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6-11 貸し

 そもそもは、リーラちゃんの髪が会うたび伸びてる気がして不気味だと、みひろに話したのがきっかけだった。

 背中越し、リーラちゃんに声をかける。


「昨日初めて会った時、リーラちゃんの金髪三つ編みツインテールって、肩にかかるくらいの長さだったんだよ? それが別れ際には、胸まで垂れ下がってた。おかしいなって思ってたら、今日髪を解いた時は、もう三つ編みツインテールを保てないくらい……腰の辺りまで伸びていた。さすがに何かあるって思うでしょ」

「コインを奪っても能力が持続するなんて、思っても見ませんでした。藍海から髪の毛の話を聞いてなかったら、今日会ったばかりの私では気づけなかったかもしれません」


 両目にいっぱいの涙を浮かべて、リーラちゃんは恨み節を零す。


「だから、みひろさん相手じゃ分が悪いって言ったのに……」


 葉室警備の人たちが、手りゅう弾の爆発を聞いて集まって来た。

 伊織さん率いる警備隊の何人かが、リーラちゃんを拘束しようとしたところ、伊織さんはふと彼女に問いかける。


「もしかしてあなた……マルティナさんの娘の、リーラちゃんですか?」

「……」

「え? 伊織さん、知ってるの?」

「はい。リーラちゃんはみひろ様と同じ庶子の一人でしたが……三歳の時にマルティナさん――彼女のお母様と一緒に、葉室家を放逐されました」


 三歳なんて赤ちゃんみたいなものだから、十歳に成長したリーラちゃんに、みひろが気付かなくてもおかしくないけど……でもそれじゃ、みひろとリーラちゃんは異母姉妹って事?


「あの……本当に、葉室家にいたリーラちゃんですか?」


 珍しく戸惑った様子のみひろが問いかけると、リーラちゃんは涙を拭ってキッと睨み返した。


「そうよ……葉室家に棄てられた後、ママは必死になって働いて、まだ幼かった私を育ててくれた。無理が祟って過労で亡くなった日、私の口の中にコインが飛びこんできて、私はコレクタになった。すぐアマルガムに攫われたけど、彼らが葉室財閥に敵対してる事が分かって自分から協力する事に決めたわ。葉室家に、復讐するために」

「そう……だったんですね」

「私たち母娘おやこが、どうして家から追い出されてたと思う? ママがイギリス人だったからよ!? こんな理不尽な事ないでしょ! そんな理由で追い出すんなら、最初からママなんか相手にしなきゃよかったじゃない!」


 みひろの父――故・葉室六郎太さんは、稀に見る好色漢だったと聞いている。

 十歳のリーラちゃんに、そんな事言えるはずもなく……。


「それは……」

「うるさいっ!」


 弁明しようとするみひろに、リーラちゃんはハイトーンで怒鳴り返した。


「みひろさんはクソジジイに上手く取り入ったみたいだけど、せいぜい気を付ける事ね! 私たち庶子は、しょせん全員使い捨て。いつあんたが私たちと同じ目に遭っても、おかしくな――」

「……連れていって下さい」


 伊織さんはリーラちゃんの口にハンカチを押し込むと、後ろの警備員に命令した。

 声にならない声を上げ、リーラちゃんは連れていかれてしまう。


「みひろ……」


 立ち尽くしたままのみひろに寄り添うと、大きな瞳に涙を溜め、肩を震わせ両手を強く握り締めていた。

 私はみひろを抱き寄せて、背中を優しく撫でてあげる。


「藍海……わた、私は……」

「うん。みひろがどうしたいか、聞かせて」

「このままですと、リーラちゃんは葉室研究所に幽閉されてしまいます。それではあまりにも、不憫でなりません……」


 みひろがジルコにコインを奪われた時、もしそれが葉室家の知るところとなったら――葉室研究所の地下実験施設に幽閉され、コイン研究のためだけに生きるしかなくなると言っていた。

 まさか、リーラちゃんも……!?


「助けよう」

「え?」

「私たちで、リーラちゃんの面倒を見る」

「でもそれは……お祖父様の御意向に逆らう事に」

「そっちは私がなんとかする」

「なんとかって……」

「みひろはどうしたいの? 助けたいんじゃないの?」

「助けたい……です」

「じゃ、決まりね」


 私はみひろに<バッカナール>のコインを握らせた。そのまま手首を引っ張って、伊織さんの元に駆けていく。

 みひろは最初戸惑うばかりで引っ張られるままだったけど、すぐに私より速く駆け出した。


「いおりっ!」


 みひろの大声に、伊織さんは止まってくれる。


「みひろ様、どうされましたか?」

「その子は……はぁはぁ……有海邸でっ、ウチで預かります」

「えっ?」


 伊織さんと葉室警備の人が呆気に取られる隙を突き、私は拘束されてるリーラちゃんを奪い取る。

 みひろはその場で説得にかかった。


「この子はアマルガムの構成員で、彼らの内部事情にも詳しいです。ミセリさんのコイン<ガンダルヴァ>は、アマルガムが持ってます。最後のコインを回収するためにも、リーラちゃんの協力は必要不可欠です」

「私もリーラちゃんの事は心配ですが……彼女の安全のためにも、久右衛門様の許可を得て、一度葉室財閥に戻ってもらって……」


 私はリーラちゃんの耳にごにょごにょっと囁くと、口を覆うガムテープを一気に剥がした。


「葉室の屋敷に連れてかれるくらいなら、この場で舌を噛み切って死んでやる!」

「リーラちゃん! 私んちならどう? 有海の家! 葉室財閥関係ないよ?」

「そっちなら! ……行ってやらない事もない」


 予定調和の問答に、呆れ顔を隠さない伊織さん。

 みひろは伊織さんの手を取って、<バッカナール>のコインを手渡した。


「この子は私の妹です。お姉ちゃんが妹の面倒を見るのは……世俗では当然の事ですよね?」

「私はそれで構いませんが……コインコレクタの扱いは、私の一存では決められません。久右衛門様にお伺いを立てないと、なんとも……」

「それは……そうなのでしょうけど」


 落ち込む二人の前で、私は堂々胸を張る。


「大丈夫! 久右衛門さんの事は、私に任せといて!」

「……藍海さんに?」

「なにか妙案があるんですか?」


 抜けるような青空を見上げ、私はしばし黙祷する。

 それから不安げな二人の顔を見ると、自信満々言い放った。


「私、久右衛門さんに貸しイチだから」


* * *


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