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8-08 三人

 私はみひろの背後に立ち、儀式の様子を見守った。

 星形の頂点から向き合う、錬金金貨クリソピアコインを身に着けた五人の蒐集家コレクタ

 しばらくすると、コイン同士が共鳴し合うような、高周波ノイズが聴こえてくる。それと同時に、向かい合う五人の真ん中辺りに、直視できないほど強い光が放たれた!

 やがて光が収束すると、そのエネルギーは一つの塊となり、何かが宙に浮いている。

 遠くからじゃほとんど見えないくらい小さな……そう、まるでタブレット型の錠剤みたいな……これが、万能薬!?

 と思った瞬間、目の前のみひろが、がくんと崩れ落ちた。


「みっ……みひろっ!?」


 私は慌ててみひろを抱きかかえる。地面に倒れたてもヘリポートには人工芝が敷いてあるので大丈夫だとは思ったが、倒れる寸前でなんとか受け止める。


「あい……み、ありがとう……ございます」


 腕の中、息も絶え絶えに礼を言うみひろ。

 その右目には金色のコインが光っていて、いつもと様子は変わらなく見えるのに……まるでフルマラソンでも走り終えたかのように、荒い呼吸を繰り返している。


「急にどうして……いったい何が――っ!?」


 周りを見回すと、夏美さん、リーラちゃん、ミセリさんまで、人工芝に倒れていた。

 みんな、みひろ同様疲れ果て、苦しそうな呼吸がここまで聴こえてくる。


「これってもしかして……万能薬精製の副作用!?」


 中央に発現した万能薬に目を向けると、瞬間頭に血が上る。

 ジルコが、万能薬を両手で包み込むよう手に取って、こちらにニヒルな笑みを送ってる!?


「なっ!? なんであんただけ、ピンピンしてんのよっ!」


 叫ぶと同時に、ジルコに目掛けてダッシュする。

 冗談じゃない! このまま万能薬を持ち逃げされてたまるものか!

 するとジルコは、右手の指抜きグローブの隙間からコインを取り出しコイントス。キィィンと高い音を立て飛び上がったコインは、改めてジルコの右手に貼り付いた。

 どういう事!? こいつ、さっきコイン付けてなかったの!?


 お祖母ちゃん直伝の爪斬りネイルカッターと、ジルコの偽造天賦コインド・金の爪刃ソウジンが、激しい音を立て交差する。

 結果は歴然。鈍色の人差し指と中指のネイルが、ぱっくり割れて地面に落ちた。

 ダメだ……普通のネイルカッターじゃジルコの金の爪刃に敵わない。無機物は全て斬り捨てられてしまう!


 その時、ママを乗せた電動車椅子がすごい勢いでバックしていった。

 行き着く先は、屋上階に留まるエレベータ。疲労困憊な様子のママは何度か手で壁をまさぐると、エレベータの扉を開けて中に乗り込む。


「ま……待って!」


 追い駆けようと手を伸ばす私を、ジルコが見逃すはずもなく。

 お腹に衝撃が走ると、私はジルコの爪弾ソウダンでふっとばされていた。

 人工芝を転がったおかげで身体の痛みはほとんどない。すぐに態勢を立て直し顔を上げると……ママとジルコの乗ったエレベータの扉が、閉まっていく様子が目に映る。

 くっ……やられた。やっぱり初めから、万能薬を渡す気なんてなかったんだ!


「みんなっ! 大丈夫?」


 とりあえず、皆の無事を確認したい。

 リーラちゃん、夏美さん、ミセリさんまで……いまだ地面に寝転んだまま、荒い呼吸を繰り返している。


「あいみ……私たちの事はいいから、早くジルコを追ってください……」


 みひろは顔を上げ、息も絶え絶えにそう言うと、突っ伏したように倒れてしまう。


「ごめんっ!」


 駆け寄りたい衝動を心の中で握り潰し、私はエレベータ横にある階段へと走り出した。


* * *


 エレベータ上のランプが止まったのは五階。屋上のすぐ下の階だった。

 どうやらこのフロアは以前、入院施設として使っていたようで、病室らしき部屋は全てスライドドア方式になっていた。

 放置された施設なはずなのに、廊下にはゴミひとつ落ちてない。静まり返る廊下をひたすら走ると、すぐ外で大きな爆発音が聞こえた。上空からドローンで監視していた葉室警備が、アマルガムに万能薬を取られた事を確認し、突撃をしかけてきたのだろう。

 一階はアマルガムの外国人部隊がバリケードを敷いている。今頃激戦が繰り広げられてるに違いない。はやくママを探し出して万能薬を奪い返さないと……ママが殺されちゃう!


 爆発音が収まると、付き当たりの病室から小さな機械音が聞こえてきた。私はスライドドアの取っ手に飛びつき、バンッと勢いよく開け放つ。


 そこには……車椅子に座って慈愛の笑みを浮かべるママと、医療機器から伸びる管に全身繋がれ、身動き一つ取れない寝たきりの患者さんがいた。

 ママは私に振り向くと、優しい顔で「こっちに来て」と手招きする。

 懐かしいママの笑顔に、ついつい警戒心が緩んでしまう気持ちを、下唇を噛んで引き締める。

 私はゆっくりと、ママに近づいていく。


「久しぶりね……こうして三人が揃うなんて」


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