目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

5-10 どうすれば……

 夥しい弾痕と火薬の匂い。そして、壁際でぼろ雑巾のように横たわる血塗れの老婆。


「お祖母ちゃんっ!」


 私はお祖母ちゃんに駆け寄ると、その手を取ろうとして、びくっと震える。

 お祖母ちゃんの右手は、見るも無残なほどズタズタに切り裂かれていた。

 少し離れた位置で、伊織さんがどこかに救助を要請する電話の声が聞こえてくる。


「もうすぐ救急車来るから! もうしばらくの辛抱だよ!」

「あい、み……」

「うん、藍海だよ。もう大丈夫。アマルガムの連中は逃げていったから」


 私は、お祖母ちゃんの左手を両手で取って握った。

 その手が氷のように冷たい事に気づくと、しっかり握って温める。少しでも、私の体温がお祖母ちゃんに移っていくように。


「いいかい藍海、よくお聞き。さっきジルコとやりあって、ヤツのコインをスッた」

「ホント!? コインはどこ?」

「咄嗟に飲んじまったから、今はあたしの胃の中さ。あたしが死んだら腹をかっさばいて、コインを取り出すといい」

「何バカな事言ってるのっ! お祖母ちゃんが死ぬわけないじゃない!」


 そうは言っても、右腕を真っ赤に染める出血量を見ると……絶望で私の血の気まで引いていく。


「それから、ジルコと一緒にいた女は万智子だった……」

「えっ!?」

「あの子は、アマルガム日本支部の支部長だって言ってたよ。ジルコより上の立場らしいと……ぶふぅっ」


 お祖母ちゃんは、喋ってる途中で吐血した。

 赤黒い血が胸を汚し、力なくむせ返る。


「お祖母ちゃん、もう喋らないでいいからっ! 救急車来るまで大人しくしてて!」

「この出血量だ……あたしはもう、助からない」

「そんな事ないっ!」

「いいからよくお聞き。万智子は、聖庇アジールを使ってあたしの動きを封じ込め、その隙にジルコがあたしを切り刻んだ。藍海とみひろちゃんがやった合体技と同じだ……。そこの天井に監視カメラが仕掛けてあるから……あとで見てみるといい……」


 お祖母ちゃんの声が、どんどんか細くなっていく。

 私はお祖母ちゃんを抱きしめて、全身を使って少しでも温めようとする。


「みひろ、ちゃんは……?」

「みひろは今、車でこっちに向かってる。私は伊織さんのバイクの後ろに乗っけてもらったから、すぐ来れたの」


 強襲された警備員からのSOS信号を受けて、すぐにやってきたわけだけど……。

 こんな事なら、強引にでもお祖母ちゃんを説き伏せて、家で一緒に暮らすべきだった。


「あいみ……ごめんよ」

「なんで? なに謝ってるのよ、お祖母ちゃん……」

「あたしがスリなんかやってたばっかりに……万智子とあんたに、迷惑をかけてしまった。スリなんてまともな仕事じゃない……お願いだから藍海、あんたはまっとうに生きておくれ」

「お祖母ちゃん……」

「さんざスリの手口を教えておいて、こんな事言うのもおこがましいが……その右手を使う時は、誰かが困ってる時だけにしな。自分のために使えば使うほど、みんなお前の元を去っていく。あたしみたいな間違った人生を送っちゃダメだ……周りの人間と支えあいながら、生きとくれ……」

「お祖母ちゃんは間違った生き方なんてしてないよ! だって私の事、助けてくれたじゃん。色々教えてくれたじゃん!」

「……あぁ」

「だからっ、これからも色々教えてほしいの……こんなっ、会ったばかりでお別れなんて、絶対――」


 握っていた手から、すっと力が抜けていく。

 さっきまでの荒い息遣いが、ウソのように静かになっている。


「お祖母ちゃん……?」


 呼び掛けても返事はない。


「お祖母ちゃん、おばあちゃんっ!」


 どかどかと、救急隊員が入って来た。

 私は伊織さんに肩を抱かれ、お祖母ちゃんの元から引き剥がされると、何人もの男の人がお祖母ちゃんを担架に乗せて運んでいく。

 私は泣きながら「お祖母ちゃん」と呼ぶだけで、その様子を見守る事しかできなかった。


 救急隊員と入れ違いに、みひろが部屋に入ってくる。

 涙と血でぐちゃぐちゃになった私を見ると、返り血だらけの身体に抱きついてきた。


「みひろ……私、どうすればいい?」

「……」

「お祖母ちゃんがコインを奪って、ジルコがお祖母ちゃんを襲って、ママもその場にいたんだって。アジールを使って、コインドで斬り刻んで、お祖母ちゃんはスリなんかやめろっていうの」

「……うん」

「せっかく……せっかくお祖母ちゃんに会えたのに。ママも生きてるって分かったのに……。どうしてみんなで、仲良く暮らせないの?」

「……」

「どうして家族で、コインなんて奪いあわなきゃなんないのかな」

「……ごめんなさい」


 みひろが、声を殺して泣くから。

 私は、声を出して泣いた。


 自分のためじゃなく、人のために右手を使いなさい。

 ママもお祖母ちゃんも、言ってる事は変わらない。

 なのにどうして……どうしてこんな事になっちゃったの?


 五枚のコインを集めれば、ママと二人、元の暮らしに戻れると思ってた。

 でももし――もしママがジルコに命令してお祖母ちゃんを手にかけたのなら、私はどうすればいい?

 あと二枚……この手でコインをスリ取ったとして……私はママを許せるの?


 みひろと一緒にコインを集めて、

 アマルガムにいるママと再会して、

 それで私は、どうすればいいの。

 どうすれば……。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?