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6-08 罠

 翌日。

 私は二日連続の朝稽古を終え、道場近くの公園のベンチに座り、一人ぼーっと噴水を眺めていた。


「あいみおねーちゃーん!」


 遠くから幼い声に呼ばれて振り向くと、胸まで届く金髪三つ編みツインテールを躍らせるランドセル少女――リーラちゃんが駆け寄ってきた。今日の彼女もTシャツにジーンズと、昨日同様ラフな格好だ。


「あ、リーラちゃん。おはよう」

「おはよう! あのね、昨日あいみちゃんのおかげで、ちゃんと保健室行けたよ。そしたらよく来たねって、保険の先生に褒められちゃった」

「へー、それは良かったね」

「えへへ、あいみちゃんも褒めて褒めて! あたまなでなでして!」


 細い金髪の頭を撫でながら「すごいねえ」と褒め倒すと、リーラちゃんはくすぐったそうに微笑んだ。

 その笑顔があまりにも可愛くて眩しくて……私の心に暗い陰を落とす。


「それでね、ちゃんとお勉強してたら、お昼に先生がプリンくれたの。プッチンしたいって言ったら、お皿も出してくれたんだよ」


 昨日と同じく、リーラちゃんはランドセルを下ろすと私の膝に乗って来た。

 ベンチで向かい合わせになると、細い身体を前後に揺らし、楽しそうに学校の話をしてくれる。


「それでね、男子が膝擦りむいたって保健室入って来て。あたしに色々話しかけてきたの。無視してたら髪触ってきて。怪我した膝小僧、蹴ってやった!」

「うわっ、それはダメでしょ」

「おはよう、藍海」


 適当に相槌を打っていると、風に黒髪ロングをなびかせたみひろが、私たちのベンチにやってきた。


「あら、その子は?」

「あ、おはよ、みひろ。この子はリーラちゃん。最近知り合った子」

「おはようございます! みひろ……おねえちゃん?」

「あらあら、まぁまぁ!」


 私の膝から降りたリーラちゃんは、お行儀よくお辞儀して、みひろに挨拶した。みひろはしゃがんでリーラちゃんと目の高さを合わせ、頭を撫でてあげる。


「リーラちゃんはお行儀が良い上に、とても可愛らしい方ですね。何歳ですか?」

「じゅっさい!」


 両手のパーを突き出すと、リーラちゃんはその勢いのまま、みひろに抱きついた。

 みひろは彼女を抱きかかえると、私の隣のベンチに座る。抱っこを替わってもらった格好だ。


「みひろおねえちゃん、いい匂いする~」


 みひろの首筋に鼻を埋めて、くんくん嗅いでるリーラちゃん。みひろはなすがまま、少しくすったそうに彼女の背中を撫でてあげている。

 わかるよわかる。私も一人っ子だし、みひろも同じようなもん。ちっちゃい子にお姉ちゃんって呼ばれちゃうと、なんでも許したくなっちゃうよね。

 それでも――リーラちゃんの背中に回したみひろの指が、私にだけ分かるよう小さな丸を作る――いくら可愛い女の子でも、許されないキスはある。


「あ、そろそろ私、ガッコ行ってくるね!」


 リーラちゃんはみひろの膝から飛び降りると、ランドセルを背負って立ち去ろうとした。

 私はその肩に手を置いて、振り向いた女児の小さな顎を、左手で掴み上げる。


「く……苦しいよ、あいみちゃん……」

「ガッコ行く前に……コインはお姉ちゃんが預からせてもらうね?」


 左手でこじ開けた口の中に、右手をねじこむ。

 子供とは思えない力で私を突き飛ばすと、リーラちゃんは口を覆ってせき込んだ。


「なっ、なんで……?」


 指先でつまんだコインを、彼女に見せつける。


「なんではこっちのセリフかな。まさかリーラちゃんが、コイン蒐集家コレクタだったなんてね」


 指先で、コインを裏返す。

 裏面のレリーフは、ワイングラス片手に千鳥足を踏む酔いどれ赤子の後ろ姿。

 以前伊織さんが見せてくれた資料にあった、味覚を司る錬金金貨クリソピアコイン

 <バッカナール>で間違いない。


「ど……どうして私がコレクタだと……?」


 口の中のコインを奪われ涙目になったリーラちゃんは、キッと私を睨みつける。

 その形相は、さっきまでの可愛らしい女児とは思えないほど、憎悪に歪んでいた。


「これまでの事象を突き詰めて考えれば、そうなるのが自然だからです」


 みひろが一歩前に出て、リーラちゃんに対峙した。

 私は、ポケットにしまっておいたもう一枚のコイン――<プロビデンスアイ>を取り出すと、指で弾いた。コインは主人の右目に貼り付くと、みひろに透視能力を授ける。


「リーラちゃんのジーンズ右ポケットに、さっき私からスったニセのコインが入ってますね」


 リーラちゃんはハッと我に返ると、ズボンのポケットから盗んだばかりの金貨を取り出した。表面は女神マリアンヌが描かれているtが、裏面は雄鶏ルースターが鳴き叫んでいる。今となっては形見となってしまった、お祖母ちゃんのマリアンヌ・ルースター二十フラン金貨だ。

 そう……リーラちゃんが<ガンダルヴァ>を盗んだコレクタだと看破したみひろは、次は<プロビデンスアイ>を狙ってくると予想していた。

 そこで予めコイン・ペンダントにルースター金貨を仕込んでおき、<プロビデンスアイ>のコインを私に預けた。偽のコインを盗ませる事で、彼女が犯人だという動かぬ証拠を突き付けるために。


「だからどうして! どうして私がコレクタで、あんたのコインを狙ってるって分かったのよ!?」


 さっきまでの純粋無垢な少女はどこへやら……いや。自身の失態に憤り必死に喚く今の方が、いくぶん子供らしくなったと思うべきか。

 みひろは人差し指を立て、先生のような口調で推理を披露し始めた。


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