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8-05 最後の希望

 おずおずと、右手を挙げる夏美さん。


「コレクタが五人集まれば万能薬とやらを精製できるってとこまでは理解したんですけど……具体的に、五人集まって何をすれば造れるんです?」


 八雲さんは、笑顔を崩さず答える。


「古文書によると『コイントスした状態の五人が互いに向き合えば』と書かれてるだけで、それ以上の記述はありません」

「それで本当に万能薬が出来たとして……コインは今まで通り使えるんですか?」

「それについても、古文書に明確な言及はありません。ただし『万能薬の精製は、コインコレクタが揃えば何度でも行う事ができる』と書かれているので、コイン自体が消えてなくなるわけではないと推測されます」


 特に誰がというわけではないが、この場にいるコレクタ達の間に安堵の空気が流れる。

 形は違えど、それぞれ葉室財閥にはお世話になってるわけで。コインコレクタでなくなってしまえば、それも長くは続かないと、分かっているからだろう。


「それで……その万能薬って、どんな病気も治せちゃうんですか?」

「それはまだ分かりません。それを調べるためにも、まずは入手したいところです」

「分かりました……正直に答えて頂きありがとうございます。私、喜んで協力しますっ!」


 夏美さんが明るくそう言うと、続けて隣に座るミセリさんが声を上げた。


「万能薬やらアマルガムやら……これで一通り説明はしてもらったわけだけど、正直私はよく分かってない。でも葉室財閥にはお世話になってるし、これからもお世話になるつもりだから、私にできる事ならなんでも協力したいとは思ってる」

「ありがとうございます、ミセリさん」

「ただし、ひとつだけ確認させてほしい。その万能薬精製って行為は、コレクタに危険が及ばないのかい?」


 夏美さんにはすらすら答えてた八雲さんだけど、ミセリさんのこの質問には、固く口を閉ざしてしまう。

 まぁ……誰もやった事がない事をやろうとしてるわけで、答えは『やってみないと分からない』しかない。

 ただそれを言って、尻込みさせるわけにもいかないわけで……そんな八雲さんの苦悩が、彼の表情に透けて見えてしまう。


「例えば、リーラちゃんはまだ小学生だ。暴漢が襲ってくるなら私が守ってあげる事もできるだろうが……なんたってコインは、身体に貼り付く不思議パワーだ。もし身体に異常をきたしとんでもない体調不良になったとしたら……大人の私たちなら耐えられる事でも、この子には無理って事もあるんじゃないか?」


 突然振られたリーラちゃんは、座ったままちっさな足を組み直し「はんっ!」と鼻で息を巻く。


「私の<バッカナール>は、どんなスキルでもコピーできる。体力が必要ってんなら、あんたのパワーをコピーすれば、自分の身は自分で守れる」

「そ、そんな事できるの?」

「そ。ミセリは私の心配より、自分の心配しといた方がいいんじゃない? あんたは鼻が利くしか能がないんだから。万能薬造った直後、ジルコがコインを盗んでいっても分かんないでしょう?」


 確かに……。

 錬金金貨クリソピアコイン偽造天賦コインドの中でも、<バッカナール>のコピー能力は分かりやすく強力で、汎用性が高い。私のスリスキルはもちろん、ミセリさんの筋力、みひろの聖庇アジールすら、舐めるだけでコピーして使いこなせる。

 でもその弱点も、これまた非常に分かりやすいわけで……私はリーラちゃんに訊いてみる。


「<バッカナール>の弱点……髪を切ったら獲得したスキル全部消えちゃうってのは、アマルガムの人も知ってるの?」

「……知ってる」

「じゃあダメじゃん! ちょっとでも髪長かったら、ジルコのネイルカッターで丸坊主にされちゃうよ」

「ひぃっ……!」


 怯えた顔で、金髪頭を抱えるリーラちゃん。


「元より、武装したテロリストが相手です。百パーセントの安全なんて考えてたら、事を構える事はできないでしょう……」


 みひろは穏やかな口調でそう諭すも、私以外の三人は釈然としない表情のまま。そりゃそうだ。

 みひろは八雲さん……ひいては葉室財閥のため。

 私はママを捕まえて、ちゃんと話をするため。

 私たちには確固たる目的があって、そのためなら多少の危険は覚悟の上だけど……夏美さんたちにとってコインは降って湧いた幸運であり、裏返れば災難にもなり得るやっかいなシロモノだ。

 本当に精製されるのか、どんな効果なのかも分からない万能薬なんて、リスクを抱えてまで精製する必要はないわけで……。


「ま、何が起きるかなんてやってみないと分からない。出たとこ勝負って事だよね……」


 ミセリさんが肩を竦めると、八雲さんは突然降壇し、私たちに深々と頭を下げた。


「たのむっ……この通りだっ!」


 みひろが真っ青になって立ち上がり、あたふたと八雲さんを止めに入る。


「やっ……やめてください、八雲さん! まだ私たち、やるともやらないとも……」

「確かに、君たちを危険な目に合わせてしまうかもしれない! なんの効果もない薬かもしれない! でも! それでも万能薬は、僕の最後の希望なんだ!」


* * *


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