私たち三人はお揃いの白い服を着て――お祖母ちゃんは白の割烹着だったけど――例の講堂で八雲さんに事の顛末を報告した。
驚いた事に、みひろはコインをスられた事も自分たちでスリ返した事も、正直に全て話してしまった。
八雲さんは途中頭を抱えつつも、最後まで報告を聞いてくれた。
「というわけで、ジルコは
八雲さんは「分かった」と短く言うと、みひろの隣の、お祖母ちゃんに話しかける。
「初めまして、有海春子さん。今後は春子さんも、コイン回収班の一員としてご協力頂ける……という事でよろしいでしょうか?」
「ジルコは娘の居場所を知ってると言うし、孫の行く末も心配だし……乗り掛かった舟だ。最後まで付き合ってやるとするよ」
「ありがとう! お祖母ちゃん!」
私はお祖母ちゃんに抱きつこうとするも、素早い身のこなしで躱されてしまう。
「ただし、スリは藍海に任せる」
「ええっ!? そうなの?」
「生い先短い老人に、危ない橋を渡らせようとするな。コインを集めて原発どうこうの話だって、これから何十年も生きなきゃなんない、あんたたち若い世代の話なんだから」
「そりゃそうかもしんないけど……」
私がしょんぼりしていると、しわくちゃの手が二回、ぽんぽんと頭をはたく。
「安心しな、スリの世界は奥が深い。あんたに仕込まなきゃならないワザは、まだまだたんまりある。みひろちゃん、あんたの
「はい! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします、おばあ様」
みひろはお祖母ちゃんの前で、恭しく頭を下げる。
するとお祖母ちゃんは、私にしたのと同じようにぽんぽんと頭をはたいてあげた。
それだけで、みひろは幸せそうなくすぐったそうな、なんとも言えない笑顔を見せる。
「それにしても……」
お祖母ちゃんは、改めて周囲を見回した。こちらも例によって例の如く、葉室家親戚筋のオジサンたちが、私たちに愉悦を含んだ視線を投げかけている。
「これじゃまるで、動物園の猿だね。あんたたちのボス猿爺さまは、ご観覧の皆さまに挨拶しなくていいのかい?」
葉室家当主を猿に例えたお祖母ちゃんに、みひろが慌てたようにフォローを入れる。
「おばあ様! 申し訳ございません。お祖父様はお忙しいお方でして、本日は別件の調整つかずお会いする事は叶いませんでした」
「そりゃそうだろうよ。仕方ない」
「いずれまた、機会をみてお会いして頂きます」
「そうかい。あたしゃ別に、どっちでもいいがね」
「もしかして……」
その時、八雲さんがぽつりと呟いた。
「春子さんはお祖父様と、どこかでお会いになってましたか?」
「何バカな事言ってんだい。葉室財閥の総帥ともあろうお方が、裏街道ばかり逃げ回ってきたスリ娘と、知り合いなはずなかろう?」
「すみません、そうですよね……ただなんとなく、お知り合いだったのかなと思いまして」
八雲さんは眉尻を下げて会釈すると、すぐに表情を引き締め直した。
「今後は探索班の方で、ジルコの行方を追います。平行して有海万智子さんの方も探してますので、今しばらくお待ちください。春子さんは、今後有海邸で暮らしますか?」
「あたしの事は、婆さんでいいよ」
「え……あ、はい。では、お婆様の方はいかがいたしましょうか? 今のお住まいや雑居ビルだと、アマルガムに急襲される可能性があると思うのですが……」
「だからって、日がな一日家でボーっとしてたら、ボケちまうよ。しばらくはウチの古銭商で寝泊りする。何人か葉室警備の警備員を、ビル玄関に付けてくれるかい?」
「それはもちろん。ですがそれでも、藍海さんの家と同レベルの警備体制とはいきませんが」
「それで結構。過剰な心配はいらないよ、ありがとう」
私は慌てて、お祖母ちゃんを説得にかかる。
「お祖母ちゃん、相手は武装テロ集団だよ? 一人じゃ危ないから、やっぱり私たちと一緒に暮らさない?」
「こちとらずーっと、危険と隣り合わせで暮らしてきたんだ。今更自分以外の人間と暮らすなんてごめんだよ。完全介護の入浴補助だって、これっきりにしてほしいところさ」
「ウチにはああいうメイドさんいないから! 私はただ、お祖母ちゃんの事が心配なの……」
「心配せんでも、そう簡単にくたばったりしないよ。万智子の安否が分からん今、あたしだってコインやジルコの事を放っておけない。昔のツテを辿るにしても、慣れ親しんだあの環境じゃないと何かと都合が悪いしね」
「お祖母ちゃん……」
お祖母ちゃんはお祖母ちゃんで、何か調べるつもりなのだ。そう言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。
私は困って隣を見ると、みひろは菩薩級の微笑みを返してくれる。
「葉室警備保障の警備員さんは、ある程度の武装も許された優秀な戦闘員です。いざとなれば私たちの家も近いですし、駆け付ける事もできるでしょう……ただし」
微笑みに圧をかけると、みひろはお祖母ちゃんに、ずいっと詰め寄った。
「私たちに黙って、ジルコさんに会いに行ったり勝負したり殺しあったりは、しないで下さいね?」
「今のあたしじゃ、ヤツに勝てない事は分かってる。年寄りの冷や水は、今回だけで十分だ」
「……それを聞いて安心しました」
みひろは、微笑みのプレッシャーを解除した。こころなし、お祖母ちゃんの顔にもホッとした様子が見て取れる。
さすが、オーラだけで
でもこうやって釘を刺しておけば、さすがのお祖母ちゃんも単独行動は自重してくれるはず――と、この時の私は、そう思っていた。
* * *