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7-13 みひろちゃんの推理②

「そういう手口だったとしてもさ! 偽の久右衛門さまの和装や犯人の使ってる送迎車は、どうやって用意したの? 葉室家の家紋が入ってる羽織なんてどこにも売ってないし、車の内装だって、おんなじモデルでも中身まで全く一緒のものを用意するなんて、できっこないでしょう?」

「仰る通りです。ですので近藤さんには、葉室家の使用人の中に協力者がいます。車を用意できる一名と、服を用意できる一名です」


 ここまで言われれば、さすがの二人も気づくだろう。

 自分たちに、共犯の嫌疑がかかってる事を。


「本日早朝、斎藤さんはカーディーラーに送迎車を一台預けてきました。電話で確認したところ、ディーラーではタイヤ交換等を行ったそうです。ベンツの五倍は重たい送迎車は、普通のディーラーでは持ち上げられないはずなのに」

「それはっ! ディーラーの方で、そういう設備を用意してくれてたんだろう……」


 自信なさそうに答える斎藤さんに、みひろちゃんは畳みかける。


「要人送迎用ベンツSクラスは、内部に特殊装甲が入ってますが、見た目は普通のベンツと変わりないそうですね。斎藤さんは早朝、送迎車を屋敷付近の駐車場に停め、予め駐車しておいた見た目そっくりの市販車ベンツに乗り換え、ディーラーに預けたんじゃないですか?」


 反論がない事を確認すると、今度はマルティナさんに向き直る。


「マルティナさんは、お祖父さまの紺の着物と紋付羽織、運転士の制服を、退職の餞別と偽って紙袋に入れ、近藤さんに手渡した。和装好きなお祖父さまのお着物は、全て特注品。同じものを何着か作って着回していますから、お傍に仕えるメイドなら、本日と同じ色のものを用意する事も難しくないでしょう」


 お喋りなマルティナさんも、口をつぐんで黙りこむ。


「退職の挨拶周りを済ませた近藤さんは、マルティナさんから渡された紙袋を持って屋敷を出て、近所の駐車場に向かいました。そこには斎藤さんが乗り捨てた、送迎車のベンツが停まっている。送迎車に乗りこんだ近藤さんは運転士の制服を着て、待ち合わせ場所であるコンビニ裏外車販売店に行きます。そこに現れたのが、スポーツカーをならし運転していた斎藤さんです。斎藤さんは急いで和服に着替えると、そのまま近藤さんが運転する送迎車に同乗、二人は葉室商事へ向かいます。スポーツカーは外車販売店に駐車しておけば、不自然に思われる事もありません。十時五十分になったところで、お祖父さまに扮した斎藤さんが後部座席をノック。伊織さんの送迎車に乗り込み、赤坂の料亭へ車を走らせた」


 マルティナさんが口を挟む。


「そ……それも無理があるくない? 久右衛門さまと斎藤さんは同じ白髪頭だけど、見間違えるほどお顔は似てないよ? 伊織くんだって、斎藤さんの顔はよく知ってるわけだし」

「それは先ほど検証しました。運転席に座っていると、後部座席のドアが外からノックされ振り返っても、顔は死角に入って分かりません。ドアロックを解除するために、運転士は一旦前を向く必要があります。その状態で、乗り込んだ偽お祖父さまに間髪入れず『赤坂の料亭へ』と言われたら、運転士はもう一度振り返る事なく、エンジンをかけ車を走らせるでしょう。運転中のバックミラーには、紋付羽織の和装は映り込んでも、お顔までは映りこまない事も確認済みです」


 先ほどコンビニに行く際、メイド服の依子さんが先に車に乗り込んだのは、これを検証するためだった。

 あの時――商事を出発し車を走らせてる時、当たり前だが私はよそ見をせず、前だけ向いて運転していた。久右衛門さまも膝元のスマホに視線を落とし、俯いたままだった。コンビニに着いた時も同じ姿勢だったので、私は一度も偽久右衛門のお顔を見る事なく、車を離れていた。


