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5-07 報告

 私たち三人はお揃いの白い服を着て――お祖母ちゃんは白の割烹着だったけど――例の講堂で八雲さんに事の顛末を報告した。

 驚いた事に、みひろはコインをスられた事も自分たちでスリ返した事も、正直に全て話してしまった。

 八雲さんは途中頭を抱えつつも、最後まで報告を聞いてくれた。


「というわけで、ジルコは蒐集家コレクタ確定です。また同じようにアジールが通用するかは分かりませんが、コイン探索班で彼の居場所を特定してもらえたら、回収班がコインを奪取しに向かいます」


 八雲さんは「分かった」と短く言うと、みひろの隣の、お祖母ちゃんに話しかける。


「初めまして、有海春子さん。今後は春子さんも、コイン回収班の一員としてご協力頂ける……という事でよろしいでしょうか?」

「ジルコは娘の居場所を知ってると言うし、孫の行く末も心配だし……乗り掛かった舟だ。最後まで付き合ってやるとするよ」

「ありがとう! お祖母ちゃん!」


 私はお祖母ちゃんに抱きつこうとするも、素早い身のこなしで躱されてしまう。


「ただし、スリは藍海に任せる」

「ええっ!? そうなの?」

「生い先短い老人に、危ない橋を渡らせようとするな。コインを集めて原発どうこうの話だって、これから何十年も生きなきゃなんない、あんたたち若い世代の話なんだから」

「そりゃそうかもしんないけど……」


 私がしょんぼりしていると、しわくちゃの手が二回、ぽんぽんと頭をはたく。


「安心しな、スリの世界は奥が深い。あんたに仕込まなきゃならないワザは、まだまだたんまりある。みひろちゃん、あんたの聖庇アジールについてもね」

「はい! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします、おばあ様」


 みひろはお祖母ちゃんの前で、恭しく頭を下げる。

 するとお祖母ちゃんは、私にしたのと同じようにぽんぽんと頭をはたいてあげた。

 それだけで、みひろは幸せそうなくすぐったそうな、なんとも言えない笑顔を見せる。


「それにしても……」


 お祖母ちゃんは、改めて周囲を見回した。こちらも例によって例の如く、葉室家親戚筋のオジサンたちが、私たちに愉悦を含んだ視線を投げかけている。


「これじゃまるで、動物園の猿だね。あんたたちのボス猿爺さまは、ご観覧の皆さまに挨拶しなくていいのかい?」


 葉室家当主を猿に例えたお祖母ちゃんに、みひろが慌てたようにフォローを入れる。


「おばあ様! 申し訳ございません。お祖父様はお忙しいお方でして、本日は別件の調整つかずお会いする事は叶いませんでした」

「そりゃそうだろうよ。仕方ない」

「いずれまた、機会をみてお会いして頂きます」

「そうかい。あたしゃ別に、どっちでもいいがね」

「もしかして……」


 その時、八雲さんがぽつりと呟いた。


「春子さんはお祖父様と、どこかでお会いになってましたか?」

「何バカな事言ってんだい。葉室財閥の総帥ともあろうお方が、裏街道ばかり逃げ回ってきたスリ娘と、知り合いなはずなかろう?」

「すみません、そうですよね……ただなんとなく、お知り合いだったのかなと思いまして」


 八雲さんは眉尻を下げて会釈すると、すぐに表情を引き締め直した。


「今後は探索班の方で、ジルコの行方を追います。平行して有海万智子さんの方も探してますので、今しばらくお待ちください。春子さんは、今後有海邸で暮らしますか?」

「あたしの事は、婆さんでいいよ」

「え……あ、はい。では、お婆様の方はいかがいたしましょうか? 今のお住まいや雑居ビルだと、アマルガムに急襲される可能性があると思うのですが……」

「だからって、日がな一日家でボーっとしてたら、ボケちまうよ。しばらくはウチの古銭商で寝泊りする。何人か葉室警備の警備員を、ビル玄関に付けてくれるかい?」

「それはもちろん。ですがそれでも、藍海さんの家と同レベルの警備体制とはいきませんが」

「それで結構。過剰な心配はいらないよ、ありがとう」


 私は慌てて、お祖母ちゃんを説得にかかる。


「お祖母ちゃん、相手は武装テロ集団だよ? 一人じゃ危ないから、やっぱり私たちと一緒に暮らさない?」

「こちとらずーっと、危険と隣り合わせで暮らしてきたんだ。今更自分以外の人間と暮らすなんてごめんだよ。完全介護の入浴補助だって、これっきりにしてほしいところさ」

「ウチにはああいうメイドさんいないから! 私はただ、お祖母ちゃんの事が心配なの……」

「心配せんでも、そう簡単にくたばったりしないよ。万智子の安否が分からん今、あたしだってコインやジルコの事を放っておけない。昔のツテを辿るにしても、慣れ親しんだあの環境じゃないと何かと都合が悪いしね」

「お祖母ちゃん……」


 お祖母ちゃんはお祖母ちゃんで、何か調べるつもりなのだ。そう言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。

 私は困って隣を見ると、みひろは菩薩級の微笑みを返してくれる。


「葉室警備保障の警備員さんは、ある程度の武装も許された優秀な戦闘員です。いざとなれば私たちの家も近いですし、駆け付ける事もできるでしょう……ただし」


 微笑みに圧をかけると、みひろはお祖母ちゃんに、ずいっと詰め寄った。


「私たちに黙って、ジルコさんに会いに行ったり勝負したり殺しあったりは、しないで下さいね?」

「今のあたしじゃ、ヤツに勝てない事は分かってる。年寄りの冷や水は、今回だけで十分だ」

「……それを聞いて安心しました」


 みひろは、微笑みのプレッシャーを解除した。こころなし、お祖母ちゃんの顔にもホッとした様子が見て取れる。

 さすが、オーラだけで聖庇アジールを顕現した、葉室財閥の推理令嬢。あのお祖母ちゃんですら、こうも威圧されるなんて。

 でもこうやって釘を刺しておけば、さすがのお祖母ちゃんも単独行動は自重してくれるはず――と、この時の私は、そう思っていた。


* * *


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