動揺する私とは違って、お祖母ちゃんは落ち着いているように見える。
両手を杖の頭に乗せ、ジルコの前で仁王立ち。威圧するようなオーラを醸し出している。
先日の料亭で見せた、禍々しい黒オーラとまではいかないけど……いつ
「はて、アジール……何の事を言ってるんだろうねえ? この子は」
「そうかい。なら、これでもすっとぼけていられるかな?」
ジルコは私に近付くと、ファイティングポーズを取る。
今度は隙を見せる事なく、右手指先の黄金爪をちらつかせて。
「可愛い孫娘のほっぺに、でっかいバッテン付けてやろうか? それとも片目を抉ってやった方が、ショックで思い出せるかな?」
「……」
私は右手爪先のシールを全部外すと、腰を落とし身構える。
ジルコは拳銃を失った。とはいえ
覚悟も分析もまとまらない私に、ジルコは問答無用で斬りかかってきた!
手刀がパンチのように飛んできて、私は半身になってそれを躱す。
返す刀も体捌きでなんなく避けて、指抜きグローブに右手を伸ばすも……爪の刃がむちゃくちゃな動きを見せ、こちらの手を寄せ付けない。私は一旦距離を取るとジルコを睨みつけた。
マズイ。爪斬りの手はそう簡単に掴めない。下手に手を伸ばせば、こちらの指がズタズタに斬り裂かれてしまう。
それに……ジルコは二度も、私の小手返しを喰らって気付いている。合気道家が、相手の手首を狙う事に。ここから先、そう簡単に掴ませてくれるとは思えない。
焦る頭で必死に考えを巡らせていると、おなかにヒヤリと風を感じた。顎を引いて、自分の身体を見て驚く。
ブラウスの前ボタンが全部無くなって、ブラが露わになっているっ!?
「ひゅ~っ! えっちなカッコしてんね、お嬢ちゃん」
私はシャツの裾を全部を出して、傷一つないおへその上で結んだ。
おかしい。手刀の攻撃は全て避けたはずなのに……身体に傷がないって事は、わざとボタンだけ狙って斬ったって事? 兄弟子が、妹弟子に格の違いを見せつけたってわけ!?
爪斬り同士の勝負となると、私は文字通りの付け焼刃。ジルコに勝てるとは思えない……。
「どうするババア!? このまま孫娘の惨殺ストリップショーを鑑賞するか、あんたが代わりに、
ジルコが再び襲ってくる。
私はカフェを飛び出して、人気のなくなったホテルロビーに躍り出た。
それでもジルコは、尋常ならざるスピードで私にピタリ張り付き、右手を振って切り刻む。
シャツとスカートがズタボロに切り刻まれてしまうが、それでも私の身体には傷一つなし。
こいつ……いったいどんだけ余裕見せつければ気が済むのよっ!
私も必死に応戦するも、慣れない爪の鍔迫り合いで右手が大きく跳ね上がる。
その隙を突き、ジルコはブラの肩紐を二本とも切った。私は転がって後退し、ブラが落ちないよう左手で抑え荒い息を整える。
「そこまでだ、お待ち!」
片膝を付く私の目の前に、お祖母ちゃんの背中が立ち塞がっていた。
床に刺すように杖を突くと、ジルコを睨み上げる。
「そんなに見たけりゃ見せてやる。ただし、見物料にコインは戴いていくよ」
「上等……勝負だっ、クソババアッ!」
ジルコが金の爪を構えて、突っ込んでくる。
お祖母ちゃんは杖を持ったまま微動だにしない……が、次の瞬間。
杖から凄い勢いで、黒い煙が噴き出した!?
「なっ……なんだあ、こりゃああっ!」
勢いの付いたジルコは、私たちと一緒に黒煙の中に飲み込まれていく。
「
「うるせえっ!」
「今だよ、藍海っ!」
黒い靄の中で銃声のような音がすると、お祖母ちゃんがすっ飛ばされロビーを転がっていく。まだ銃を、隠し持ってるっ!?
「こんのっ!」
相手が銃持ちでも怯まない。お祖母ちゃんが作ってくれたこのチャンス、みすみす逃すわけにはいかない!
私は、黒モヤの中心にいるジルコに飛び掛かった。
鈍色に光る爪斬りで、応戦するジルコ。
激突する刃と刃。その刹那――、
二人をとりまく黒モヤが一気に晴れ、白いオーラに包まれたみひろが姿を現す。
「やめなさい」
ジルコの目前、みひろの紫目が神々しい光を放つ。
ジルコは蛇に睨まれた蛙のように、動きが止まってしまう。
その隙に、私はジルコの懐に滑り込み、背広の内ポケットからコインをスった。
その勢いのままジルコに当て身をかまし、痩せぎすな身体を体当たりでぶっ飛ばす!
「みひろ様っ!」
聞き慣れた声がホテルロビーにこだまする。バイクで待機してた伊織さんだ。
床に転がってるジルコに気付くと、問答無用で発砲。ジルコは慌てて逃げ出した。
「みひろ様! 藍海さん! コインは? 取り戻せましたか?」
伊織さんは、腰砕けになってるみひろと、仰向けに転がる私の元に駆け付ける。
私は最後の力を振り絞り右手のコインをトスすると、錬金金貨<プロビデンスアイ>は、みひろの右目に収まった。
「みひろ様……良かった」
「伊織……心配かけてごめんね。ありがとう、藍海」
感極まった伊織さんに抱き締められながら、みひろは私に笑顔を向けた。
普段はクールな伊織さんが泣いてる姿を見ると、私まで涙が出てきてしまう。
そんな私たちの元に、撃たれたはずのお祖母ちゃんが元気に駆け寄ってきた。
「お祖母ちゃん! 大丈夫なの!?」
「銃で撃たれたわけじゃないからね。それよりも藍海、みひろさん。この土壇場でよくぞ決めてくれたね」
「え?」
お祖母ちゃんは、みひろの肩と私の肩、両方同時に手を置いた。
「みひろさんのオーラで相手を飲み込み、その隙に藍海がスリ取る。互いの長所を生かした二人の連携版
お祖母ちゃんが以前言っていた、適材適所。
それは、みひろと私のコンビプレーで、アジールを成立させる事だった。
見知らぬ人相手では、みひろはオーラを上手く操れず失敗ばかりだったけど……相手がジルコで、私が散々切り刻まれてピンチだった事が、却って良かったのかもしれない。
あの時……みひろの怒りは、お祖母ちゃんとは真逆の白いオーラとして顕現し、ジルコを飲み込んだ。
だからこそ、私はコインをスリ取れたのだ。
「あの、おばあ様……私」
「今はさっさと引き上げるよ。さっきっからウーウー、うるさいったらありゃしない。いくら葉室財閥のお嬢様だからって、現場の警官は見逃がしちゃくれないだろう?」
「うっ……そうでした」
お祖母ちゃんの声に、最初に反応したのは伊織さんだった。
目尻に溜まった涙を袖で拭くと、キリッと顔を引き締め直す。
「みなさま、あちらのエレベータに。屋上にヘリを停めてあります」
「なんだって!?」
「一旦ヘリで葉室家に向かい、今までの経緯を報告。関係各所に
伊織さんの説明に、開いた口が塞がらないお祖母ちゃん。
私は、悪戯っ子な笑みを浮かべる。
「これで驚いてたら、お祖母ちゃん。お屋敷着いたら卒倒しちゃうかもね」
* * *