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6-04 四枚目

 てなわけで、私も朝から保健室。

 みひろと並んで丸椅子に座り、デスクでノートパソコンをタイプする伊織さんの背中に声をかける。


「伊織さん……できればこういう呼び出し、やめて下さいね。クラスの皆が、みひろに何かあったんじゃないかって心配しちゃいますから」


 苦言を呈する私の横で、笑顔で胸を張る張本人みひろ


「ふふっ、藍海は心配性ですね……大丈夫ですよ。そう思って私も、くるくる踊りながら教室を出て行ったんですから!」

「だからあんた……最近は身体じゃなくて、心のビョーキだと思われてんのよ!」


 朝のホームルームの最中、私とみひろは校内放送で保健室に呼び出された。

 慌てた声色の保健の先生から、異例の早朝保健室呼び出し。みひろは踊りながら教室を出て行くし、私は慌ててその後を追っかけてく。

 絶対みんな、元お金持ちの令嬢が家の没落に耐えられずヤバイクスリに手を出して、従者の私が必死に世話を焼いてる――みたいに思ってる!

 事実私のスマホは、みひろを心配する皆のメッセージを受信して、さっきからブルブル震えっぱなしだっつーの!


「それは申し訳ありませんでした。なにせ急ぎの用件でしたので……」


 そう言いつつ、あんまり申し訳なさそうな顔してない伊織さんは、準備が整ったパソコン画面を私たちに見せた。

 そこには、相変わらず幸薄そうなイケメン御曹司、葉室八雲さんが映っている。


『おはよう、みひろ、藍海さん。朝から急に呼び出してしまって、すまなかったね』


 なるほどこれじゃ、仕方ない。

 伊織さんも椅子のキャスターを転がして私達の隣に並ぶと、三人揃ってパソコン上の八雲さんに相対する。


「急ぎの用件って、八雲さんだったんですね。もしかして、コインが見つかったんですか?」

『みひろと伊織には昨日話しておいたんだが……実は四枚目の蒐集家コレクタ候補が見つかってね』

「え……?」


 昨夜のお泊りって、そういう話だったの? じゃあなんで私だけ?

 隣を見ると、みひろは目を伏せ謝ってくる。


「黙っててごめんなさい。藍海は春子お婆さまの事もあったから、ちゃんと確認取れるまで知らせない方がいいと思って、内緒にしていたの」

「そんなの、気にしなくていいのに」


 なんて言いつつ、私も昨夜、久右衛門さんが家に来た事を二人には言ってない。

 勝手にみひろの気持ちを代弁して、久右衛門さんに突っかかっちゃったところもあったから、それが後ろめたくて。

 でもこれでおあいこって事で、みひろには後で話す事にしよう。


「それじゃ私たち三人で、四枚目のコレクタ候補が本物かどうか確認して、スってこいって話ですね」

『いや、もうコレクタである事は確認が取れてるんだ』

「りょーかいです。じゃあその人から問答無用でスっちゃえば、オッケーって話ですね」


 軽い調子で引き受けるも、画面の向こうの八雲さんは苦笑いを浮かべている。


『実はそのコレクタが……今朝、他の誰かにコインがスられてしまったんだ』


* * *


 四枚目のコインは『嗅覚』を司る錬金金貨クリソピアコイン<ガンダルヴァ>。

 蒐集家コレクタは女性覆面レスラー、マスク・ド・ミセリこと岩見瀬里奈いわみせりな、二十五歳。


 岩見は元々、将来有望な女子レスリング選手だったが、二十三歳の時に右足前十字靭帯を断裂。一年ほど治療とリハビリに専念し選手として復帰したが、以前のようなパフォーマンスが出せず、すぐに引退した。

 その後しばらく消息不明だったが、一年ほど前、女子プロレス団体の門を叩きレスラーになったようだ。

 プロレスラーには、岩見のような怪我持ちの元格闘技選手が大勢いる。彼らは競技スポーツは無理でも、興業が目的のプロレスラーなら立派に役目を果たせる。怪我した部位を、攻撃されなければいいだけだからね。


 女子プロレスは男子のそれよりショー要素が強く、善玉ベビーフェイス、悪役ヒールの二陣営に分かれて戦う。岩見はもちろん、ヒール役のレスラーだ。

 というのもベビーフェイスのレスラーは、実力より若くてルックスがいい事が重要視される。そのため売れない元アイドルやダンサーが、ベビーフェイスを務める事が多い。最初は弱かった彼女達が、レスラーとして徐々に成長していく姿に、ファンは感動を覚えるわけだ。

 それに比べてヒール役は、経験豊富で打たれ強い元格闘技選手に向いている。悪人面であれば尚良し。可愛い顔をしていても、覆面を被らせておけば箔も付く。

 岩見の場合、元有名レスリング選手という事実を隠したい事もあって、覆面レスラーを選んだのだろう。

 悪役は、謎めいていた方がカッコいいからね。


 ヒール役のマスク・ド・ミセリとなった岩見は、デビュー戦で素人同然のベビーフェイスを軽くひねってしまった。

 実力故の結果とはいえ、地味なレスリング技で圧倒し、観客を盛り上げる演出もなく、ロープを利用した派手なフィニッシュもなかった。

 ミセリはファンから総スカンを喰らい、人気ランキングは底辺ばかり。それがどういうわけか、今年の二月頃から注目され始めた。


 ヒール役は勝ち負けよりも、ドラマティックな試合展開を演出する方が大事だ。

 今までレスリング畑で魅せる演出を理解してなかったミセリは、経験を積む事で観客の喜ぶ試合展開、負け方を実践していった。

 ギリギリの攻防の末、お目当てのベビーフェイスが、悪役ミセリに大逆転フォールした試合は、ファンの心をがっしり掴んだ。他のレスラーも、こぞってミセリと試合したがるようになった。


 これは、<ガンダルヴァ>の偽造天賦コインドの影響と思われる。


 人の数千から数億倍の嗅覚を持つ犬は、飼い主の感情や気持ちを匂いで判別するという。

 ミセリは嗅覚のコイン蒐集家コレクタとなった事で、相手レスラーがどうしてほしいか、観客がどういう期待を膨らませてるか、匂いで判別できるようになったんだ。

 何より彼女は覆面レスラー。鼻にコインが付いてても、マスクで簡単に隠せてしまう。


 ここまで調べが付けば、君達の手を煩わせる必要もない。


 僕はコインの事は伏せて、ミセリの所属するプロレス団体とその興行会社に、葉室財閥とのスポンサー契約を提案した。

 岡島夏美の時と、同じ作戦に出たわけだ。

 案の定資金繰りに苦しんでいた彼らは、僕らの話に飛びついてくれた。ミセリの正体が岩見瀬里奈という事も分かり、お守りみたいなコインを手に入れてから調子が良くなった事も、彼女自ら語ってくれた。

 あとは君達にバトンを託し、コインをスってもらうだけだったんだが……今朝、岩見瀬里奈が練習所で騒ぎだした。


「コインが誰かに盗まれてしまった」と。


* * *


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