私たち全員が席に着くと、八雲さんはステージ端の講壇に立ち、リモコンで背後の巨大モニタのスイッチを入れた。
最初に画面に映ったのは、関東地方の地図。しばらくすると複数のバツ印が出現し、そこから棒線が伸びて、場所の名前と人数らしき数字が表示された。
「バツ印は、この一週間でコイン探索班改めコイン奪取班が占拠した、アマルガムの拠点を表している。数字はその拠点で制圧した、アマルガム構成員の数だ」
「その中に、万智子さんとジルコさんは……」
みひろが問いかけると、八雲さんは小さくかぶりを振った。
「まだ確保はできてない。だが昨日から有海万智子とジルコは、神奈川県三浦半島にある無人の施設に、十数名の傭兵と一緒に立てこもっている。建物は既に葉室警備特殊部隊が包囲し、これ以上の逃亡はできない状況だ」
「素晴らしいです! それならもう、確保は時間の問題ですよね?」
「それがそうでもない……この詰将棋は始まったばかり。どこにどう手を打つか、今まさに悩んでる状況だ」
八雲さんがリモコンを操作すると、画面はスマホ動画を貼り付けたスライドになった。
撮影された映像は、手前にだだっ広い駐車場。その奥に、介護施設のような殺風景なビルが映っている。
ビルの中腹にカメラがズームすると、窓から身を乗り出したジルコが、左手に黒い板を持って何か叫んでる。カメラが遠すぎて、ジルコの声は全く入ってない。
しばらくするとジルコは右手の爪を一閃、左手に持った黒い板の下半分がスパッと切れて、片割れが地上に落ちた。
慌ててカメラがズームアウトすると、黒い板がアスファルトに落ちる映像と『バンッ、ババンッ』という大きな金属音が聴こえた。あれって鉄板……だよね?
「これ、ジルコはなんて言ってるんですか?」
「特殊部隊が突入してきたら、<ガンダルヴァ>のコインを真っ二つにするぞと、脅しをかけてきた」
「え!? コインを真っ二つになんて、そんな事できるんですか?」
私の
「だからジルコは、こんなパフォーマンスをしたんだ。映像で彼が真っ二つに斬り落としたのは、厚さ四ミリの鉄板。藍海さんのネイルカッターじゃ、絶対に斬れない代物だろう?」
「そうですね。さすがに金属相手じゃ……って、えっ!?」
ジルコはコインを持ってない。だから私と同じで、あの分厚い鉄板を紙みたいにスパッと切るなんて不可能だ。でも彼は実際にやってのけた……という事は!
驚愕する私の思考を見透かしたみたいに、みひろが代わりに答えてくれる。
「ジルコが使ったのは、<ミダスタッチ>で生み出した金の爪。コインを奪われる前に、念のため作っておいた予備を、接着剤か何かで爪に貼り付けた……?」
「おそらくそうだろう。先日ホテルロビーで拾得したジルコの金爪が今もそのまま残ってる事から、ジルコは予備の
ジルコの<
その爪は人や動物を傷つけられない代わりに非生物――布や鉄、金属なんかも簡単に切り裂いてしまう。
当然、
「コインって真っ二つになっちゃたら、どうなるんですか?」
「それは誰にも分からない。我々もジルコの金爪を入手していますが、まさか本当にコインを切ってしまうわけにもいかないので」
「相手の要求は、他にもありましたか?」
みひろの質問に、八雲さんは待ってましたと頷いた。
「まさにそれが、君たちコレクタ四名と藍海さんをお呼び立てした理由なんだ。皆さん、コインとコレクタが五人揃うと万能薬が手に入るという話は、聞いてますよね?」
八雲さんが私たちを見渡すと、私とみひろはもちろん、ここまで黙ったままの夏美さん、リーラちゃん、ミセリさんも揃って首肯する。
「アマルガムの要求は、現在葉室財閥が確保してるコイン四枚とコレクタ四名を施設に呼び出し、ジルコとミセリさんでコインの交換をして、その場で万能薬精製実験をしろ……という内容だ」
「はぁっ!? そんなの私たちに万能薬だけ造らせて、ジルコがスって持ち逃げするに決まってるじゃない!」
立ち上がって語気を強める私を、みひろはなだめるように手を握った。
渋々座り直すと、みひろは穏やかな声で八雲さんに訊く。
「それは一緒に万能薬を造ろうというだけで、渡せという要求ではなかったんですか?」
「もちろん。精製された万能薬は葉室財閥に譲ると言っている。彼らは古文書の記述に懐疑的だ。万能薬を入手する事よりも、本当に万能薬なんてものが造れるかどうか確認したい。そっちの方が、彼らにとって優先順位の高い事項なのかもしれないね」
「いずれにせよ、ジルコに<ミダスタッチ>のコインを返さなきゃならないんですよね?」
「ああ。それと引き換えに、葉室財閥側は<ガンダルヴァ>のコインと万能薬を手に入れる事ができる。悪い取引ではない」
「……その話、鵜呑みにしてるわけじゃありませんよね?」
真意を探るようなみひろの口ぶりに、八雲さんは眉尻を下げて笑顔を見せる。
「さすがの僕もそこまでお人好しじゃないよ。とはいえ、既に施設周辺は百人を超える特殊部隊が取り囲んでるし、空には偵察用ドローンも飛ばしてる。ジルコが隙を見て万能薬を盗んでも、この包囲網を突破する事は難しいだろう」
「なら、どうして彼らは万能薬を精製させようとするのでしょう? しかもわざわざ、彼らが逃げ込んだ施設内で……」
「実際に万能薬が精製できると確証が得られれば、彼らはコインを一枚所持してるわけだし、今後も交渉のテーブルに付く事ができると考えたんじゃないかな。今回造った万能薬は葉室財閥に譲るとして、次に万能薬を精製する際はアマルガムに渡さなければ今後一切協力しない……とか」
八雲さんは身振り手振りを交え、熱心に説明してくれる……まるで八雲さん自身が、アマルガムの代弁者のように。
私とみひろは、なんとなく彼の気持ちを察する事ができるけど、他の三人は……怪訝な顔で葉室財閥御曹司を見上げていた。
「あの~、ちょっといいですか?」