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6-05 回収班出動

「そんなの、ジルコの仕業に決まってるじゃないですか!」


 思わず立ち上がって叫ぶと、みひろが「どうどう」と、私の制服を引っ張った。

 私が座り直すと、みひろはパソコン上の八雲さんに問いかける。


「岩見瀬里奈さんは、コインを持ってる事を葉室財閥に打ち明けたんですよね? どうしてその時点で、彼女にコインを譲ってくれと交渉しなかったんですか?」

『僕らはあくまで探索班だ。コレクタの特定までが仕事で、コイン奪取はみひろの回収班に任せている。君達の領域まで、僕らがしゃしゃり出るわけにはいかない』


 みひろの立場を慮っての線引きなんだろうけど……そのおかげでだいぶマズイ状況になってしまった。


「瀬里奈さんがコインを盗まれたと、探索班が気づいたのはいつですか?」

『今朝だ。朝のロードワークから帰ってきた岩見は、もう一度同じ道を走りに行ったらしい。青い顔して戻って来た彼女に確認したところ、コインが盗まれたと答えたようだ』

「ロードワーク中も、マスクとコインを付けたままだったんですか?」

『覆面レスラーは、マスクを付けて練習するのが普通だそうだ。ましてや外でのロードワーク、正体バレを防ぐためにもマスクは必須らしい。今の時代、素顔の写真を撮られてしまったら、覆面レスラーの正体なんてすぐバレてしまうからね』


 試合で付けっぱなしなわけだから、練習中もマスクするってのは理解できる。

 でもそんな目立つ格好で走ってたら、知らない人が寄ってきてもいつもの事……スリにとって、格好の標的になってしまう。


「どうして岩見さんはコインを落としたのではなく、スられたと思ったのでしょう?」

『彼女が気づいたのは、練習所に戻ってマスクを外し、顔を洗おうとした時だ。鼻の頭にあるはずのコインが、四角い絆創膏になっていた。急いでロードワークのコースを確認しにいったが、そもそも落としたんなら絆創膏が貼ってあるはずがない。誰かにスリ替えられたとしか考えられない』

「藍海……」


 みひろが視線で意見を求めてくる。私は迷う事なく言い切った。


「ジルコの手口で、間違いないと思う」


 お祖母ちゃんの特訓で、財布をスられた事に気付かせないよう、他のモノとスリ替えるテクニックを教わった事がある。あの時は、女の人から化粧用コンパクトをスリ取って、ターゲットの二つ折り財布とスリ替えた。鼻に貼り付いたコインを絆創膏にスリ替えるくらい、簡単にできる。


『僕らも真っ先にジルコを思い浮かべたんだが、ロードワーク中の岩見は、背の高いハーフ男とすれ違う事はなかったらしい。それどころか、成人男性すら見かけてないと言っている』

「練習所の近くには、あまり人が歩いてないんですか?」

『場所は住宅街の外れでね。保育園や小学校は近場にあるが、会社やお店はほとんどない。最寄り駅に行くにはバスに乗らなきゃならないし、ロードワークのコースにバス停は立ってない。すれ違うのは登校中の小学生か、園児を保育園に連れていく母親の自転車、散歩中のご老人くらいだ』


 八雲さんとみひろのやりとりを聞いて、伊織さんは顎に手を添え呟いた。


「平日朝八時と言えば、サラリーマンの通勤時間帯。そんな時間に保育園や小学校の近くにジルコが現れたら……たちまち奥様ネットワークに補足され、その一挙手一投足が監視対象になるでしょう」


 二十七歳未婚の専属近侍が、専業主婦に偏見持ってそうなのは置いとくとして……言ってる事は間違ってない。

 爺婆母子しかいない平日朝に、ひょっこりハーフ男が現れたら目立たないわけがない。

 でも……このスられ方はどう見てもプロの手口。ジルコじゃないとしたら、スリの主婦でもいるって事……?

 みひろは背筋を伸ばし、八雲さんにハッキリした口調でお願いする。


「いずれにせよ、四枚目のコインが消えてしまったのは事実です。すぐに岩見瀬里奈さんとお会いして詳しい話をお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」

『もちろん、そのために呼び出したわけだしね。岩見さんには練習所で待っててもらってる。すまないが、ここからは回収班の方で調査をしてほしい』

「かしこまりました。すぐに現場に向かいます」

『練習所は、君たちの学校から割と近い。既に車は回してある。伊織は、運転手の女性と養護教員を代わってもらって、車の運転をお願いします』

「承知しました」

『それと、藍海さん』

「はい」


 パソコン上の八雲さんは、沈痛な面持ちで私を見つめた。


『君のお祖母様について、本当に申し訳ないと思っている。あの時ビルの入口だけでなく、ビル周辺にも警備員を配置しておけば、違った結果になったかもしれないと思うと……悔やんでも悔やみきれない』

「……いいえ。それを言ったら私だって、もっと強引にお祖母ちゃんを家に泊めておけばって、何度も……」

『本来なら、僕も君の家にお邪魔してお線香をあげるべきなんだが……お察しの通り、僕はここから離れられなくてね……本当にすまない』

「いえ、お気持ちだけで嬉しいです。ありがとうございます」

『……そろそろ車が到着するようだ。練習所には話を通してある。なにか困った事があれば、なんでも言ってくれ』

「ありがとうございます」


 そこで八雲さんとの通信は切れた。私とみひろは学校に早退届を出し、伊織さんはいつもの執事服に着替えて車に乗り込んだ。

 その間、みひろは何か言いたげな顔をしてたけど、私は気づかないふりをした。

 頭の回る子だから、さっきの八雲さんとの会話で気付いてしまったのだろう。いずれ話さなきゃならない事だけど、今はそれよりやるべき事がある。

 車は学校の正門を出ると、練習所に向かって走り出した。


* * *


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