ジルコにコインを奪われて、一週間。
私とみひろ、そしてお祖母ちゃんは、指定された有名ホテルの喫茶店に入った。
四人掛けのテーブルに座り、それぞれ飲み物を注文。ジルコを待つ。
それにしても……お祖母ちゃんのお婆ちゃん姿を見るのはこれが初めてだ。
シンプルだけど上品なカットソーに細身のパンツ。ふっくらほっぺのエーちゃんに比べて、頬がげっそりこけている。とても同一人物とは思えない。
おまけに――、
「お祖母ちゃん。エーちゃんの時普通に歩いてたよね? もしかしてその杖……日本刀とか仕込んでないよね?」
お祖母ちゃんは、椅子に立てかけておいた歩行補助用の杖を一瞥すると、不服そうに眉をひそめた。
「座頭市じゃないんだから……なに物騒な事言ってるんだい、この子は。老人が杖を持って何が悪い?」
「杖を持っていれば周りの方が気を遣って、親切にして下さるから……ですか?」
「そんなお上品な人間、あたしの周りにいやしないよ」
「あら。私は?」
「あんたは上品というより、世間知らずの無鉄砲。じゃなきゃこの場に、平気の平左で座ってらんないだろ?」
「名家の令嬢、言われてみたい誉め言葉ランキング一位は、おてんば娘です」
おほほほと上品に笑うみひろに、いひひひっと下品な笑いを返すお祖母ちゃん。
生まれも育ちも、何もかも違うであろうこの二人は……実はこれで結構ウマが合うみたいで不思議だ。これもジンセーケイケンの為せるワザ?
雑談しながら一杯千円もするロイヤルミルクティーを飲んでいると、細身スーツのポケットに両手を突っ込んだジルコが現れた。
「……久しぶりだな、ババア」
「おやまあ。ナリは大人になったみたいだが、口の悪さは直ってないみたいだね、ジルコ」
ジルコは空いてる席にドカッと座ると、近付いてきたウエイトレスにコーヒーを注文する。ウエイトレスが去っていくと、最初に口火を切ったのは意外にもみひろだった。
「約束通り、有海春子さんをお連れしました。積もる話もあるかと存じますが、まずはそちらも約束通り、私のコインを返してもらえますでしょうか?」
ジルコは上着の内ポケットから、裸の金貨を取り出した。
表裏を見せて<プロビデンスアイ>である事を確認させてから、ポケットにしまう。
「ただ渡すだけじゃつまらねえ。有海藍海、俺からコインをスってみろ。ギフテッドなんだろ?」
皮肉をたっぷり含んだ表情で、ジルコはグローブから伸びる人差し指を私に向けた。
その爪先に、
「なんだったらババア、あんたでもいいぜ。久しぶりに稽古を付けてもらおうじゃないか。新弟子の孫娘の前で恥をかきたくないってんなら、断ってもいいけどな?」
「みひろさん、これでいいのかい?」
「はい?」
ジルコの向かいの席に座ってるお祖母ちゃんは、みひろに金貨を手渡した。
呆気に取られる私たちだったが、ジルコはいきなり立ち上がり、どこから取り出したのか拳銃の切っ先をお祖母ちゃんに向ける。
「ババアッ! てめえ、いつの間に!」
考えるよりも先に、身体が弾ける。
騒然とするカフェの中、拳銃を握るジルコの右手を掴むと、手首を捻って小手返し。落ちた拳銃を素早く足で蹴っ飛ばすと、ジルコを空中で回転させ、テーブルに叩きつけた。
今ならグローブも切れる――すぐに右手を飛ばそうとするも、ジルコは肩関節を中心に回転を始め、一瞬で拘束から逃れてしまう。サーキットでも見せたジルコの拘束回避技……これがある限り、彼の動きを封じるのは難しい。
私はジルコの右手を離して、バックステップで距離を取る。
その際、右足に鋭い痛みを覚えると、脛に縦一筋赤い線が走ってる。いつの間に……切られた!?
「へっ、いい勘してんじゃねーか。後ろに飛び退かなかったら、健までスッパリ切ってたぜ……」
テーブルの上にゆらりと立ち上がったジルコの右手――四本の爪先に、金色の刃が光ってる。
さっき見た時は、
触れるものなんでも黄金に変えてしまうという、
ジルコは上着の内ポケットからコインを取り出すと、「ちっ」と大きく舌打ちした。
「くそっ、まんまと騙されたぜ……スってなんかねーじゃねーか、このくそババア」
「誰がスったなんて言ったんだい? そそっかしいところは全然直ってないね」
お祖母ちゃんが顎で促すと、隣のみひろはバツの悪そうな笑顔を浮かべながら、金貨の裏面――雄叫びを上げる
餅は餅屋、金貨は古銭商。古銭買取店を十年経営してるお祖母ちゃんにとって、コインの偽物を用意する事は容易い。
それでもまんまと騙せたのは、師匠の腕をイヤってほど知ってる弟子だから。
お祖母ちゃんは威厳たっぷり、かつての弟子ジルコに近付いていく。
「これ見よがしに成金みたいな爪、見せびらかして……ちょっとコインを手渡しただけで、何をそんなにビビってんだい? 鉄砲まで持ち出されちゃ、おちおち話もできやしない」
「そう思ってんなら、意味のねえハッタリなんてかますな。曲がりなりにもこっちは、スリの師匠相手にしてんだ。警戒しねーわけねーだろーが……」
「もうすぐ警察が来る。さっさと用件を言いな。あんたが葉室のお嬢さんにコインを返すってんなら、聞いてやらん事もない」
「俺の目的は……
お祖母ちゃんは教えてないって言ってたのに……どうしてジルコが知ってるの!?