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5-05 爪斬りの死闘

 動揺する私とは違って、お祖母ちゃんは落ち着いているように見える。

 両手を杖の頭に乗せ、ジルコの前で仁王立ち。威圧するようなオーラを醸し出している。

 先日の料亭で見せた、禍々しい黒オーラとまではいかないけど……いつ聖庇アジールが発動してもおかしくないほどに。


「はて、アジール……何の事を言ってるんだろうねえ? この子は」

「そうかい。なら、これでもすっとぼけていられるかな?」


 ジルコは私に近付くと、ファイティングポーズを取る。

 今度は隙を見せる事なく、右手指先の黄金爪をちらつかせて。


「可愛い孫娘のほっぺに、でっかいバッテン付けてやろうか? それとも片目を抉ってやった方が、ショックで思い出せるかな?」

「……」


 私は右手爪先のシールを全部外すと、腰を落とし身構える。

 ジルコは拳銃を失った。とはいえ爪斬りネイルカッター同士で戦うなんて、これが初めてだ。おまけに相手は蒐集家コレクタで、私より五感がえいび――んっ!

 覚悟も分析もまとまらない私に、ジルコは問答無用で斬りかかってきた!


 手刀がパンチのように飛んできて、私は半身になってそれを躱す。

 返す刀も体捌きでなんなく避けて、指抜きグローブに右手を伸ばすも……爪の刃がむちゃくちゃな動きを見せ、こちらの手を寄せ付けない。私は一旦距離を取るとジルコを睨みつけた。

 マズイ。爪斬りの手はそう簡単に掴めない。下手に手を伸ばせば、こちらの指がズタズタに斬り裂かれてしまう。

 それに……ジルコは二度も、私の小手返しを喰らって気付いている。合気道家が、相手の手首を狙う事に。ここから先、そう簡単に掴ませてくれるとは思えない。

 焦る頭で必死に考えを巡らせていると、おなかにヒヤリと風を感じた。顎を引いて、自分の身体を見て驚く。

 ブラウスの前ボタンが全部無くなって、ブラが露わになっているっ!?


「ひゅ~っ! えっちなカッコしてんね、お嬢ちゃん」


 私はシャツの裾を全部を出して、傷一つないおへその上で結んだ。

 おかしい。手刀の攻撃は全て避けたはずなのに……身体に傷がないって事は、わざとボタンだけ狙って斬ったって事? 兄弟子が、妹弟子に格の違いを見せつけたってわけ!?

 爪斬り同士の勝負となると、私は文字通りの付け焼刃。ジルコに勝てるとは思えない……。


「どうするババア!? このまま孫娘の惨殺ストリップショーを鑑賞するか、あんたが代わりに、聖庇アジールで俺と勝負するか……早く決めな!」


 ジルコが再び襲ってくる。

 私はカフェを飛び出して、人気のなくなったホテルロビーに躍り出た。

 それでもジルコは、尋常ならざるスピードで私にピタリ張り付き、右手を振って切り刻む。

 シャツとスカートがズタボロに切り刻まれてしまうが、それでも私の身体には傷一つなし。

 こいつ……いったいどんだけ余裕見せつければ気が済むのよっ!


 私も必死に応戦するも、慣れない爪の鍔迫り合いで右手が大きく跳ね上がる。

 その隙を突き、ジルコはブラの肩紐を二本とも切った。私は転がって後退し、ブラが落ちないよう左手で抑え荒い息を整える。


「そこまでだ、お待ち!」


 片膝を付く私の目の前に、お祖母ちゃんの背中が立ち塞がっていた。

 床に刺すように杖を突くと、ジルコを睨み上げる。


「そんなに見たけりゃ見せてやる。ただし、見物料にコインは戴いていくよ」

「上等……勝負だっ、クソババアッ!」


 ジルコが金の爪を構えて、突っ込んでくる。

 お祖母ちゃんは杖を持ったまま微動だにしない……が、次の瞬間。

 杖から凄い勢いで、黒い煙が噴き出した!?


