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6-06 共感

 女子プロレスラーの練習所は、学校の体育館を半分にしたような屋内で、意外とこじんまりしていた。

 練習所の半分の面積を占有してるのが、ロープの張られた四角いリング。残りはサンドバックやらダンベルやら鏡やら、トレーニングジムみたいな設備が所せましと置かれている。

 リングの上では身体中に防具を付けたトレーナーと、マスクにジャージの女性が、スパーリングの真っ最中だった。

 マスク姿の女性がトレーナーをロープに振ると、戻ってきたところに華麗なドロップキックを決める。

 そのままフォールに入り、自ら大声でスリーカウント。マスクの女性は立ち上がり、リングサイドにいる私たちに手を振った。

 彼女こそ、悪役レスラー、マスク・ド・ミセリ。

 嗅覚のコイン<ガンダルヴァ>の蒐集家コレクタ、岩見瀬里奈さんだ。


「すみません。待ってる間、どうしても身体動かしたくなっちゃって」


 開口一番、マスク・ド・ミセリはリング下で熱視線を送る私たちに謝った。

 ロープをガバッと上下に広げ身体を滑り込ませるようにしてリングを降りると、ミセリは私達の目の前に立った。


 第一印象は、とにかくデカい、強そう、逞しい。

 もちろん上背もあるんだけど、それ以上に筋肉量がハンパない。同じ女性とは思えないボディービルダーみたいな身体を見てると、クラスメイトの瑞穂を思い出す。

 あの子がここにいたら、大興奮間違いなしだろうな。ちょっと触ってもいいですか、とか言って、筋肉ベタベタ触りまくりそう。

 制服姿の私たちに代わって、男性執事バージョンの伊織さんが頭を下げる。


「いいえ、こちらこそ長くお待たせしてしまい、申し訳ございません」

「ここじゃなんですから、どうぞこちらに。事務室、使っていいって言われてるんで」


 ミセリさんの案内で、私たち三人は簡素な事務室に入り、四人掛けテーブルに腰かける。

 と言っても私とみひろが並んで座り、伊織さんはいつものように、私たちの後ろで控え立った。

 ミセリさんが「椅子を用意しましょうか?」と言っても、「いえ、このままで大丈夫です」と丁重にお断りする。


「制服のまま来てしまいお恥ずかし限りですが……はじめまして。私は葉室財閥で氏立探偵を務めております、葉室みひろと申します。隣に座っているのは、私の秘書兼ボディーガードの有海藍海。後ろで立っているのが、助手で執事の井原伊織です」


 みひろの丁寧な自己紹介に、少々面食らった様子のマスク・ド・ミセリ。

 分かります。普通なら、伊織さんが執事で探偵でボディーカードだと思うもんね。


「いやー。私の方こそ、マスク姿で失礼しました」


 そう言ってミセリさんは笑うと、マスクを取って素顔を晒した。


「はじめまして。レスリングアクター、マスク・ド・ミセリこと、岩見瀬里奈です」

「いいんですか? お顔を見せてしまっても」

「葉室財閥の孫娘さんなら、スポンサーになってくれるわけだし問題ないです。ただ写真はNGなんで、それだけご勘弁願います」


 岩見瀬里奈さんは二十五歳。読モなみに可愛い夏美さんとは比べるまでもないが……すっぴんでこのレベルなら、十分美人と言っていいんじゃないか? 素顔のままリングに立った方が人気も出るだろうに……勿体ない。

 そんな事を思ってたら、瀬里奈さんの方から話を振ってきた。


「それで、失くしたコインについてですよね?」


 みひろは頷くと、首元のペンダントを取り出した。トップのコインを外して、指で弾いて瞳に付けてみせる。

 突然のコイントスに、瀬里奈さんは机に手を付き前傾姿勢となり、みひろの瞳の中に入ってるコインをマジマジと見つめた。


「へぇ~、聞いてはいたけど、本当にコインが瞳の中に……これって痛くないの?」

「コンタクトを付けるより、違和感はありませんね」

「はえ~、でもこれで人前に出たら、目立っちゃって大変だ」

「人と会う時は、いつも眼帯を付けてます。それに合わせた衣装もあって……少々派手な格好で、そっちの方が目立ってしまって恥ずかしくはありますね」


 みひろがコレクタだという事は、事前に探索班から伝えたらしい。だから今回は制服のまま来たわけで……みひろがいつものゴスロリ衣装を恥ずかしいと思ってたなんて、初めて知ったよ。ようやく世間一般的な羞恥心、芽生えてきたのかな?


「瀬里奈さんのコインは、お鼻のてっぺんに貼り付く感じだったんですか?」

「ちょうど、眼鏡の鼻あてが当たるとこかな。コインを指で弾くとどういう仕組みか、ふにゃっと曲がって鼻にピッタリくっつくんだ」

「マスクを付けていれば、他の人からは隠れて見えないんですよね?」

「そうね。みひろさんと同じで……私自身、付けてるのを無視できるくらいピッタリ貼り付いてて、どんなに激しく動いても落ちた事は一度もなかった」

「絆創膏も、貼ってしまえば気になるのは最初だけで、次第に付けてる感覚なくなっちゃいますしね」

「そうそう! そのおかげで、まんまとスられちゃったってわけ!」


 瀬里奈さんは肩を竦める。まるで財布家に忘れてきちゃった、みたいに。


「ちなみにコインが貼り付くと、どういう能力が得られたんですか?」

「とにかく感覚が研ぎ澄まされるっていうか、人の色んな匂いが分かるようになって。慣れてくると、匂いで相手がどうしたいか、どんな感情を抱いてるかが分かるようになった」

「それで、お相手のレスラーがどうしたいか察する事ができるように……」

「まぁぶっちゃけ言うと、そういう事」


 瀬里奈さんはぶっとい両腕を広げて、苦笑いした。


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