首だけ立てて声の主を見ると……近藤さんが、久右衛門さまに銃口を向けていた。
「もうやめようよ、近ちゃんっ!」
「我々がやった事は、全て葉室警備に伝わっている。やめるんだ、近藤くん!」
共犯者二人に止められるも、近藤さんは空に一発引き金を引き、轟く銃声で黙らせる。
「うるさいっ! 俺はもう終わりだ。家族ももう助からない。だったらせめて……せめてこの男を、道ずれにするしかないじゃあないかっ!」
一目見ただけで、近藤さんが銃の扱いに長けてない事が分かる。
普段なら力ずくで制圧できそうなところだが、今は立ち上がるどころか、上体を起こす事すらままならない。
葉室警備が……応援が来るまで、なんとか私が時間を稼ぐしかない。
「こ――」
「近藤さん、お願いがあります」
私が声を上げる前に、彼の前に立ち塞がったのは――黒髪紫目の小さな女の子。
ダメだよみひろちゃん! 葉室家に恨みを持つ近藤さん相手に……君じゃ危険すぎる!
「今、リーラちゃんが葉室警備に捕まってます。もしこのままお祖父さまが帰らぬ人となったら、あなたはもちろんマルティナさんも、二度と彼女に会う事はないかもしれません……」
意外な名前が出てきて、近藤さんは動揺している。
ちらっとマルティナさんの顔を窺うと、彼女も真剣な顔で何度も頷いてた。
「それがどうした……マルティナは俺に脅されて、嫌々協力してたんだ。その娘がどうなろうと、俺の知った事かっ!」
「あなたとマルティナさんは、お付き合いをしてたんじゃないんですか?」
「……」
「お祖父さまが亡くなれば、葉室財閥は上を下への大騒ぎ。誰かが田舎の中古車会社に資金提供してたお金も、財閥内で地位を確保するために回すに決まってる――そう考えたあなたはお祖父さま誘拐計画を立て、ほとぼりが冷めた頃にマルティナさんとリーラちゃんを呼び寄せ、一緒にお父さまの会社を盛り返そうとしてたんじゃないですか?」
「……」
近藤さんは黙ったまま……いや。
小さい子供に計画の全貌を見透かされ、驚きと戸惑いでなんと言っていいのか分からなくなっている。
「お前に、俺たち使用人の何が分かるってんだ……子供はどいてろ、怪我するぜ」
「その子供に、図星を突かれて言い返す事もできず、愛する女性と子供を見捨て、銃で老人を殺すのですか?」
「だから……お前に何が分かるっつってんだよっ! 何不自由なく育ち、将来が約束されてる葉室家の子供に、俺たちの気持ちなんてわかるわけねーだろっ!」
「それは……偏見です」
身体がバッキバキに痛むが、それでもムチ打ち上半身を起こす。
ここで踏ん張れなきゃ……無実を証明してくれたみひろちゃんに、何も恩返しできなくなってしまう!
「みひろちゃんは庶子です。六郎太さま亡き後、妾だった依子さんも含め、使用人と大差ない扱いになってます。だからみひろちゃんも、葉室家で生き残るために必死です。手を挙げ、知恵を絞り、こうして銃を持ってがなる大人にも、果敢に立ち向かっています……。葉室家を、守るために」
「黙れ井原!」
「黙りませんよ、先輩……。先輩が教えてくれたんじゃないですか。葉室家のベンツは要人専用特別仕様。ヒットマンは狙撃を諦め、爆弾による暗殺に切り替える……。誰よりも真面目に運転士の仕事に取組み、久右衛門さまの安全に気を配っていたあなただからこそ、爆弾を仕掛けられるリスクを極限まで減らすため、自分たちで車のメンテをしてたんですよね?」
「……」
「そういうプロフェッショナルから引き継ぎしてもらってなければ、私はさっき、久右衛門さまを救い出す事ができなかった。あなたの仕事が、葉室家を救ったのです! 今ここで九衛門さまを殺す事は、過去の自分の仕事を殺す事になる。あなたを含め葉室家に関わる全員の努力を、無駄にする事になるっ! 自分で自分を殺すのは、やめて下さい!」
近藤さんは俯くと、小さく肩を震わせ始めた。
最初は泣いてるのかと思っていたが……次に顔を上げた瞬間、一気に血の気が引いていく。
彼は、右手で持ってた拳銃を両手に持ち替え、改めて久右衛門さまに狙いを定めていた。
「だとしても……俺はこの爺と一緒に地獄に堕ちるしかない。何もかも、遅すぎたんだ」
無慈悲な銃声が、断崖の壁にこだまする。
「がはっ……」
「お母さまっ!?」
一瞬早く久右衛門さまに飛びついた依子さんが、背中を撃たれ血を吐く。
「依子さんっ!」
「おかあさま……おかあさまっ!」
銃声を聞きつけたのか、葉室警備の制服を着た人が雪崩れ込んできた。拳銃を持って呆然と立つ近藤さんを地面に組み伏すと、他の者は担架で依子さんを運んでいく。
泣き叫ぶみひろちゃんの高い声だけが、荒れ狂う波の音に負けずいつまでも耳をつき……私はその声を拒否するように意識が遠ざかっていく。
崩れ落ちる私を、誰かが支えてくれた。依子さん同様担架に乗せられた私は、どこかに運ばれていく。
そのリズミカルな振動が眠気を誘い、私は気を失うように眠りについた。
夢の中でも、泣き叫ぶ少女の声は耳奥にまとわりつき、決して消える事はなかった。
* * *