急なバトル展開に、ジルコは一瞬虚を突かれたもののすぐに右手の金爪を構え迎撃態勢。そこにみひろの大声がこだまする。
「やめなさーいっ!」
もう最初っから出し惜しみなし。みひろの
ジルコの動きがピタリと止まったところで、私の右手が瞬息で上着の内ポケットへと伸びていく。
ギフテッドの右手が上着の中に吸い込まれる――その時!
「許しませんよ、藍海」
ママの低い声が聴こえた瞬間、白いプレッシャーは真紅の雷に切り裂かれ、落雷のごとき衝撃が胸に広がっていく。当然私の動きはピタリと止まり、動いているのは額から流れる冷や汗のみ。
ママの
息を呑む金縛りに動転する私の背後で、聞き覚えのある銃声が響く。
私を切り刻もうとしたジルコは、瞬時にバックステップ、銃撃から逃れる。
やがて自由になった首を回し振り返ると、伊織さんがバイクを盾に、硝煙上がる拳銃を構えていた。
ジルコも左の内ポケットから拳銃を抜き……伊織さんではなく、みひろに銃口を向ける!?
「みひろ様っ!」
伊織さんの叫びも空しく、ジルコの拳銃が火を噴いた。