夥しい弾痕と火薬の匂い。そして、壁際でぼろ雑巾のように横たわる血塗れの老婆。
「お祖母ちゃんっ!」
私はお祖母ちゃんに駆け寄ると、その手を取ろうとして、びくっと震える。
お祖母ちゃんの右手は、見るも無残なほどズタズタに切り裂かれていた。
少し離れた位置で、伊織さんがどこかに救助を要請する電話の声が聞こえてくる。
「もうすぐ救急車来るから! もうしばらくの辛抱だよ!」
「あい、み……」
「うん、藍海だよ。もう大丈夫。アマルガムの連中は逃げていったから」
私は、お祖母ちゃんの左手を両手で取って握った。
その手が氷のように冷たい事に気づくと、しっかり握って温める。少しでも、私の体温がお祖母ちゃんに移っていくように。
「いいかい藍海、よくお聞き。さっきジルコとやりあって、ヤツのコインをスッた」
「ホント!? コインはどこ?」
「咄嗟に飲んじまったから、今はあたしの胃の中さ。あたしが死んだら腹をかっさばいて、コインを取り出すといい」
「何バカな事言ってるのっ! お祖母ちゃんが死ぬわけないじゃない!」
そうは言っても、右腕を真っ赤に染める出血量を見ると……絶望で私の血の気まで引いていく。
「それから、ジルコと一緒にいた女は万智子だった……」
「えっ!?」
「あの子は、アマルガム日本支部の支部長だって言ってたよ。ジルコより上の立場らしいと……ぶふぅっ」
お祖母ちゃんは、喋ってる途中で吐血した。
赤黒い血が胸を汚し、力なくむせ返る。
「お祖母ちゃん、もう喋らないでいいからっ! 救急車来るまで大人しくしてて!」
「この出血量だ……あたしはもう、助からない」
「そんな事ないっ!」
「いいからよくお聞き。万智子は、
お祖母ちゃんの声が、どんどんか細くなっていく。
私はお祖母ちゃんを抱きしめて、全身を使って少しでも温めようとする。
「みひろ、ちゃんは……?」
「みひろは今、車でこっちに向かってる。私は伊織さんのバイクの後ろに乗っけてもらったから、すぐ来れたの」
強襲された警備員からのSOS信号を受けて、すぐにやってきたわけだけど……。
こんな事なら、強引にでもお祖母ちゃんを説き伏せて、家で一緒に暮らすべきだった。
「あいみ……ごめんよ」
「なんで? なに謝ってるのよ、お祖母ちゃん……」
「あたしがスリなんかやってたばっかりに……万智子とあんたに、迷惑をかけてしまった。スリなんてまともな仕事じゃない……お願いだから藍海、あんたはまっとうに生きておくれ」
「お祖母ちゃん……」
「さんざスリの手口を教えておいて、こんな事言うのもおこがましいが……その右手を使う時は、誰かが困ってる時だけにしな。自分のために使えば使うほど、みんなお前の元を去っていく。あたしみたいな間違った人生を送っちゃダメだ……周りの人間と支えあいながら、生きとくれ……」
「お祖母ちゃんは間違った生き方なんてしてないよ! だって私の事、助けてくれたじゃん。色々教えてくれたじゃん!」
「……あぁ」
「だからっ、これからも色々教えてほしいの……こんなっ、会ったばかりでお別れなんて、絶対――」
握っていた手から、すっと力が抜けていく。
さっきまでの荒い息遣いが、ウソのように静かになっている。
「お祖母ちゃん……?」
呼び掛けても返事はない。
「お祖母ちゃん、おばあちゃんっ!」
どかどかと、救急隊員が入って来た。
私は伊織さんに肩を抱かれ、お祖母ちゃんの元から引き剥がされると、何人もの男の人がお祖母ちゃんを担架に乗せて運んでいく。
私は泣きながら「お祖母ちゃん」と呼ぶだけで、その様子を見守る事しかできなかった。
救急隊員と入れ違いに、みひろが部屋に入ってくる。
涙と血でぐちゃぐちゃになった私を見ると、返り血だらけの身体に抱きついてきた。
「みひろ……私、どうすればいい?」
「……」
「お祖母ちゃんがコインを奪って、ジルコがお祖母ちゃんを襲って、ママもその場にいたんだって。アジールを使って、コインドで斬り刻んで、お祖母ちゃんはスリなんかやめろっていうの」
「……うん」
「せっかく……せっかくお祖母ちゃんに会えたのに。ママも生きてるって分かったのに……。どうしてみんなで、仲良く暮らせないの?」
「……」
「どうして家族で、コインなんて奪いあわなきゃなんないのかな」
「……ごめんなさい」
みひろが、声を殺して泣くから。
私は、声を出して泣いた。
自分のためじゃなく、人のために右手を使いなさい。
ママもお祖母ちゃんも、言ってる事は変わらない。
なのにどうして……どうしてこんな事になっちゃったの?
五枚のコインを集めれば、ママと二人、元の暮らしに戻れると思ってた。
でももし――もしママがジルコに命令してお祖母ちゃんを手にかけたのなら、私はどうすればいい?
あと二枚……この手でコインをスリ取ったとして……私はママを許せるの?
みひろと一緒にコインを集めて、
アマルガムにいるママと再会して、
それで私は、どうすればいいの。
どうすれば……。