ヘリで葉室家のお屋敷に着くと、例によって例の如く、メイドによる完全介護の丸洗いが始まる。
「あたしゃ自分でやるから、やめとくれっ! あひゃひゃっ、やめっ! そこはっ……はあぁんっ!」
いつも余裕綽々なお祖母ちゃんが必死で抵抗する様をニヤニヤ見物しつつ、隣のみひろに話し掛けた。
「結局みひろは、いつでもアジール、使えるようになったの?」
「その……正直よく分かりません。お婆様に教わった通り、
「私がジルコに切り刻まれて、怒ったからじゃない?」
「そうなのでしょうか? でもそれだと藍海がピンチにならない限り使えないわけで……それはそれで困ります」
あのジルコが求めてやまない、お婆ちゃんの知恵袋……ならぬ最終奥義・
オーラで人を圧倒してスるという、人生経験がモノ言うこの最終奥義を、私はまーったく習得できそうになかった。
当たり前と言えば当たり前。そんな威圧オーラなんて、ちょっと手癖が悪いだけのスリJKに、捻り出せるわけがない。
そこでお祖母ちゃんが言っていた、適材適所だ。
伏魔殿たる葉室財閥で、十歳から氏立探偵を任されてきたみひろは、年齢性別性格不相応な不思議オーラを纏っている。事実みひろが推理を披露する時なんかは、誰もがその話に魅了され、耳を傾けざるを得なかった。
あとは自在にそのオーラを操れるようになれば、相手の注意をみひろに釘付けにできる。その時こそ、私がスリ取る絶好のチャンスとなる。
一人が無理なら二人で――お祖母ちゃんの目論見通り、私たちはコンビプレーの
「それでも……やっぱりみひろはすごいよ。ぶっつけ本番で、アジールを成功させちゃうんだもん!」
メイドが促すまま、みひろはうつ伏せになって顔だけ私に向けてくる。
「藍海の方こそ……あれだけ服がビリビリに切り裂かれたのに傷一つないなんて。一体どういう運動神経してるんですか」
「右脛だけは、切られちゃったけどね。浅い傷だから良かったけど」
メイドさんに洗ってもらうついでに、身体の隅々まで確認してもらったけど、他に傷は一切なかった。
私自身、ギリギリの回避を楽しむ余裕なんてなかったわけだし……これってやっぱ、ジルコに手加減されてたとしか思えない。一体どういうつもりなんだろう?
「はんっ、何いってんだい。ジルコは切りたくても切れなかったんだよ」
ようやく介護入浴に慣れてきたお祖母ちゃんが、私たちの会話に入ってくる。
みひろは怪訝な顔を向けた。
「それはどういう事ですか?」
「ジルコの四つの爪には、異能で作った金の
私は「うん」と頷く。
「つまりジルコは、四本指に手間暇かからない異能の爪を使って、わざわざ親指だけ、従来の
私は、初めて爪斬り《ネイルカッター》を付けてもらった時の事を思い出した。
五本の指に付ける爪の刃には、それぞれ用途が設定されている。
人差し指と中指は硬い革用、薬指と小指は薄い布用。そして親指は……緊急用。相手の眼球や頸動脈を切って逃げるための……対人間用!?
みひろも同じ結論を導き出したようだ。神妙な顔つきで答える。
「……ジルコの金の爪は、人を傷つけられない?」
「だとすれば、全て辻褄が合う」
「小手返しから逃げる時、私の右脛を切ったのは?」
「藍海の合気道は、スリにとってやっかい極まりない。近付けば切り刻むぞと、脅しの意味も込めて親指を使ったんだろう。一度血を見せてやれば、次からは慎重にならざるを得ない」
確かに……戦ってる最中に、何度かジルコの手首を掴めそうなチャンスはあった。
その時も、めちゃくちゃに動き回る四本指を見ただけで、私は掴むのを止めてしまった。
黄金爪で人体が斬れない事を知っていれば、もっと上手く立ち回れてたのに……。
「あたしも吹っ飛ばされた時は、銃で撃たれたと思い込んださ。ところが実際は、金の爪先がおなかにめりこんだだけだった。服は切れてるのに、肌にはかすり傷一つ付いちゃいない」
黒いモヤが発生した瞬間、お祖母ちゃんはコインをスリ取るためにジルコに近付いたらしい。
あと数センチというところでジルコに気付かれ、次の瞬間、床を転がっていた。
「あれで分かったよ……ジルコの黄金の爪先は、服や布は切れるけど人は傷つけられないんだと。だからヤツは、緊急用の親指だけ、従来のネイルチップを仕込んでた」
そう考えれば、ブラウスの前ボタンが全部削ぎ落されたのも納得がいく。
あの時ジルコは、ボタン全部を爪で切れるほど、私に接近してなかった。
だから黄金の爪先を飛ばしてボタンを切った。そしてすぐ、爪先の刃を再生した。
「これでジルコは、
みひろは弾んだ声を出す。そう、まだジルコとの決着は付いてない。
ミダスタッチの
右手グローブの中に隠された、三枚目の
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