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7-15 自分で自分を

 首だけ立てて声の主を見ると……近藤さんが、久右衛門さまに銃口を向けていた。


「もうやめようよ、近ちゃんっ!」

「我々がやった事は、全て葉室警備に伝わっている。やめるんだ、近藤くん!」


 共犯者二人に止められるも、近藤さんは空に一発引き金を引き、轟く銃声で黙らせる。


「うるさいっ! 俺はもう終わりだ。家族ももう助からない。だったらせめて……せめてこの男を、道ずれにするしかないじゃあないかっ!」


 一目見ただけで、近藤さんが銃の扱いに長けてない事が分かる。

 普段なら力ずくで制圧できそうなところだが、今は立ち上がるどころか、上体を起こす事すらままならない。

 葉室警備が……応援が来るまで、なんとか私が時間を稼ぐしかない。


「こ――」

「近藤さん、お願いがあります」


 私が声を上げる前に、彼の前に立ち塞がったのは――黒髪紫目の小さな女の子。

 ダメだよみひろちゃん! 葉室家に恨みを持つ近藤さん相手に……君じゃ危険すぎる!


「今、リーラちゃんが葉室警備に捕まってます。もしこのままお祖父さまが帰らぬ人となったら、あなたはもちろんマルティナさんも、二度と彼女に会う事はないかもしれません……」


 意外な名前が出てきて、近藤さんは動揺している。

 ちらっとマルティナさんの顔を窺うと、彼女も真剣な顔で何度も頷いてた。


「それがどうした……マルティナは俺に脅されて、嫌々協力してたんだ。その娘がどうなろうと、俺の知った事かっ!」

「あなたとマルティナさんは、お付き合いをしてたんじゃないんですか?」

「……」

「お祖父さまが亡くなれば、葉室財閥は上を下への大騒ぎ。誰かが田舎の中古車会社に資金提供してたお金も、財閥内で地位を確保するために回すに決まってる――そう考えたあなたはお祖父さま誘拐計画を立て、ほとぼりが冷めた頃にマルティナさんとリーラちゃんを呼び寄せ、一緒にお父さまの会社を盛り返そうとしてたんじゃないですか?」

「……」


 近藤さんは黙ったまま……いや。

 小さい子供に計画の全貌を見透かされ、驚きと戸惑いでなんと言っていいのか分からなくなっている。


「お前に、俺たち使用人の何が分かるってんだ……子供はどいてろ、怪我するぜ」

「その子供に、図星を突かれて言い返す事もできず、愛する女性と子供を見捨て、銃で老人を殺すのですか?」

「だから……お前に何が分かるっつってんだよっ! 何不自由なく育ち、将来が約束されてる葉室家の子供に、俺たちの気持ちなんてわかるわけねーだろっ!」

「それは……偏見です」


 身体がバッキバキに痛むが、それでもムチ打ち上半身を起こす。

 ここで踏ん張れなきゃ……無実を証明してくれたみひろちゃんに、何も恩返しできなくなってしまう!


「みひろちゃんは庶子です。六郎太さま亡き後、妾だった依子さんも含め、使用人と大差ない扱いになってます。だからみひろちゃんも、葉室家で生き残るために必死です。手を挙げ、知恵を絞り、こうして銃を持ってがなる大人にも、果敢に立ち向かっています……。葉室家を、守るために」

「黙れ井原!」

「黙りませんよ、先輩……。先輩が教えてくれたんじゃないですか。葉室家のベンツは要人専用特別仕様。ヒットマンは狙撃を諦め、爆弾による暗殺に切り替える……。誰よりも真面目に運転士の仕事に取組み、久右衛門さまの安全に気を配っていたあなただからこそ、爆弾を仕掛けられるリスクを極限まで減らすため、自分たちで車のメンテをしてたんですよね?」

「……」

「そういうプロフェッショナルから引き継ぎしてもらってなければ、私はさっき、久右衛門さまを救い出す事ができなかった。あなたの仕事が、葉室家を救ったのです! 今ここで九衛門さまを殺す事は、過去の自分の仕事を殺す事になる。あなたを含め葉室家に関わる全員の努力を、無駄にする事になるっ! 自分で自分を殺すのは、やめて下さい!」


 近藤さんは俯くと、小さく肩を震わせ始めた。

 最初は泣いてるのかと思っていたが……次に顔を上げた瞬間、一気に血の気が引いていく。

 彼は、右手で持ってた拳銃を両手に持ち替え、改めて久右衛門さまに狙いを定めていた。


「だとしても……俺はこの爺と一緒に地獄に堕ちるしかない。何もかも、遅すぎたんだ」


 無慈悲な銃声が、断崖の壁にこだまする。


「がはっ……」

「お母さまっ!?」


 一瞬早く久右衛門さまに飛びついた依子さんが、背中を撃たれ血を吐く。


「依子さんっ!」

「おかあさま……おかあさまっ!」


 銃声を聞きつけたのか、葉室警備の制服を着た人が雪崩れ込んできた。拳銃を持って呆然と立つ近藤さんを地面に組み伏すと、他の者は担架で依子さんを運んでいく。

 泣き叫ぶみひろちゃんの高い声だけが、荒れ狂う波の音に負けずいつまでも耳をつき……私はその声を拒否するように意識が遠ざかっていく。

 崩れ落ちる私を、誰かが支えてくれた。依子さん同様担架に乗せられた私は、どこかに運ばれていく。

 そのリズミカルな振動が眠気を誘い、私は気を失うように眠りについた。


 夢の中でも、泣き叫ぶ少女の声は耳奥にまとわりつき、決して消える事はなかった。


* * *


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