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5-04 ジルコと春子

 ジルコにコインを奪われて、一週間。

 私とみひろ、そしてお祖母ちゃんは、指定された有名ホテルの喫茶店に入った。

 四人掛けのテーブルに座り、それぞれ飲み物を注文。ジルコを待つ。


 それにしても……お祖母ちゃんのお婆ちゃん姿を見るのはこれが初めてだ。

 シンプルだけど上品なカットソーに細身のパンツ。ふっくらほっぺのエーちゃんに比べて、頬がげっそりこけている。とても同一人物とは思えない。

 おまけに――、


「お祖母ちゃん。エーちゃんの時普通に歩いてたよね? もしかしてその杖……日本刀とか仕込んでないよね?」


 お祖母ちゃんは、椅子に立てかけておいた歩行補助用の杖を一瞥すると、不服そうに眉をひそめた。


「座頭市じゃないんだから……なに物騒な事言ってるんだい、この子は。老人が杖を持って何が悪い?」

「杖を持っていれば周りの方が気を遣って、親切にして下さるから……ですか?」

「そんなお上品な人間、あたしの周りにいやしないよ」

「あら。私は?」

「あんたは上品というより、世間知らずの無鉄砲。じゃなきゃこの場に、平気の平左で座ってらんないだろ?」

「名家の令嬢、言われてみたい誉め言葉ランキング一位は、おてんば娘です」


 おほほほと上品に笑うみひろに、いひひひっと下品な笑いを返すお祖母ちゃん。

 生まれも育ちも、何もかも違うであろうこの二人は……実はこれで結構ウマが合うみたいで不思議だ。これもジンセーケイケンの為せるワザ?

 雑談しながら一杯千円もするロイヤルミルクティーを飲んでいると、細身スーツのポケットに両手を突っ込んだジルコが現れた。


「……久しぶりだな、ババア」

「おやまあ。ナリは大人になったみたいだが、口の悪さは直ってないみたいだね、ジルコ」


 ジルコは空いてる席にドカッと座ると、近付いてきたウエイトレスにコーヒーを注文する。ウエイトレスが去っていくと、最初に口火を切ったのは意外にもみひろだった。


「約束通り、有海春子さんをお連れしました。積もる話もあるかと存じますが、まずはそちらも約束通り、私のコインを返してもらえますでしょうか?」


 ジルコは上着の内ポケットから、裸の金貨を取り出した。

 表裏を見せて<プロビデンスアイ>である事を確認させてから、ポケットにしまう。


「ただ渡すだけじゃつまらねえ。有海藍海、俺からコインをスってみろ。ギフテッドなんだろ?」


 皮肉をたっぷり含んだ表情で、ジルコはグローブから伸びる人差し指を私に向けた。

 その爪先に、爪斬りネイルカッターは付いていない。


「なんだったらババア、あんたでもいいぜ。久しぶりに稽古を付けてもらおうじゃないか。新弟子の孫娘の前で恥をかきたくないってんなら、断ってもいいけどな?」

「みひろさん、これでいいのかい?」

「はい?」


 ジルコの向かいの席に座ってるお祖母ちゃんは、みひろに金貨を手渡した。

 呆気に取られる私たちだったが、ジルコはいきなり立ち上がり、どこから取り出したのか拳銃の切っ先をお祖母ちゃんに向ける。


「ババアッ! てめえ、いつの間に!」


 考えるよりも先に、身体が弾ける。

 騒然とするカフェの中、拳銃を握るジルコの右手を掴むと、手首を捻って小手返し。落ちた拳銃を素早く足で蹴っ飛ばすと、ジルコを空中で回転させ、テーブルに叩きつけた。

 今ならグローブも切れる――すぐに右手を飛ばそうとするも、ジルコは肩関節を中心に回転を始め、一瞬で拘束から逃れてしまう。サーキットでも見せたジルコの拘束回避技……これがある限り、彼の動きを封じるのは難しい。

 私はジルコの右手を離して、バックステップで距離を取る。

 その際、右足に鋭い痛みを覚えると、脛に縦一筋赤い線が走ってる。いつの間に……切られた!?


「へっ、いい勘してんじゃねーか。後ろに飛び退かなかったら、健までスッパリ切ってたぜ……」


 テーブルの上にゆらりと立ち上がったジルコの右手――四本の爪先に、金色の刃が光ってる。

 さっき見た時は、爪斬りネイルカッターなんて付けてなかったのに……まさかこれが、ジルコのコイン?

 触れるものなんでも黄金に変えてしまうという、黄金を生み出す右手ミダスタッチ偽造天賦コインドって事!?

 ジルコは上着の内ポケットからコインを取り出すと、「ちっ」と大きく舌打ちした。


「くそっ、まんまと騙されたぜ……スってなんかねーじゃねーか、このくそババア」

「誰がスったなんて言ったんだい? そそっかしいところは全然直ってないね」


 お祖母ちゃんが顎で促すと、隣のみひろはバツの悪そうな笑顔を浮かべながら、金貨の裏面――雄叫びを上げる雄鶏ルースターを見せる。

 餅は餅屋、金貨は古銭商。古銭買取店を十年経営してるお祖母ちゃんにとって、コインの偽物を用意する事は容易い。

 それでもまんまと騙せたのは、師匠の腕をイヤってほど知ってる弟子だから。

 お祖母ちゃんは威厳たっぷり、かつての弟子ジルコに近付いていく。


「これ見よがしに成金みたいな爪、見せびらかして……ちょっとコインを手渡しただけで、何をそんなにビビってんだい? 鉄砲まで持ち出されちゃ、おちおち話もできやしない」

「そう思ってんなら、意味のねえハッタリなんてかますな。曲がりなりにもこっちは、スリの師匠相手にしてんだ。警戒しねーわけねーだろーが……」

「もうすぐ警察が来る。さっさと用件を言いな。あんたが葉室のお嬢さんにコインを返すってんなら、聞いてやらん事もない」

「俺の目的は……聖庇アジールだ。アジールで、俺からコインを奪ってみせろ。それさえ見れりゃ、俺はコインもなんもいらねえ。二度とあんたに近付かないと約束する」


 聖庇アジール――自身の存在感を極限まで高めてスる、スリの最終奥義。

 お祖母ちゃんは教えてないって言ってたのに……どうしてジルコが知ってるの!?


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