「んー!」
翌朝。
道場の門を出た私は、秋晴れの空に両手を広げて伸びをした。んーっ!
やっぱウジウジ考えちゃう時は、身体を動かすに限る。
というわけで私は、何か月かぶりに合気道道場の朝稽古に参加した。
久しぶりにやってきたサボリ魔の私に、目にもの見せてやろうと息巻く師範代だったけど、まるで相手にならない。
巨体のオジサンをぶんぶんぶん投げまくるる私を見て、同じく朝稽古に来てた『合気庵』の大将は目を剥いてた。
私が、やたらめったら強くなってたからだ。
実戦に勝る修行なしとはよく言ったもので……スリの特訓やジルコとの戦いを経て、私の合気道レベルは相当上がったみたいだ。
さもありなん。スリ修行では相手を読む洞察力、死角を生かした手捌きが研ぎ澄まされ、ジルコとの実戦では度胸や思い切りの良さを学んだ。
これらが合気道にも通じるスキルである事は間違いなく、実力伯仲だった師範代も、そりゃーくるっくるできるってもんよ!
今の私なら誰が相手でも……ジルコにだって負ける気がしない。いつでもかかってこいや、おらーっ!
と心の中で息巻いてたら、通学途中の公園に、何人かの子供がたむろってる姿が見えた。
よーく目を凝らして見てみると、小学生男子三人が、倒れた女の子を囲んでる!?
「ちょっとあんた達! なにやってんの!」
大声出して駆け付けると、振り向いた男子三人は明らかに女の子より年上だった。
男子の内二人は、見覚えのある紺キャップを被っていて……確か近くの進学校、いいとこの子供が通う私立小学校の制帽だ。育ちの良さそうな顔して、下級生の女の子を虐めるなんて!
「なんだお前、関係ないヤツはすっこんでろよ」
「はぁ? こんな小さな女の子が、男の子三人に寄ってたかってされてんのに、放っておけるわけないでしょう? あんたたち上級生でしょ? 恥ずかしくないの?」
「なっ……別に俺ら、虐めてたわけじゃねーよ」
「じゃあ一体何があったってのよ?」
「なっ、なんにもねーよ! いいからお前、どっかいけよ!」
真っ赤な顔になった男子三人は、戸惑いの視線を女の子に送る。
女の子はパッと立ち上がると、私の後ろに回り込んで、男子三人から距離を取った。
この反応……まさかこの子に、エッチないたずらしようとしてたんじゃないでしょーね!?
「あんたたち……もしかして、この子に変ないたずら――」
「ち、違うっ! こいつが誘ってきただけで、俺達は!」
「ばっ、バカ!」
「はあああ? 誘ってきたぁああ?」
もう面倒だから全員ぶん投げてから話聞こうと思ったら、三人の内の一人が脱兎の如く逃げ出した。
「俺っ、かんけーないからーっ!」
「あ、待って」
「一人だけ逃げるなんてズルいぞ!」
「俺だけ置いてこうとすんなよー!」
残った二人もこれ幸いと、逃げた男子の後を追って駆け出した。
まったくしょうもない……私はしゃがみこむと、足にしがみついてる女の子に話しかける。
「大丈夫? あいつらに何かされなかった?」
「はい、大丈夫です。ありがとう……ございます?」
語尾を上げ、私を見つめる女の子は――、十歳くらいの金髪碧眼美少女だった。
赤いランドセルを背負って、ブルージーンズを履いてるけど……その顔はメイクしたみたいに堀が深くて、おめめパッチリお鼻高々お肌つるっつる。肩にかかる金髪ツインテールの三つ編みが朝の光に透ける様は、アニメキャラみたいに可愛らしく……これは男子がちょっかい出したくなるのも、分かる気がする。
「私、有海藍海。あなたのお名前は?」
「リーラです。小牧リーラ」
「リーラちゃん! 可愛い名前だね! 小学生だよね? どこの小学校?」
まだ早い時間だし、この子学校に送ってあげてから登校してもいいかなーって考えたわけだけど……。
「ぐすっ……ひぐっ、ううっ……」
いきなりリーラちゃんは、泣き出してしまった。
大きなおめめからぼろぼろ零れる涙の雫は、両手で拭っても拭いきれない。私は慌ててハンカチを差し出すと、本格的な号泣が始まってしまう。
公園のベンチに座らせてしばらく背中をさすっていたら、ようやく泣き止んでくれた。
「ごめんっ、なさいっ……ずずっ、ハンカチ、汚しちゃった」
「いいよ、そんなの。それより、落ち着いた?」
「はい……ごめんなさい。あの、学校は……いつも保健室通ってて。行けなかったら無理しなくてもいいって、言われてるので……だから……」
あー……聞いた事ある。いわゆる保健室登校ってヤツだ。
クラスの子と馴染めなくて、すぐケンカしちゃって、団体行動に付いていけなくて。
理由は様々だろうけど、学校行かずにヒキコモリになるくらいなら保健室に登校して勉強しなさいという、いわゆる不登校防止策。
金髪碧眼のリーラちゃんはどう見ても外国人にしか見えないし。そりゃあクラスで目立っちゃうだろうし。からかう男子、やっかむ女子も少なくないだろう。
保健室なら他人の目を気にしなくて済むけど、登校中までちょっかい出されちゃ、そりゃ学校にも行きたくなくなるよ。
「そっかあ。私も小学校行きたくなかったから、保健室登校、羨ましいな」
「ほんと?」
リーラちゃんは、驚いたように私を見上げた。