「コンビニコーヒーが出来上がる五分の間に、偽お祖父さまである斎藤さんは車を降り、コンビニ裏の外車販売店に逃げ込みました。そこには先ほど自分が停めておいたスポーツカーが置いてある。車を走らせ適当なところで服を着替え葉室家に戻ってくれば、あとはマルティナさんに和服を返すだけ。証拠は一切残りません。ディーラーに預けた、ベンツを除いて」


 その時、依子さんのスマホに電話がかかってくる。「はい、はい、ありがとうございます」と短く返事して電話を切ると、みひろちゃんに報告した。


「葉室警備の方からでした。カーディーラーに預けたベンツは見た目が送迎車と同じ市販車で、GPSユニットだけが、葉室家送迎車のものに付け替えられていたそうです」


 万事休す。斎藤さんはがっくりと項垂れ膝を付き、ぶるぶると震えだした。

 マルティナさんも同様、呆然とした様子でソファーに座り込む。


「斎藤さん、マルティナさん。教えて下さい。近藤さんはお祖父さまを誘拐して、どうなさるおつもりなんですか?」

「……それを教えるとでも、思った?」

「保育園に行ってるリーラちゃんを、葉室警備の方が迎えに行きました。この意味をどうか重く受け止めて下さい」

「なっ……リーラは関係ないじゃないっ!」


 激高するマルティナさんを見て、私はみひろちゃんの前に立ち塞がった。


「葉室家のご当主さまが誘拐されたんです。既に事態は、私やみひろちゃんの手を離れています」

「わかってるわよ、そんな事……」

「いまだ犯人から連絡がない事から、身代金目的の誘拐でない事は明らかです。だとしたら、近藤さんの目的は復讐としか……お願いです。近藤さんがどこに行ったか教えて下さい!」


 マルティナさんは下唇を噛みしめて、下を向くだけ。

 そこに、くぐもった低い声が響いた。


「近藤くんは――」

「斎藤さんっ!」


 マルティナさんが振り向いたその先――ソファーの手前に座りこんだ斎藤さんに、いつもの困り笑顔はなく……真っ青な顔で呟くように答える。


「近藤くんは、久右衛門さまを乗せたまま岩手の実家に向かったはずだ」


 それを聞いて、依子さんは急いで部屋を出て行く。


「彼の実家の中古車販売店は、葉室財閥から資金援助を受けた大手に潰されたんだ。お父さんはショックで入院し、お母さんも心労のため床に伏せってしまっている。それなのに近藤くんは専属運転士で休みも取れず、毎日その遠因である久右衛門さまを送り迎えしなきゃならなかった。恨みつらみが募る彼を、僕は止める事ができなかったんだ……」


 マルティナさんも、涙ながらに訴える。


「近ちゃんは家族が大好きで……だから久右衛門さまの事が許せなくて。私もリーラもそんな近ちゃんが大好きだから、彼に付いてくって決めてたの……」


 みひろちゃんは、つかつかとマルティナさんに歩み寄ると、右手を振り上げ頬を張った。

 パンッと小さな音がして、マルティナさんの首が横に振られる。

 十歳の子供にビンタされた衝撃は、その痛み以上に彼女の精神に、大きな衝撃を与えたように見えた。


「わたくしも家族が――お母さまとお祖父さまが大好きです! でも、家族を危険に陥れたあなたを憎むあまり、リーラちゃんを誘拐してやろうとは思いません。だからあなた方も、わたくしの大切な家族を奪わないで下さいっ!」


 幼い少女に諭されて、マルティナさんは項垂れる。

 斎藤さんも同様で、これ以上言い訳を並べ立てる事はなかった。

 そこに依子さんが、慌てた様子で戻ってくる。


「近藤さんのご実家には、ヘリで向かうのが一番速いそうです。ただ、運転できる方がこちらに到着するまでかなり時間がかかってしまうみたいで……」


 みひろちゃんを膝に乗せ、語りあった夜を思い出す。

 生き抜くためには、得意な事を伸ばさなきゃならない。

 得意な事で、自分の居場所を作っていかなきゃならないんだ!


「私、回転翼事業用操縦士の免許、取得しています!」


* * *


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