「なっ……なんだあ、こりゃああっ!」


 勢いの付いたジルコは、私たちと一緒に黒煙の中に飲み込まれていく。


聖庇アジールとは、咎人とがびとが駆け込む不可侵地帯。街を支配する闇が、お上から罪人を守ってくれるが……罪人同士、中で何が行われてるかは推して知るべし」

「うるせえっ!」

「今だよ、藍海っ!」


 黒い靄の中で銃声のような音がすると、お祖母ちゃんがすっ飛ばされロビーを転がっていく。まだ銃を、隠し持ってるっ!?


「こんのっ!」


 相手が銃持ちでも怯まない。お祖母ちゃんが作ってくれたこのチャンス、みすみす逃すわけにはいかない!

 私は、黒モヤの中心にいるジルコに飛び掛かった。

 鈍色に光る爪斬りで、応戦するジルコ。

 激突する刃と刃。その刹那――、

 二人をとりまく黒モヤが一気に晴れ、白いオーラに包まれたみひろが姿を現す。


「やめなさい」


 ジルコの目前、みひろの紫目が神々しい光を放つ。

 ジルコは蛇に睨まれた蛙のように、動きが止まってしまう。

 その隙に、私はジルコの懐に滑り込み、背広の内ポケットからコインをスった。

 その勢いのままジルコに当て身をかまし、痩せぎすな身体を体当たりでぶっ飛ばす!


「みひろ様っ!」


 聞き慣れた声がホテルロビーにこだまする。バイクで待機してた伊織さんだ。

 床に転がってるジルコに気付くと、問答無用で発砲。ジルコは慌てて逃げ出した。


「みひろ様! 藍海さん! コインは? 取り戻せましたか?」


 伊織さんは、腰砕けになってるみひろと、仰向けに転がる私の元に駆け付ける。

 私は最後の力を振り絞り右手のコインをトスすると、錬金金貨<プロビデンスアイ>は、みひろの右目に収まった。


「みひろ様……良かった」

「伊織……心配かけてごめんね。ありがとう、藍海」


 感極まった伊織さんに抱き締められながら、みひろは私に笑顔を向けた。

 普段はクールな伊織さんが泣いてる姿を見ると、私まで涙が出てきてしまう。

 そんな私たちの元に、撃たれたはずのお祖母ちゃんが元気に駆け寄ってきた。


「お祖母ちゃん! 大丈夫なの!?」

「銃で撃たれたわけじゃないからね。それよりも藍海、みひろさん。この土壇場でよくぞ決めてくれたね」

「え?」


 お祖母ちゃんは、みひろの肩と私の肩、両方同時に手を置いた。


「みひろさんのオーラで相手を飲み込み、その隙に藍海がスリ取る。互いの長所を生かした二人の連携版聖庇アジール、実に見事だったよ!」


 お祖母ちゃんが以前言っていた、適材適所。

 それは、みひろと私のコンビプレーで、アジールを成立させる事だった。


 見知らぬ人相手では、みひろはオーラを上手く操れず失敗ばかりだったけど……相手がジルコで、私が散々切り刻まれてピンチだった事が、却って良かったのかもしれない。

 あの時……みひろの怒りは、お祖母ちゃんとは真逆の白いオーラとして顕現し、ジルコを飲み込んだ。

 だからこそ、私はコインをスリ取れたのだ。


「あの、おばあ様……私」

「今はさっさと引き上げるよ。さっきっからウーウー、うるさいったらありゃしない。いくら葉室財閥のお嬢様だからって、現場の警官は見逃がしちゃくれないだろう?」

「うっ……そうでした」


 お祖母ちゃんの声に、最初に反応したのは伊織さんだった。

 目尻に溜まった涙を袖で拭くと、キリッと顔を引き締め直す。


「みなさま、あちらのエレベータに。屋上にヘリを停めてあります」

「なんだって!?」

「一旦ヘリで葉室家に向かい、今までの経緯を報告。関係各所に箝口令かんこうれいを敷いてもらいます」


 伊織さんの説明に、開いた口が塞がらないお祖母ちゃん。

 私は、悪戯っ子な笑みを浮かべる。


「これで驚いてたら、お祖母ちゃん。お屋敷着いたら卒倒しちゃうかもね」


* * *


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