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8-06 八雲の告白

 八雲さんは、自らの病気について告白した。

 その病名は以前みひろが推測した通り、先天性免疫不全症候群。現代の医学では完治が見込めない難病だ。

 八雲さんは生まれつき極端に免疫力が弱く、ひとたび外に出ればすぐ病気にかかってしまい、何日も生死の境を彷徨う事になる。

 そのため人と会う時は、お相手には必ずメイドによる徹底洗浄を受けてもらわなければならない。

 八雲さん自身も、この儀式を朝晩二回、毎日受けなければならない。

 それでも八雲さんは外に出られない。屋敷の中すら自由に歩けない。この大講堂だけが、彼が自由に歩ける世界なのだ。


「普通の家庭に生まれていたら、僕はとっくに死んでいた事だろう。曲がりなりにもこうして二十歳はたちまで生き伸びてこれたのは、日本有数の財閥――葉室財閥に生まれたおかげだ。でも、僕だって人間だ。屋敷を飛び出して、自由に外の世界を見て回りたい。それが実現可能なら、どんなリスクだって受け入れる。たとえそれが、錬金金貨によって生み出された、妖しげなクスリだったとしても」


 みひろは私に寄り添うと、熱っぽく語る八雲さんを見上げたまま、ぎゅっと手を握ってくる。

 八雲さんとはくらぶべくもないが、みひろも氏立探偵とか祀り上げられ、長い期間財閥内に閉じ込められていた。外の世界に憧れる八雲さんの気持ちは、痛いほどよく分かるのだろう。

 そうだよ。だってみひろは――玄関で靴を脱ぐ事すら知らず、リビングを物置だと勘違いしてしまうほどの世間知らずだった。きっと八雲さんもウチに来たら、同じ事をするに違いない。

 そんなみひろも数か月女子高生として学校に通い、放課後バイトして、コインを回収するために街を駆けずり回った。

 私が想像するより遥かに楽しく、キラキラした日々を過ごしていたに違いない。

 八雲さんにも、同じ気持ちを味わってほしい……外の世界を見せてあげたい。そんな思いが、みひろの手からじんじん伝わってくる。


「私からも――」


 気付いた時にはもう、声が出ていた。


「お願いします……夏美さん、リーラちゃん、ミセリさん。協力して下さい」


 私は立ち上がって三人に頭を下げる。みひろも、ステージ上の八雲さんも、一緒になって腰を折ってくれた。


「わ、私はオッケーだよ! 藍海ちゃんにもみひろさんにも葉室財閥の人にも、よくしてもらってるし……」


 夏美さんは明るい声で承諾してくれる。


「私も協力する。アマルガムにいた時も、万能薬を造る事が最終目標だった。コレクタになったからには、これは避けて通れない」


 リーラちゃんも、相変わらず子供らしからぬ度胸で同意してくれた。

 そうなると、私たちの視線は自然とミセリさんに集中する。


「あーもーっ、分かったよ! 私も協力する! 私だって葉室財閥にはお世話になってるし、それなのにコイン盗まれちゃったせいでなんのお返しもできてないし。八雲さんの気持ちも……十分すぎるくらい伝わったから」

「ありがとう、ミセリさん!」


 みひろがミセリさんに抱きつくと、私と夏美さん、リーラちゃんも集まって、みんなで喜びを分かち合う。

 万能薬精製が、どれほど大変な事かは分からない。でもこの五人なら、きっと成し遂げる事ができるはず!

 感動的な空気が大講堂を包む中、突然巨大モニタに、厳めしい爺さんのドアップ顔が映った。


「よろしい! では早速現場に急行しろっ!」

「お祖父さまっ!?」


 威厳たっぷりの大声に、腰抜かしそうなほど驚く私たちだったが、みひろが叫ぶと同時にどこからかウーウーと、威嚇するような警報サイレンが鳴り響いた。


「ぐずぐずするな! 十分以内に着替えて屋敷屋上のヘリポートに集合じゃ! 全員くれぐれも、コイン・ペンダントを忘れるでないぞ、八雲っ! お前は葉室警備のドローン部隊をリモートで指揮しろ。儂は現場で陣頭指揮を執る」

「お祖父さま自ら、現場に出られるんですか!?」

「当たり前じゃ……儂はこの日のためにコインを集めておったのじゃぞ。勝負どころで人任せにする経営者は、愚者であると心得よ!」

「はっ!」


 いまだ呆然と立ち尽くす私たちを見やると、モニタの中の久右衛門は年齢に見合わない大声でどやしつける。


「急げと言っとるのがわからんのかっ! さっさと支度して現場に急行しろ!」


* * *


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