翌日。
私は二日連続の朝稽古を終え、道場近くの公園のベンチに座り、一人ぼーっと噴水を眺めていた。
「あいみおねーちゃーん!」
遠くから幼い声に呼ばれて振り向くと、胸まで届く金髪三つ編みツインテールを躍らせるランドセル少女――リーラちゃんが駆け寄ってきた。今日の彼女もTシャツにジーンズと、昨日同様ラフな格好だ。
「あ、リーラちゃん。おはよう」
「おはよう! あのね、昨日あいみちゃんのおかげで、ちゃんと保健室行けたよ。そしたらよく来たねって、保険の先生に褒められちゃった」
「へー、それは良かったね」
「えへへ、あいみちゃんも褒めて褒めて! あたまなでなでして!」
細い金髪の頭を撫でながら「すごいねえ」と褒め倒すと、リーラちゃんはくすぐったそうに微笑んだ。
その笑顔があまりにも可愛くて眩しくて……私の心に暗い陰を落とす。
「それでね、ちゃんとお勉強してたら、お昼に先生がプリンくれたの。プッチンしたいって言ったら、お皿も出してくれたんだよ」
昨日と同じく、リーラちゃんはランドセルを下ろすと私の膝に乗って来た。
ベンチで向かい合わせになると、細い身体を前後に揺らし、楽しそうに学校の話をしてくれる。
「それでね、男子が膝擦りむいたって保健室入って来て。あたしに色々話しかけてきたの。無視してたら髪触ってきて。怪我した膝小僧、蹴ってやった!」
「うわっ、それはダメでしょ」
「おはよう、藍海」
適当に相槌を打っていると、風に黒髪ロングをなびかせたみひろが、私たちのベンチにやってきた。
「あら、その子は?」
「あ、おはよ、みひろ。この子はリーラちゃん。最近知り合った子」
「おはようございます! みひろ……おねえちゃん?」
「あらあら、まぁまぁ!」
私の膝から降りたリーラちゃんは、お行儀よくお辞儀して、みひろに挨拶した。みひろはしゃがんでリーラちゃんと目の高さを合わせ、頭を撫でてあげる。
「リーラちゃんはお行儀が良い上に、とても可愛らしい方ですね。何歳ですか?」
「じゅっさい!」
両手のパーを突き出すと、リーラちゃんはその勢いのまま、みひろに抱きついた。
みひろは彼女を抱きかかえると、私の隣のベンチに座る。抱っこを替わってもらった格好だ。
「みひろおねえちゃん、いい匂いする~」
みひろの首筋に鼻を埋めて、くんくん嗅いでるリーラちゃん。みひろはなすがまま、少しくすったそうに彼女の背中を撫でてあげている。
わかるよわかる。私も一人っ子だし、みひろも同じようなもん。ちっちゃい子にお姉ちゃんって呼ばれちゃうと、なんでも許したくなっちゃうよね。
それでも――リーラちゃんの背中に回したみひろの指が、私にだけ分かるよう小さな丸を作る――いくら可愛い女の子でも、許されないキスはある。
「あ、そろそろ私、ガッコ行ってくるね!」
リーラちゃんはみひろの膝から飛び降りると、ランドセルを背負って立ち去ろうとした。
私はその肩に手を置いて、振り向いた女児の小さな顎を、左手で掴み上げる。
「く……苦しいよ、あいみちゃん……」
「ガッコ行く前に……コインはお姉ちゃんが預からせてもらうね?」
左手でこじ開けた口の中に、右手をねじこむ。
子供とは思えない力で私を突き飛ばすと、リーラちゃんは口を覆ってせき込んだ。
「なっ、なんで……?」
指先でつまんだコインを、彼女に見せつける。
「なんではこっちのセリフかな。まさかリーラちゃんが、コイン
指先で、コインを裏返す。
裏面のレリーフは、ワイングラス片手に千鳥足を踏む酔いどれ赤子の後ろ姿。
以前伊織さんが見せてくれた資料にあった、味覚を司る
<バッカナール>で間違いない。
「ど……どうして私がコレクタだと……?」
口の中のコインを奪われ涙目になったリーラちゃんは、キッと私を睨みつける。
その形相は、さっきまでの可愛らしい女児とは思えないほど、憎悪に歪んでいた。
「これまでの事象を突き詰めて考えれば、そうなるのが自然だからです」
みひろが一歩前に出て、リーラちゃんに対峙した。
私は、ポケットにしまっておいたもう一枚のコイン――<プロビデンスアイ>を取り出すと、指で弾いた。コインは主人の右目に貼り付くと、みひろに透視能力を授ける。
「リーラちゃんのジーンズ右ポケットに、さっき私からスったニセのコインが入ってますね」
リーラちゃんはハッと我に返ると、ズボンのポケットから盗んだばかりの金貨を取り出した。表面は女神マリアンヌが描かれているtが、裏面は
そう……リーラちゃんが<ガンダルヴァ>を盗んだコレクタだと看破したみひろは、次は<プロビデンスアイ>を狙ってくると予想していた。
そこで予めコイン・ペンダントにルースター金貨を仕込んでおき、<プロビデンスアイ>のコインを私に預けた。偽のコインを盗ませる事で、彼女が犯人だという動かぬ証拠を突き付けるために。
「だからどうして! どうして私がコレクタで、あんたのコインを狙ってるって分かったのよ!?」
さっきまでの純粋無垢な少女はどこへやら……いや。自身の失態に憤り必死に喚く今の方が、いくぶん子供らしくなったと思うべきか。
みひろは人差し指を立て、先生のような口調で推理を披露し始めた。