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6-09 コインの能力

「リーラちゃん。あなたは一昨日、マスク・ド・ミセリのコイン<ガンダルヴァ>をスろうとして、ロードワーク中の彼女に抱きついた。しかし、鼻にコインを付けた嗅覚の蒐集家コレクタミセリさんは、あなたから漂う危険な匂いを察知していた。コレクタ相手に普通のスリでは捕まってしまうと悟ったあなたは、その日はスリを諦め立ち去った」


 マスク・ド・ミセリこと瀬里奈さんは、抱き着いてきたのは金髪の女の子で、肩にかかるセミロング、可愛らしいロンTミニスカだったと証言した。

 もちろん金髪ウィッグで変装してる可能性もあるけど……この辺りに住んでる、小学生くらいの金髪の女の子と言えば、リーラちゃんを思い出さないわけにはいかない。


「そして昨日。あなたはどういうわけか、近所の小学校男子三人に、制帽を交換したらキスしてあげると言い出した。三人の中のお調子者の一人が、キャップとベレー帽の交換を受け入れたけど、あなたは約束を破りキスを拒んだ。それに怒った男の子たちは、あなたを囲んでどういう事だと問い詰め始めた」

「そんな事――」

「昨日小学校行って、男の子たちから事情を聞いてきたんだよ」


 リーラちゃんは何か言おうとしたが、その言葉は喉奥に引っ込んでしまう。

 報酬がキスだけに、男の子たちは簡単に口を割らなかった。でも、カバンの中から女子のベレー帽が出てくれば、弁明しないわけにもいかない。

 みひろは話を続けていく。


「あなたがキスの約束を破ったのは……男子たちに囲まれてイジめられてるふりをして、藍海に止めに入ってほしかったからです。自然な形で藍海と知り合って、抱き着いても警戒されない間柄になりたかった。なぜか。<バッカナール>の舌で、藍海を舐める必要があったから……ですよね?」


 知り合ったばかりなのに私の膝に乗ってきたり、抱き着いて甘えたり、赤い舌を見せて無邪気に笑ったのも……全ては計算の内。私の警戒心を解いて、密着するため。

 そうしていざ舐める直前、舌の下に隠しておいたコインを回転するように吐き出しコイントス。金色の舌で私の頬を舐めた。

 無垢な子供だからこそできる、完璧な作戦だ。


「あなたは<バッカナール>――味覚のコインの蒐集家コレクタで、保健室登校どころか、小学校に在籍すらしてなかった。コインをスリ取ろうとしてる時点で、アマルガムの構成員か協力者で間違いないでしょう。そのあなたが、スれない相手と判断した相手に、翌日スリを働き成功した。なぜか。藍海を舐める事で、スれる算段が立ったからです」


 いつも思う。みひろの人差し指こそ、天賦の才ギフテッドなのではないかと。

 ピンと立てて振るだけで、複雑に絡んだ謎の結び目が、いとも簡単に解けてしまう。


「昨日のあなたは、今と同じTシャツジーンズという男の子っぽい恰好で、ベレー帽と交換で手に入れたキャップに三つ編みを隠し、ミセリさんに近付いた。前日ミセリさんに抱きついた金髪少女と悟られないための、見事な変装です。そしてまんまと、<ガンダルヴァ>のコインと絆創膏をスリ替える事に成功した……どうして前日できなかった事が、藍海を舐める事で可能になったのでしょう?」

「……」


 みひろの推理は、変幻自在のスポットライト。

 全ての事象に光が当たり、日陰に隠れた真実も白日の下に晒される。

 リーラちゃんは黙って下を向く。スポットライトを浴びて一言の反論もできない、許されない。

 だって真実は、誰の目にも明らかになっている。


「<バッカナール>の能力は、舌で舐めた人のスキルを自身にコピーできるから……ですね」


* * *


 小学校の訪問を終えると、みひろは全ての謎を解いてしまったようだ。

 車の中で、時系列に沿って説明してくれた。


「今回は早々に、葉室財閥の探索班によって、マスク・ド・ミセリさんが蒐集家コレクタであると特定されました。おそらくアマルガムは、葉室財閥探索班の動向を探っていて、彼らの行動からミセリさんがコレクタだと気づいたのでしょう。だからアマルガムは私たち回収班が現場に入る前に、先手を打ってコインをスリ取る事にした」

「それなら、ジルコにスらせれば一発じゃないの?」

「ジルコはハーフの成人男性で、平日朝の住宅街でスリを働くのに適しません。そこでアマルガムが確保していた<バッカナール>のコレクタ、リーラちゃんに白羽の矢が立ちます。彼女の偽造天賦コインドはおそらく、人を舐めるとその人のスキルが使えるようになる能力。その能力を使って、ジルコのスリスキルを自身にコピーした」

「それで一昨日、ロードワーク中のミセリさんに抱きついて、コインをスろうとした……。でも五感が鋭く、匂いで相手の真意を読み取るミセリさん相手に、気づかれずスるのは難しい」

「ええ。おまけに彼女は、鍛え上げられたプロレスラー。コインをスった事に気づかれたら、子供のリーラちゃんが逃げ切れるとは思えません」


 そりゃそうだ。私だってプロレスラー相手にスるなんて、できれば御免こうむりたい。


「リーラちゃんはアマルガムに事情を説明。するとコインを持たないジルコではなく、スリの天賦の才ギフテッドを持つ藍海を舐めて、スリスキルを手に入れろと指令が下った。リーラちゃんは不憫な保健室登校児を装い、同情した藍海を舐める事に成功した」

「ついでにミセリさんにバレないよう、女子のベレー帽と男子のキャップを交換し、男の子に変装したってわけね」

「首尾よくミセリさんからコインを奪ったリーラちゃんだったけど、これは千載一遇のチャンス。アマルガムから新たな指令が下ってるはずです。同じ手口で、私の<プロビデンスアイ>もスってこいと」

「二匹目のどじょうを掬いにくるってわけか……それならみひろは、リーラちゃんと会わない方がいいのかも?」

「あら? 藍海は、私を守って下さらないのですか?」

「そりゃもちろん守るけど……ちょっとあの子不気味っていうか、気になる事があるんだよね」

「気になる事?」


 その時、伊織さんのスマホに電話がかかってきた。

 一言二言で電話を終えると、弾んだ声で報告する。


「みひろ様。明朝、例の公園一帯を葉室警備保障で封鎖する目途が立ったそうです」

「そう、ありがとう」

「封鎖って……何する気なの?」


 私がおそるおそる聞くと、みひろは愛らしい笑顔でこう答えた。


「もちろん、コインの回収です」


* * *


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