時系列に沿って一通り確認し終えると、みひろちゃんは壁に向かって大きな声で話しかけた。
「お母さまーっ! 少し確認して頂きたい事があるのですが、よろしいでしょうかー?」
すると、天井スピーカーから依子さんの声が響く。
「はい、どうぞ」
「斎藤さんが早朝車を預けたというディーラーの作業状況と、葉室商事の会議が何時に終わったか。それと、現在お屋敷のガレージに停まってる車の確認をお願いします!」
「わかりました」
最初は唖然としてしまったが、依子さんとみひろちゃんのやりとりを聞いてるうち、少しだけむかっ腹が立ってきた。
「みひろちゃん……この部屋での会話は誰にも漏らさないって、言ってたよね?」
「言葉足らずでごめんなさい。聞いていたのはお母様だけで、葉室警備やその他の方には退出してもらってます。私のような子供には、先ほどお母さまに頼んだような確認ができませんので……」
なるほど……子供探偵の助手役は依子さんというわけか。
そういう事なら、みっともなく腹を立てるわけにもいくまい。
「まぁ……私の証言がお役に立てるなら、誰に聞いてもらっても構いませんが……」
「いいえ、絶対に聞かせてはならない人がいます」
「……誰の事、言ってるの?」
みひろちゃんは人差し指を一本、桜色の唇に押し当てると「しーっ」と小さく息を漏らす。
すると再び天井から、依子さんの声が響いた。
「みひろ、すべて電話で確認が取れました」
「お母さま! ありがとうございます」
「斎藤さんが預けたベンツSクラスは、午前中にタイヤ交換とブレーキパッド交換。ボディ洗浄とワックスがけを行ったそうです。葉室商事の方は、会議は時間通りに終わりましたと仰ってました」
予想外の報告に、私の額からさーっと血の気が引いた。
「最後に、現在ガレージに停まってる車は送迎車四台、スポーツカー二台の計六台です」
「ご確認ありがとうございます。お仕事に戻ってくださって結構です」
「わかりました。みひろ、あまり無茶をしてはダメよ。伊織さん、娘をよろしくお願い致します……」
「はい……」
心ここにあらずの私は、一言返すだけで精一杯。
そんな事より、自分の証言と明らかに食い違う報告に、額から脂汗が止まらない。
これじゃまるで、私が嘘を吐いてるみたいじゃない……もしかして、これがみひろちゃんの言ってたでっちあげ証言!?
「あの重たい車両を持ち上げてタイヤ交換なんて、普通はあり得ない。もしかして斎藤さん……事前にそれ用の設備を用意してもらってた?」
みひろちゃんは首を横に振った。
「葉室商事についても……確かに久右衛門さまは、時間前にお戻りになったのに……」
みひろちゃんは立ち上がると、私に向かって小さな手を伸ばした。
「伊織さん。わたくし、行ってみたいところがあるんです。運転をお願いできますか?」
「え? それはもちろん構わないけど……こんな時にいったいどこに?」
「わたくし……コンビニコーヒーというものを、飲んでみたいのです!」
* * *
ガレージで送迎車の一台に乗り込むと――、
「ちょっと待って下さい」
私の座る運転席から、斜め後ろの対角線。後部座席のドアの外からみひろちゃんに呼び止められた。
身体をひねって後ろを振り向くと、窓越しにメイドさんがこんこんドアを叩いている。私は前を向き直り、ドアロックを解除した。するとメイドさんが後部座席に乗り込んでくる。
「伊織さん、今、バックミラーでメイドさんのお顔が見えてますか?」
「いや、顔は見えないよ。服装でメイドさんだなってのは分かるけど」
「ノックされた時も、お顔は見えませんでしたよね?」
「そうだね。車は低い位置だから、窓越しじゃ胸のあたりまでしか分からない」
「ありがとうございます。お母さまも、ここまでで結構です」
改めて後部座席を振り返ると、メイド姿の依子さんが座っていた。
私に一礼すると車を降り、代わりにみひろちゃんが乗り込んでくる。
「さぁ、コンビニにレッツらゴーです!」
みひろちゃんの珍妙な掛け声と共に、私は近くのコンビニに向けて車を発車させた。
* * *
がこんがこん言わせて稼働する真っ黒なコーヒーサーバーの前で、少女は黒髪を左右に揺らし、好奇心に紫目を輝かせていた。
「すごい迫力です! いったい中で何が行われてるのでしょうか!?」
まぁ葉室家のお嬢様だから。コンビニ自体、入るのが珍しいみたいで。
執事もメイドもいらない機械が作る飲み物ってだけで、SF感じてしまうのも仕方ない。
「これは、いつまで待ってればいいのでしょう?」
「コーヒーが出来上がるとランプが消えて、自動的に扉のロックが解除されます。そうなったら、扉を開いてコーヒーを取り出す事ができます」
ロックが解除されると、みひろちゃんは扉を開けて手を伸ばすも、「あつっ!」と言ってすぐ手を引っ込めてしまった。私がカップの下から厚紙の輪っかを被せてあげると、「おおーっ!」と感動し、厚紙越しにカップを掴み近くのカウンターに持っていく。
久右衛門さまのオーダー通り、私がミルクとお砂糖を入れるたび、「ほほーっ!」とか「ややっ!」と歓声を上げる。
プラスチックのマドラーで軽くかき混ぜ「ふんふん」、プラスチックの蓋を被せると「なんですかこれはっ!」、コンビニコーヒーの出来上がり。
みひろちゃんのスタンディングオベーションに称えられながら、私はスマホのストップウォッチを止め、結果を報告した。
「コンビニ入店からコーヒーが出来上がるまで、五分三秒かかりました」
みひろちゃんは、蓋の穴からコーヒーを飲もうとするも、上手く飲めないようだ。
私が蓋を取ってあげるとふーふー言いながら、おっかなびっくりコーヒーを口に含む。
「なんですかこれ。とても苦いです……」
「コーヒーですから。コーヒー牛乳とは別物でしょう?」
「ええ……でもこれで、はっきり分かりました」
「みひろちゃんに、コーヒーはまだ早い?」
「はい、それもそうなのですが……」
「他に何が分かったの?」
みひろちゃんは人差し指をピンと立て、マドラーのようにゆっくりと回してみせた。
「お祖父さまを誘拐した犯人が、です」
* * *